富士見ヶ丘レタ-86
 家主の書斎。机の横に掛け軸。アイヌ民族が描かれている。

 ちなみに、僕が北海道で知り合った余市の人で、日本人にしてはやけに浅黒くて、彫りの深い人がいた。本人はこれっぽっちもそのような素振りや、言動は無いものの、おそらく、アイヌの血が混じっているのだろうと、周囲の人は影でしきりにそう囁いていた。東京から来た僕からするとその話題にどこまで触れてよいのやら、程度がわからず、仮にそうだとして、誇らしいのか、それとも、伏せておきたい事柄であるのか、微妙な人権問題も孕んだ話でもあるので、面と向きあった時に『細身なのに髭が濃いなぁ・・・』と思いながらも、そのことに関してだけは、極力間接的な話題さえ会話の中に取り入れることを避けた。



富士見ヶ丘レタ-87
 家主は神居古潭にでも行ってそこで掛け軸をお土産に買って来たと思ったが、掛け軸にはよく見るとアイヌだけではなくて、ヒグマやラベンダー、札幌のテレビ塔など、北海道の主な名物を網羅した柄で構成されているようだ。一番下には赤字ではっきりと「北海道」とあった。

 旅慣れると、「函館」や「札幌」といったそれぞれの地域でお土産を買ったりするものなので、全体を表す「北海道」の掛け軸を選んだということは、北海道へは初の旅行だったということが濃厚であろう。

 机の引き出しには、例の写真などが、無造作に放り込んであった。他にも、ノートや本、明細書など、まさに、突然に彼が姿を消して、そのまま数十年が過ぎ、やがて、今まさに、僕がここにやって来ているという状況のようなのである。

 引き出しの中には更に、あるオカルトめいた、勉強器具に関する用紙が丁寧に折りたたまれて入っていた。

 それを、数十年の時の中からすくい上げ、机一面に広げてみることに   



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 大学のゼミでも中心人物で利発そうな、立派なシックスパックさえ忍ばせていそうなスポーツマンの家主が、こんな子供騙しの、オカルト商品に傾注でもしていたということなのだろうか。

 本体はあるだろうかと、五分ぐらい箱や説明書を探してみたが、とりあえずは見当たらないようだった。

 実はこれ、睡眠学習器です。

 眠りに入る前に脳がα波を出している時は抜群に記憶力が高まっているという理論のもと、枕に内蔵されているスピーカーから流れる英単語などを半分寝た状態で聴いてバッチリと学習しようという、今となっては限り無く怪しい機器。いや、当時でも眉唾ものだったのではないだろうか。

 恥ずかしい思い出ながら、僕も持ってました。ただ、この用紙の睡眠学習器がかなり古いオープンリールのデッキと繋がれているので、僕のはこれよりは新しい時代のラジカセを使用することが前提の時代の物。

 当時、学研の科学に「寝ている間に勉強が捗る」のような魅力的な広告が毎月のように載っており、そんなに楽に憶えられるのなら買ってみようかと、親の羽振りが良かったこともあり、一万五千円ぐらいで買ってもらった記憶がある。

 ところが、睡眠学習をするには、歴史の年号や英単語を、自分でテープに吹き込まなければならない。これが非常に面倒くさいというか、面倒そうだった。子供にはハードルが高過ぎたのだ。

 二十分間再生できるエンドレステープが付属していたので、それにとりあえず、歌謡曲を三曲ぐらい録音して睡眠学習の効果を試してみたが、どう考えても、家族が寝静まった頃に、枕の中から聞こえてくる歌謡曲を、ただ耳を澄まして聴いているだけの状態。

 録音が面倒なので結局、同じ曲を一週間も連続で聴き続けると、嫌でも憶えられてしまったけれど、それが睡眠学習効果なのかどうかは、判然としない有様。今ではその時の歌詞どころか、曲名さえ三曲とも完全に忘れてしまっている。

 一ヶ月も持たずに飽きて使わなくなったその機械は、押し入れにしまわれることになったが、少しの期間が過ぎた頃、家に遊びに来た友達が偶然それを目ざとく発見。「おまえ、これ買ってたのか!?」と羨ましそうに目を輝かせているものだから、機嫌よく説明などしたら、後に、学校でバラされて、あんなもんあいつ買ってたよと、陰口をされ嘲笑され辱めを受けるという、苦い思い出しか残っていない品。これがまた、杉並の森の中の廃屋にて、記憶の淵から呼び起こされることになるとは   

 これを売り出していた会社はその後、Dr.キャッポーという似たような機械を発売する。機械に手のをのせて手が発している電気信号を読み取り、脳波を測定して、グラフ化。グラフを見ながら、自分で脳波を最適な状態に持っていくようにして、例によって同じように、自分で吹き込んだ学習テープを聴いて記憶するというもの。楽をして憶えようという発想だけは終始一貫していた様子。



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 睡眠学習器本体とも再会したかったが見当たらないので部屋を出ることに。

 流しの横にも備え付けの衣装ケース。すえたような独身臭がプンプンと立ち込めている。



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 居間のゴミ山をまた登る。



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 まんが日本昔ばなしでぐらいしか見かけない、つづら入れだろうか。



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 下着が部屋干しをされたまま、数十年の歳月が過ぎ、自然劣化で引き千切れている模様。



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 僕以外の、新しい痕跡も   

 おまえ、よくこの中で緑茶をゴクゴク飲んで、アンパンをむしゃむしゃと食べられるな・・・・・・

 僕にはせいぜいできて、缶コーヒーが限界。



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 巷を賑わせる迷惑なゴミ屋敷も、数十年の年月を積み重ねれば、このように鑑賞に耐えうるようなものになるのだろうか。紙一重ではあるけれど。



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 廊下を進んで行く。



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 こんな檜風呂が、21世紀の杉並区に、放置されているとは   



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 ここは台所のようだ。

 右側の壁には瘡蓋のような錆でびっしりと表面が覆われた、主に独身者が使うシングルドアの冷蔵庫があった。試しにドアを開けて中身を確認すると・・・・・・




つづく…

「森の廃屋の出口へ」都会の秘境、森の中に眠る空き家群落.7

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