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 中学校生活最後の集大成としてキョーコさんが並々ならぬ熱意をもって臨むつもりでいる文化祭の演劇の出し物。

 片手の指程もいない数少ない同級生、そして彼らの頼りなさを見るにつけ、うちの学級は大丈夫なのか?という強い不安を抱きながらも、日々の劇の練習と習字もやらなくてはいけないという息つく暇もない中、並木の学校で映画の上映会が開催されることになった。

 この映画がまた、あの僻地音楽祭さえ避けたという僻地の中の僻地にあるキョーコさんの町で上映せずして一体どこで上映するのかといったような内容の映画。

 メジャーヒットはハナから諦め、文部省推薦枠を予めしたたかに狙って企画をし、衰退していく地方の学校で生徒を励ます目的で学校が上映をすることを目論んだ映画のようにも思えた。

 地域一帯に散らばる小学校から中学校までの小さな学校の生徒達が一同に並木の体育館に集められる。

 統制がきかず騒がしい田舎の子供ら。取っ組み合いをする原野で育った子供ら。

 そんな混沌とした、教師でさえコントロールのきかない子供に対して、冷静沈着に、場を引き締める一声を放った男がいた。

 キョーコさんいわく、さすが生徒会長だわと。うちらの生徒会長とは大違いだと。あらためて感心することしきり   

 その人は・・・そう、地域のスター、生徒会長の金山君その人だ。

 K.Y.Mの約束とやらを守りつつも、今では日記の中で堂々と呼んでいるあたり、K.Y.Mとは金山君に関する制約のようなものであることには違いないようだが、ここでも『守らなくっちゃ』とチラつかせていて、イマイチどういうものか判然としないでいる。

 映画上映前の体育館でさえ金山君はこうなのだから、彼女いわく”最初で最後の文化祭”には、金山君のワンマンショーになってしまいますよと、キョーコさんは熱い期待を寄せ、現在開催中の金山君の学校の文化祭に行きたくてしようがないが、でも、K.Y.Mは本当に守らねばならないと、しつこいように自分に念を押す、彼女。

 そのK.Y.Mの成就する先にあるだろう、高校進学について、今までとは違った現実的で真剣な思いを、今夜、あの今ではひと押しで瓦解しかねない赤い屋根のすぐ下の屋根裏のように狭い一室で、キョーコさんは、自分の将来がかかった進学について、いつになく未来志向で、語りだすこととなったのだ   



20-21a
21b
 19 78年 1 0 月  20 日   (21 日)  0:15

 今日 です か ?  今日 は で す ね 。  やはり
 いつも のよ う に 劇 の 練習と か . . .  習字とか ...。
 は た して  うちらの学級の ものすべ て  うまく行 くだ
 ろうか  ?

  1 9 7 8年   1 0 月  2 1 日    (土)  11:03

  今日 は 土曜 で した。 並木で『イ ー ハ トーブ の 赤 いやね』
とい う 映画 を見る 日 な ので した 。  9:00 前 に 行間辺
 を出て 見に 行 ったの れす 。 学校 に つい た 時 , この学校
 に来 たのは ひさしぶ り だ と思い ま し た ,
 体 育 * かんに 入っ た 時  金山君 が  い ま し た 。
  さすが  生徒会長  . まじ め に 仕事 を し てまし た。  しん ど ん
 入が 入 っ て き て あ っ と いう ま に  い っ ぱ い 。 宮脇君も ひさし
 ふ り に 見てしま っ た 。  山 角 君 も  。  映画 が 始 ま る 前 に
  生徒 会 長 のあ いさ つのよ う なも のが あっ た。  すご く  き び しい か ん
 じ で 「 映画が ひじ ま っ た ら しずか に お しゃ べ り をし な い で

見 てくだ さい 。  さ っ きも 注 意 し た の に  *** 全然 い う こ と を
聞い て ません で し た  。 小学 1 年 か ら 中学生 にか けてそ ん な こ と
 の ない よ う に  見 てく だ さい 。」な ど など  ス ゴ ク  コ ワ ・ ・・ 。
 サスガ  生徒会長っ て か んじ ガ  した 。  うちらの 生徒会長なんて
問題外 よね 。  金山 様  . K・Y・M のや く そ くをやぶってしま
 いそうです 。  今 の私 の * むね の うち を ど うすれはよ いの。
今日 は も う  日 よう なのです 。  今は  9:0 6  と ち ゅうから 書いたの.
日ようで す 。 並木 で 文化 祭 を や っ て ま す 。 見 に 行 き たい
 です 。 BUt 見に 行け ない と 思 い ます 。 今年 最 後の文化祭
 中学生最後の文化祭 。 最後 の文化祭 なのです。
もう 二度と みれないで し ょう 。  も し 見 に行けば 。
 最初で 最後の文化祭 なの で す 。  あ な た サマ は
ワン マン シ ョ ー を や る か も しれま せ ん 。  ギ ターを 手にし
歌う のか も しれませ ん 。 見たい で す 。 見たい で す 。
 BUt 見れな いの で す 。 見れ ない こ と が くや しいで す。
 私 の 愛 は 自 分 の 心 を  やぶる こ とが 出来 ない 。 そんな
私 で ある こ とが  くや しい 。ほ んと に 見たい なら 。 好きなの
 なら 見に行 く ことも 出来 る し ・ うち あける ことも 出来る
 のに ・・ ・・ 。  私 に は 出来 ない 。  私 は よ わ い 女 です。

うちらのクラスとは言わずに「学級」と呼ぶ、彼女。やはり、五人いるかいないかだと、言葉は違うかもしれないが、おこがましくて、クラスとは言えないのだろう。学級なら少数でもしっくりとくると。

習字は個人的な課題提出かと思ったが、よく文章の流れを読み解くと、どうやら、文化祭で公開書道のパフォーマンスでもやるのかもしれない。いや、言うても地方の中学校、ただ掲示するだけか。

文化祭を「うまくいくのだろうか?」と、心配を隠せないでいる様子。

>並木で『イ ー ハ トーブ の 赤 いやね』とい う 映画 を見る 日 な ので した 。

映画パンフレット 「分校日記 イーハトーブの赤い屋根」 監督熊谷勲 出演上條恒彦、丘みつ子
アットワンダー


出演、上條恒彦に丘みつ子。ソフト化はされてない。

イーハトーブとはご存知の方もいるかもしれないが、宮沢賢治の思う理想郷であり、彼の作った造語である。

賢治の作品の中において

イエハトブ → イーハトヴ → イーハトーヴ → イーハトーヴォ/イーハトーボ → イーハトーブ

このような変遷を辿っており、まさか夢にもキョーコさんは、自分の見に行く映画の題名が、その色といい、自分の家の、そう頭上の屋根が将来吹き飛ぶというよりは、ひしゃげてしまうようになるとは、この映画鑑賞時にはチラリとも、頭をよぎることは無かったことだろう。正確に言うと、この冬の積雪量によってあるかないかの話ではあるけれど。

分校日記という、映画公開も1978年の同年であり、これもまた似通っているし、単なる学校行事の中の一つだと思っていたら、いつの間にかその先を暗示するような体験をしてしまっていたということになるのか。

>体 育 * かんに 入っ た 時  金山君 が  い ま し た 。  さすが  生徒会長  . まじ め に 仕事 を し てまし た。 

体育館に数百名の生徒がひしめき合う中、その場を仕切っていたのは、さすがの生徒会長の金山君。

>映画 が 始 ま る 前 に  生徒 会 長 のあ いさ つのよ う なも のが あっ た。  すご く  き び しい か ん じ で 

>な ど など  ス ゴ ク  コ ワ ・ ・・ 。

ざわめき合う児童らに金山君が厳しい注意を浴びせる。普段は穏健な彼から思いもしなかった凄みを感じ、こわごわするのと同時に、上に立つ者のリーダーとしての資質を、彼から感じとったに違いない。

>うちらの 生徒会長なんて問題外 よね 。

キョーコさんの日記の中にも、この生徒会長の話題は全く出てこない。多分、金山君のように皆から切望をされて選出されたのではなく、嫌々押し付けあって、罰ゲームとまではいかないまでも、望まれていない、不名誉職として本人も本意でなく就任させられてしまったという、少しも権威のない尊敬も持たれない生徒会長に違いない。人の悪口をめったに言わないキョーコさんも珍しく批判的。

>金山 様  . K・Y・M のや く そ くをやぶってしま いそうです 。  今 の私 の * むね の うち を ど うすれはよ いの。

これほど話題にしながらも、破っていないと言うからには、K・Y・Mの約束とは、本人と口を一切聞かないということなのだろうか。普通に書いているし、視界にも入れているし、となると、会話をしないということぐらいしかない。でもそれだと普段からそうなのでハードルが低すぎて、深刻になって悩む必要はないはず。あまりにも設定が曖昧なので、本人が詳細を日記に書かないとすると、さんざん勿体ぶって話してきたこのK・Y・Mの約束のことは、結局不明でもやもやとしたまま、日記は終わってしまう可能性が大きい。

>最初で 最後の文化祭 なの で す 。  あ な た サマ はワン マン シ ョ ー を や る か も しれま せ ん 。

生徒会長金山君のオンステージが行われると予想する、キョーコさん。

>ギ ターを 手にし歌う のか も しれませ ん 。 見たい で す 。 見たい で す 。 BUt 見れな いの で す 。 見れ ない こ と が くや しいで す。

悔しいけど見れないとまで言う、彼女。体育館の舞台上にいる金山君を見るのと、オンステージの金山君を応援しながら見るのとでは、一体、何が違うのか、文脈からはさっぱりわからず。

>私 の 愛 は 自 分 の 心 を  やぶる こ とが 出来 ない 。 そんな私 で ある こ とが  くや しい 。

苦し紛れなのか、酔狂なポエムをまた挟み込んだ、彼女。

>ほ んと に 見たい なら 。 好きなのなら 見に行 く ことも 出来 る し ・ うち あける ことも 出来るのに ・・ ・・ 。

K・Y・Mの約束が足枷になっているのかもしれないが、今現在見ているし、ならワンマンショーを見に行けばいいのにと思うが、それは出来ないと、独自ルールを説明することなく、悲観的なことばかりをつぶやく、キョーコさん。

>私 に は 出来 ない 。  私 は よ わ い 女 です。

こんな彼女に、この先、数年先の未来、相手が金山君でなくとも、自分から打ち明けるようなことがあるというのだろうか   



21c
 金山君 。
 映画 を 見 て い た と き . う し ろ に 均  . 横 に は  .始 めは
山角君 だ っ たの に 。 終 に 近づ い た と き は  .  2 人 の 人 が
 間 に入 っ て い て  山 角 *君 は  と う か っ た 。 もの す ごく
 笑うみたい 。  で も  そ の 方が  好 き  ** 立ぱ  な人は
 イヤ だか ら 。 劇  よいもの に したい  。  み ん な を
かんど う さ せれる 物 に し たい 。 均ガ ンバ っ てく れ!!。
今は 9:20 分 で す よ 。  手ぶ く ろ あ み たいなあ。
  毛糸  良 い 色 が  あ る と い い の ダ  け ど  。 **
 ** 手袋  って こ う 書 くの か  な あ 。 勉 強
  しなきゃ  。  私  高  校 に行 き たい と 思 うよう
  にな っ た。   ど う し て か と い う と .  金 山 君 に
 会 い たい か ら  。  汽車 通 だ ったら 会 え る で しょ .
 But  史之舞の 所 か ら の かよい だ っ た ら  ・ ・ ・ ・。
 金山君 と 同 じ 学 校 に入 り たい なあ。
 年北 に 行 く の か な あ 。私 の学力だ と む り  。
 だ か ら ガ ンバ ル の だ よ 。 良 い  も の を  それ 以上
 良く す るの は む つ か し い け ど  悪 い もの を 良く し て
 行くことは . 過 のう 性が ある 。 む りだ か ら出来るの よ 。
                                    オヤスミ。
                                    オ ハ ヨ  
                                     日 よ う 日 。

イーハトーブの何やらの内容に全く興味のないキョーコさん。常に前後左右の男子の位置が気になって仕方がない。

僕の中学時代はある戦争映画を観せられた。女の子がB29の爆撃から命からがら逃げる話。無情にも次から次へと彼女の肉親や知り合いが死んでいくので、体育館の女子生徒は全員が大号泣。その後、日本どころか世界中の映画館で映画を観たが、キューバのハバナやインドのデリーだろうが、あれ程の狂乱にも近い本泣きの会場は、その後もお目にかかることはなかった。僕や男の友達でさえ目には滴り落ちる寸前の涙をたたえて、しゃくりあげそうになり泣くのを必死に喉元の手前で我慢。幸い会場は暗かったので、目が潤んでいたのは誤魔化すことができたが、それでも、波状攻撃のように人が死んでいくので、いつ嗚咽して泣き出してもおかしくはなかった。「☓☓も泣いてんの?~」と、暗がりで目と鼻を真っ赤にしながら、女の子をからかうフリをして、耐え抜くのが精一杯。あの年頃で学校の映画で泣いたらその後、なんて言われるのかわからないので、僕だけではなく、男子生徒は平静を装うのに命懸けにも近い我慢を強いられたのだった。

> 山 角 *君 は  と う か っ た 。 もの す ごく笑うみたい 。  で も  そ の 方が  好 き  ** 立ぱ  な人はイヤ だか ら 。

わかりやすくいうと、西城秀樹より、タモリや所ジョージが好き。キョーコさんの好みの傾向がよくわかる一節。

>劇  よいもの に したい  。  み ん な をかんど う さ せれる 物 に し たい 。 

文化祭の劇を、こんなに本気で意気込んでいる人がいるとは。僕の頃は学校側が主導で、作品選びも配役も先生達が決めていた。日本の公立中学なら大抵そうなのではないだろうか。ここまでキョーコさんが自主性を持ってやる気をみなぎらせているのは、少ない生徒数ゆえの、深まる団結力の賜物なのかもしれない。本来の生真面目さもあるかもしれないが。

>均ガ ンバ っ てく れ!!。

好きな人を書いたメモを盗み見されて頭がおかしい呼ばわりされようが、恋愛感情は全くないものの、最後の最後で助けになる、真の男の友達が、この均君らしい。

>手ぶ く ろ あ み たいなあ。  毛糸  良 い 色 が  あ る と い い の ダ  け ど  。

編んだのか、編みかけだったのか。あの廃屋に今も紛れているのかもしれない。これから買って来る毛糸の色と、残留物の手袋が一致したとすると、これほど感傷的になる話もないだろう。

>私  高  校 に行 き たい と 思 うよう  にな っ た。   ど う し て か と い う と .  金 山 君 に 会 い たい か ら  。

ぼやかしてきたものの、この時期になってやっと、本音を話すことになった、キョーコさん。その理由は、就職や将来有利になるとかいうものではなくて、ただ金山君に会いたいから。

>金 山 君 に 会 い たい か ら  。  汽車 通 だ ったら 会 え る で しょ .

金山君と同じ高校はハナから諦めてしまっていて、通学中に汽車の中で会うことを願っているという、儚い小さな夢。

>But  史之舞の 所 か ら の かよい だ っ た ら  ・ ・ ・ ・。

このことを、見事に推測していた人がいたけれど、なるほど、駅近くの史之舞の寮だかアパートに同居するということもあるようだが、お見合をしてデートを重ねているので、結婚をすると、その可能性は無くなりそうだ。

>金山君 と 同 じ 学 校 に入 り たい なあ。 年北 に 行 く の か な あ 。私 の学力だ と む り  。

どうせなら、金山君と同じ高校に入れればそれが一番いいに決まってる。ここでキョーコさんは、今までと違う初めての高校名を出す。以前と違う高校なのか、それとも、略称を変えているだけなのか、よくわからない。

>良 い  も の を  それ 以上 良く す るの は む つ か し い け ど  悪 い もの を 良く し て 行くことは . 過 のう 性が ある 。 む りだ か ら出来るの よ 。

彼女にしては、珍しく前向きの発言が飛び出した。ここから巻き返しの高校進学へのラストスパートが、始まるということなのだろうか   



 歯医者に通うために、西村さんの車に乗せてもらい、藤淵駅へと行ったキョーコさん。その駅で出くわしたのは、金山君。

 それだけで嬉しくて、日記の文字の全ての跳ねが大きくなり字の躍動感は増す一方。

 帰りの汽車でもその興奮は続き、ボックスシートに今度は均君とその友達と一緒になるが、彼女に見えているのは、駅での金山君の姿だけ。

 しかし、情報通の均君から、キョーコさんはあの話を引き出すことに成功する。

 金山君の進学する正確な高校名が判明したのだ。それは初めて聞く名前のようだった。

 

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