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 彼女にとって中学生活最後の文化祭が開催されることとなった。

 ここ数日、日記をさぼっていた理由を、本当に最後の文化祭だから、明日に備えての心構えが必要だったからと弁解するが、その割には、劇の練習中でも殊に注意していた、あの、ミスりそうな部分が、本番でもそのままやってしまい、本人は軽いタッチで日記に記述しているようだが、数十年後のクラス会も冷やかされそうな、失態を犯してしまうことになる。

 それにしても、均君や巧君、佳子さんに、金山君。それと、キョーコさん・・・ クラス会、または学校共同の同窓会などは、やっているのでしょうかね。あのような廃屋があったなら、何かしようかと意見も出そうなのですが・・・。

 僕は中学三年生の時に同窓会の幹事に指名されたのですが、以降、引っ越しをして、海外放浪生活が長かったこともあり、クラス会はやらずじまい。このような同窓会の幹事を決める時は、地元の名士みたいな家庭の人にしないと、纏まるものも纏まらず、ただでさえ面倒な同窓会など、それこそ浮き草生活をしているような人に任せてしまうと、一生、そのクラスは一同集まることなく、時がずるずると流れて、学生時代の思い出が宙ぶらりんのまま、終えてしまうことになるでしょう。

 後の同窓会で語り草になりそうな失態を自分でした手前、いつものようにクラスメートにブチ切れて罵るようなこともなく、「まぁ、頑張ったわよ」と、温和な言葉で締めくくったキョーコさんが、「痩せたい」という文中での転調を急に切り出したかと思うと、堰き止めていたダムが決壊したかのように、金山君への想いが胸から滔々とほとばしり出ることになる。

「K・Y・Mの㋪はもう壊れたもの・・・」

 未だに意味不明な所のあるあの条約めいた言葉を吐き、「今は新しくなるのよ!」と金山君に対する考え方を一新したことをほのめかす。
 
 そして、キョーコさんが追い込まれた時、嘆き、苦しんだ時、勉強に恋に何もかもが上手く行かずに追い詰められた時に出る、あの、哀切のポエムが、北の乾いた空にフワリと、弧を描きながら放たれることになったのだった   
 


30a
 1978年  1 0 月 3 0 日  (*   1 1 :25

 まずは  1 0月 28 の こ と か ら  ・・  ・・   ・   ・・   ・
 そ の 日 は 土 よう で あ りま して  .  文化祭 の前 の 日 です,
明日 の 日 に そ なえての 心 が まえを し て い  たので した
他 べ つ に 言 こと な し . イヤ イヤ , 書 く こと な し .
 そ の 次に は  1 0 月 29 日 の  こ と  ・・・ ・
 こ の 日 は  文化祭  . 日 よ う だ と い うの に ・・・ ・・ ・・
 まあ  そんな こ とは  ど うで もよ い .  い ち よ  せ い い っぱ いやった .
劇 は も  ろ に 笑っ てし ま っ て  大失敗 だ と 思 ったよ ,
**¥・士官こ う ほ 生も  ひ ど い も んよ 。音 楽 こ う
か ん会 で も  やる よ うなこと 言 っ て た みた いよ  ひどい
神 田 川  他  二曲  は  . 神 田 川  は 良いと は 言えな い けど
 まあ  やるだ け や っ たっ て 感 じ  .  Le t  it  be は 多少
失敗 しち ま っ た  よ う で す 。  まあ  い ち お ガ ンバ ッタと
 い った感 じ の文化祭 だ  った  .  そ して  中学 三年と
いう 最 後 の 文化祭だ っ た  、  だ れ 一 人  の 人 も 他の
学 校から 見 に は 来 なかった   .  き たい の 人  は もちろん
 ただ  笑いの さよう な らを  ほ ほえみで 言 いか け て い た だけ
                            しか

日記をさぼったことを、親に叱られるわけでもないだろうが、一度「やり抜こう」と決めた信念が揺らぎそうになるのを必至で取り繕うとしているのか、冒頭で弁解をし続ける(誰に?自分に?)、生真面目な、キョーコさん。

そんな切々と毎日のように、擦り切れるような思いで書き綴った青春時代の一番良い時間の詰まったかけがいのない日記が、なぜ、今、僕の手許にあるのかが、今さらながら、持ち去った本人がこう言うのもなんだが、口を酸っぱく何度も重ね重ね、不可解でならない。

>そ の 日 は 土 よう で あ りま して  .  文化祭 の前 の 日 です,明日 の 日 に そ なえての 心 が まえを し て い  たので した

まだ幼さの残る彼女が、自分を納得させるために考えたあげくに、見つけ出した理由が、文化祭を控えているから、その心構えのために時間を要するから、日記が書けなかったという、他愛もない言い訳。

>こ の 日 は  文化祭  . 日 よ う だ と い うの に ・・・ ・・ ・・

晴れの舞台である文化祭は、日曜日開催。わざわざ日曜に開催をするということは、それ相応の理由があるのだろう。そう、学校、そして生徒達は、日々の練習の成果の賜物を、過疎の中学校とはいえ、大勢の人達にみてもらいたいと思っている。生徒の父兄、親戚一同、近所の人、他校の生徒、一人でも多くの観衆の前で、芸を披露したいはずなのである。

>い ち よ  せ い い っぱ いやった .劇 は も  ろ に 笑っ てし ま っ て  大失敗 だ と 思 ったよ ,

馴れない劇で、真剣なシーンであるからゆえ、吹き出してしまったらしい、彼女。極度の緊張が生む意図しない筋肉の弛緩を、芸事などからおよそかけ離れた存在の北の果ての少女に、誰が責められるというのだろう。ただ、自分がやらかしておいて、「大失敗だと思ったよ」という他人事のような態度では、クラスメートも納得はしてくれないに違いない。

>士官こ う ほ 生も  ひ ど い も んよ 。音 楽 こ うか ん会 で も  やる よ うなこと 言 っ て た みた いよ  ひどい

劇も失敗、演奏の「士官候補生」という行進曲のような曲も、その激しい曲調から田舎のド素人の中学生レベルがとても出来そうにないのは想像に難くない。しかも先生だけはやる気が先走っていて、来たる音楽交換会でもすでにやる予定が入っているのだという、現実と先生の理想との間で板挟みになっている、可哀想なキョーコさんと、そのクラスの仲間達。

>神 田 川  は 良いと は 言えな い けど まあ  やるだ け や っ たっ て 感 じ  .  Le t  it  be は 多少失敗 しち ま っ た  よ う で す 。

見よう見真似で神田川まではできたが、Le t  it  beはキョーコさんレベルには敷居が高すぎたのか。

>まあ  い ち お ガ ンバ ッタと い った感 じ の文化祭 だ  った  . 

キョーコさんとしても、こう締めくくるしかないだろう。無理なことをやらされて、出来る範囲で精一杯、頑張ったよと。僕の時の劇も勝手に作品や主役が先生方によって決められていたし、何のために、誰のために、どんな意義があるのかもよくわからない、文化祭だった。

>だ れ 一 人  の 人 も 他の学 校から 見 に は 来 なかった   .  き たい の 人  は もちろん

こんな淋しい文化祭があるだろうか。地方ならこれが当然なのか。せっかく、日曜という日を選んでおきながら。親御さんなどはどうでもよく、同年代の生徒に彼らも来て欲しかっただろう。キョーコさんなら、金山君に。是非、いい高校に入ってもらって、不遇の中学時代のウサを晴らして欲しいとしか、言いようがない。

>ただ  笑いの さよう な らを  ほ ほえみで 言 いか け て い た だけ
しか

後に繋がる、哀切ポエムの序章だろうか。この時すでに、キョーコさんの心は、壊れ始めていたのかもしれない   



30b
30c
  そし て今 日  . い つ も な ら 休み  と な る の だ が !
 ところが 今 日 も 学校 だ と い う  普通 で は 考 え ら れ ん
 へんな か ん じ  .  何 々 だ  い っ たい 。  まあ . 今 日 は
 勉強 しなか っ たけ ど ね . 舞台  の  か た ず け . 楽 き
 運動 用 具 な ど のか た ず け . など  . あと 作品  . ・・・・
 そ し て そう じ を し て  学級に 帰っ て  学 級も か たず
けて ・・・  アンケ    トを 書 い て . 文化 祭 の 反省 を し て .
 サヨナラ   .    さいきん 私   っ  て 食 っ てば っ か しな の
ふとるね                      !
や せたいの に   ・・・・  やせたい の に .  .  .   。
  で もね 金 山 君  .  私 は あなたのため にや せ よう
と思ってはいない の .  K ・ Y ・ M  の㋪・はもう こわ
れ たもの  . 今は 新 しくな る のよ  .金山君 を ま たあき
 らめたの . あなたは 私 の 目 の 前を とう りすぎ ていった
 そ し て 私の 気 をひいた  一人 の 物だ った の だ と
考 える よ う にします 。 私 は あきら め た ん で す .
 で も   .で も  .  こん な の  あき ら め た と  一 言  いう
だ け . 書 くだ け は  い  っ だ  っ て で き る 、ほんとうの
 私の 心 に は  あ な た  を わす れ る こ と が 
 
 出来 ないって っ て 言 え  て る   .  思 っ てる り,
でも お しき ろ う と 思  う の   .   が ん ば っ て ね.
 金山君  . . ..   . . .  ..  .
 笑 っ て く だ さ い  ,
 ほ ほえんで くださ い .
 歌  っ て くだ さい .
 走 って くだ さ い.
 そ し て  しあ わせ に な ってくだ さ い  .
 い つ も の よ うな  金山君 で  い てくだ さ い、
金山君 は いつも  そ ん な 金山君 で い て く
 だ さ い  .
 私 に と っ て  い つ も  ス テ キ な 金山君 で
 バカ な  私  に と  って  の  だ い じ な人で ,
また 私 は  自 分 の 心 を も  や  し  て 人 を好き に
 な って しま っ た .  も う  人  を 好き にな る の は いや,
 と 思って い つ も  いた の に .  そ う は  う ま く い か ん .
  や は り   私 は  い つ も 人 を好 きに な っ てい
 なき ゃ いけ な い のだ  ,  金山 君  , 笑 っ ていて
 ね。   史之 舞 は 来なか っ たよ 。 金山 君 もね.
                     オヤスミ

文化祭が終われば、普通ならその場で家に帰れるはずだが、片付けや雑用をやらされ、不服気味というか、奇妙さを肌で感じて困惑している、キョーコさん。

年頃の悩みを導入部に用い、話しは自然と金山君へと向かいだす。

>K ・ Y ・ M  の㋪・はもう こわれ たもの  . 今は 新 しくな る のよ  .

ほんの短い間、「金山君」という文字が一切書かれていなかったので、まぁ、そういうことだろうとは思っていたが、意外にも早くから「K ・ Y ・ M」を唱えながらも、並行して「金山君」を連呼していたので、妥協していたのか、それとも別の意味があるのか真意はわかりかねていたけれど、今となってはどうでもよくなっている様子。

>今は 新 しくな る のよ  .金山君 を ま たあきらめたの . 

高校入学まで、金山君を封印しようと、心に決めていたのかもしれない。晴れて入学の暁には、胸を張って正々堂々、当たって砕けろの精神で、金山君に想いを告げようとしていた。

近くて遠すぎる、金山君の存在。佳子さんを蹴散らしてまで、金山君を自分に振り向かせる自信も実行力も無い、キョーコさん。

無理だ、駄目だと、自らを貶めて、でも忘れることができないからと、いつもの好きになるだけならいいですかと、影で見ているだけでいいといいながらも、今回は字体が心の動揺を感じ取っているかのように、苦しそうに大きく乱れていく。

その先には、苦悩の淵から湧き上がってくる湯気のような、あの、哀切なポエムが、また、漆黒の大草原の中の木造家屋の狭い二階の部屋の窓の隙間より、ともすれば、哀願のような、混じりけの無い真っすぐに問う、キョーコさんのうら寂しげなポエムが、深夜にひっそりと紡ぎ出されてゆく   

金山君  . . ..   . . .  ..  .
 笑 っ て く だ さ い  ,
 ほ ほえんで くださ い .
 歌  っ て くだ さい .
 走 って くだ さ い.
 そ し て  しあ わせ に な ってくだ さ い  .
 い つ も の よ うな  金山君 で  い てくだ さ い、
金山君 は いつも  そ ん な 金山君 で い て く
 だ さ い  .

こんな純粋明快な詩が、今ではほぼ崩壊しかけたあの廃屋の二階にて、たかだか数十年前に、中学三年生の少女の口から、泣きそうな健気な声で囁かれていたとは。願いよ成就しておくれと、誰もがそう思うに違いないけれど、果たして・・・。

>また 私 は  自 分 の 心 を も  や  し  て 人 を好き にな って しま っ た .  

条約を作って、金山愛を燻らせていたのもほんの僅かの間だった。

>も う  人  を 好き にな る の は いや,と 思って い つ も  いた の に .  そ う は  う ま く い か ん .

中学三年生で、それを出来るはずもない。

>や は り   私 は  い つ も 人 を好 きに な っ ていなき ゃ いけ な い のだ  , 

キョーコさんは悟る。私はいつも人を好きになっていなきゃいけないのだと。

>金山 君  , 笑 っ ていてね。

これほどまでに、かつて、ひとりの山奥の少女に愛された、金山君、それはもう、一生の誇りに思っていいと思う。

>史之 舞 は 来なか っ たよ 。 金山 君 もね.

散々練習をさせられたのに、文化祭には、金山君は来ないし、姉である史之舞すら来ないという結果に。史之舞さんは、お見合いが上手く行って、結婚が秒読みになってきて、妹の劇を見ている暇など無いのかもしれない。



 11月に入り、キョーコさんの住む土地に初雪が降る。初のハードカバーの日記帳は四分の一が経過。

 前々から楽しみでしようがなかった、あのファーストフード店に行ったり、ミスタードーナツでドーナツを食べたり、本格的な冬に向かって何気ない日常をこなす中、キョーコさんは「父親が帰って来た」という表現を用いる。前後の文脈から読み解くと、どこか遠い所から、久しぶりに帰ってきたということのようだ。

 その他、史之舞の部屋を母親のようなおせっかい心で掃除をしたりと、震えるようなポエムの反動からか、雑多な用事がありながらも、努めて粛々と来たるべき高校受験に備える、自然体の彼女が、そこにはいたようなのだった   




つづく…

「少女が取り憑かれた味わい」実録、廃屋に残された少女の日記.73

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