調布廃屋-33
 生き仙人邸周囲の路上清掃も兼ねた午後のひと時の周遊散歩を済ませ、足取りも軽く、お顔は晴れやかに、邸宅敷地内部へとまた僕を招き寄せる、廃屋生き仙人   



調布廃屋-27
「こっち側はまだだっけ?」

 生き仙人さんが「東屋(あずまや)」と呼ぶ、障子紙の戸が玄関という建物の向かって右側面、廃屋生き仙人邸では裏庭部分にあたる場所へと案内される。



調布廃屋-24
 これが丸々使用していないというのだから、勿体無いと言う他ない。丸々というのは大雑把な物言いであり、実際の所、建物全体を見渡せないので、どの程度が未使用部分であるのか見当がつかない。まぁ、目に見える範囲だけでも、五人ぐらいの家族が住める家をまんま野ざらしにしてあると言っても間違いではないだろう。

 僕がちょっと開けてみてもいいですか?と生き仙人さんに承諾をもらい、戸を掴んで精一杯開けてみようとするが、やはりどの戸も膨張していて、数ミリ程度の隙間は開くものの、そこから先はストッパーで固定されているかのようにそれ以上は動かない。

 必死に次から次へと扉開けにチャレンジをする僕を見て、苦笑いをする生き仙人さんがこう切り出す。

「前もカイラスさんみたいに俺の家に大変興味を持ってくれた人がいてね。あれは日活の専門学校の生徒さん達だったかな。この家を舞台に卒業制作の作品を撮ったんだよ」

 日活の撮影所内に併設されている映画の専門学校の生徒から打診を受け、それを快く了承した生き仙人さんは、この場を撮影場所として提供したのだという。

「その学生の作品は見ましたか?」

「いや、撮影したっきり連絡はねぇな・・・」

 何年か前の話らしいが、それっきり音沙汰はないとのこと。

「そんでまた、しばらくして今度は映画監督から電話があってな。ホラー映画の舞台に使わせてもらいたいっていうんだよ」

 大方、廃屋生き仙人邸を舞台にした卒業制作を見た講師でもある監督が、!これだ!”と思い、コンタクトをしてきたのではないだろうか。

 日活撮影所内が舞台になっている、日活ロマンポルノ出身監督によるホラー映画もあることだし、日本映画の予算を考慮しても、そんな話がもたらされても何の不思議でもない。近年のJホラー映画はほとんど見ているが、それらの映画に出てくる家と較べてみても、生き仙人邸より霊が宿っている雰囲気を醸し出している家は他にないと断言できる。ホラー映画の中には、セットオンリーのもあるだろうし、表だけ実在していて、中はセットというパターンも多い。生き仙人邸は、表も中も(多分)、全て一様に邪気がこもっていそうな破滅的なリアルさを持っている。

 廃屋生き仙人さんは友人に、ホラー映画のロケでこの家を使いたいという人がいるけどどうしたらよいかと、相談したところ「全国から観光バスがやって来て観光名所になってしまうぞ」と友人に言われ、それもそうだなと、結局断ったのだという。生き仙人さんの顔はそう説明しながらも吹き出し気味に笑っていたので、観光名所というのはそもそも友達の冗談であり、映画なら長丁場で自宅の長期貸与を強いれられることから、初めからあまり乗り気ではなかったのではないだろうか。



調布廃屋-25
 開かずの戸をあきらめ、中庭を進むと、ホラー映画どころではない、破滅的というよりは、破壊的な、上から下までを覆い隠す暗幕が姿を現す。他人の僕が心配になるくらい崩れかかっている。



調布廃屋-26
 暗幕を捲り写真を撮ろうと僕がカメラを構えると、「そこも覗くの?」と困惑気味の廃屋生き仙人。

「火事でもあったんですか?」と聞くが、うんとも違うとも言わず、はぐらかし言葉を濁す。「もう、いいでしょ、戻ろう」と僕をせきたてる。

 ここのことはあまり触れられたくないようだ。

 自然崩壊のようにも見えるが、暗幕が垂れ込める木造建物部分に焦げが見られるので、もしかしたら放火でもされたのかもしれない。



調布廃屋-2
 少し気になったのが、よく見ると、建物周囲がグルリと細い針金の柵のようなもので囲まれていること。錆だらけの柵なのでかなり前からある物だろう。高さは成人男子の腰ぐらいの位置なので、防犯用の柵としては低すぎるなと思い「なにか意味があるんですか?」と生き仙人さんに聞くと、通学途中の小学生が”お化け屋敷だ!”と言って入ってくることが何度かあったので、小学生がギリギリまたげないぐらいの柵を設けたのだという。立派な柵は見た目物騒だしお金もかかるし、この微妙な高さの目立たない針金の柵が都合が良いとのこと。

「これでもね、いろいろ気苦労はあるんだ。見てよ、あの木の上の蛍光灯」

 樹齢一世紀?かは不明だが、大木の上の方にオフィスにあるようなストレートの長い二本組みの蛍光灯とその器具が、雑に紐で縛り上げてある。それも一本の木だけではなく、道沿いにある木々の上の方にそれぞれ木の幹に直に紐で括って固定されていて、それがまるで街頭のように並んでいる。

「廃墟だと勘違いされないように夜は夜で夕方になると蛍光灯を点灯させて、俺が寝るまでつけておくおくんだ」

 生き仙人自家製の原始的だが、効果は抜群のお手製街頭まで用意しているという周到ぶりであった。



調布廃屋-23
 もうたまらず、最初から気になってしょうがなかったことを、ここにきて生き仙人にぶつけてみることにした。

「向こうの方に寝る場所はあるわけですよね?どうやってそこまで行くんですか?玄関はどこなんですか?」

 すると   

「これが玄関。入るところを見せようか?」

 そう言い終わらないうちに、素早い身のこなしで、ひょいと目の前の杭に登ったかと思うと、塩ビ波板の粗末な塀を飛び越え、内側にトンと降り立った、生き仙人。



調布廃屋-20
 何台目かよ!と言いたくなるような半分埋まった自転車を跳ね越え、建物突き当りまで水切り石のようにリズミカルで躍動感のある俊敏さでピョンピョン飛んで走って行ったと思ったら、すっと、左の亀裂のような壁の隙間に体を横にしながら吸い込まれるように消えていった、廃屋生き仙人。一瞬の出来事であった。

 三分ぐらいして戻って来た。あまりのことに僕は気が動転して、信じられないといった表情で頭をかしげながら生き仙人さんに聞く。

「これが、玄関ですか!?毎回大変じゃないんですか?壁の奥の方で消えたのかなと思いましたよ・・・」

「建物がこんなんで古いからな。このやり方が一番だと思ってる。家を修繕しようとも思わないし、もう歳も歳だし、この家とともに時が過ぎるのを待つしかない」

 ここで、廃屋生き仙人さんが、実は僕と初見の時から口癖のようにまるで唱え続けている、あのことを、僕の帰り際に改めて、はなむけの言葉として、神妙に、語りだしたのだ。 



調布廃屋-29
「カイラスさん、日本はね、東京オリンピックが開催される前にリセットされると思うよ。そんなにうまく物事が運ぶはずがないだろ?」

「えっ、どういうことですか?」

「知っているだろうけど、周期だよ。関東大震災の。東京オリンピックの前には必ずやって来る(地震)と思ってるから、もう全ての準備は整いつつある」

「準備って、食料とかですか?」

「オザムってスーパー、知ってるかい。あそこでしか売ってない非常食用の切り餅が最適だよ。カイラスさんも買った方がいいい。長期保存ができるし、個別包装で、封を切って焼くだけで食べられる。賞味期限が近づいたら、家の食事として消費するのにも都合がいいよ」

 オザムとは地元のローカルなスーパーのこと。生き仙人さん御用達らしい。

 賞味期限間近の切り餅を家の食事として消費するのに都合がいいとは、調理器具がそんなに取り揃えられた環境に無いであろう廃屋生き仙人さん独自の都合でもあるようにも思われた。

「初対面の時から言ってるけど、小池百合子の東京オリンピックなんて、本当にできるわけないから。これだけはしつこいようだけど忠告しておくよ。あと水の保管ね。ペットボトルは駄目。灯油を入れる赤色のポリタンクがベスト。値段は700円だったかな」

 廃屋生き仙人さんは、もしかして、関東大震災が起きて東京が瓦礫の山となり、皆の家が生き仙人邸のようになるのを待ち望んでいるのではないかと思った。間違ってもそう口には出さないだろうけど。東京が地震でリセットされれば、やっとこさとばかりに、皆と一緒に再スタートを切れるチャンスをうかがっているのではないかと。

「今の暮らし方?もうね、テレビをみたり、本を読んだり、充実した生活を送っているよ   
 
 最後に失礼だとは思ったが、どうしても聞きたかったので、毎日何をしているのかをたずねると、廃屋生き仙人さんはそういって憂いげに答えてくれたのだ。

 廃屋生き仙人邸を後にして、地震なんてと、バカにしていたところはあったが、あの生活を送っている人ならではの何かしらの嗅覚がそう言わせているのかなと、決して他人が自分の所に落ちてくるのを待っているのではないなと、あの別れ際に交わした会話の時の彼の心からの穢れの無さそうな笑みに間近で触れてみて、素直に生き仙人の忠告を聞いてみようかなと、少し考え方が変わって来ている自分を自覚しながら、駅の方へと歩いて行った   
 



おわり… 

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