多摩湖-50
 止めようのない猛烈な便意から、いい加減覚悟を決めて、このラブホテル内の敷地内の、一応、後から侵入者がやって来た場合を想定して、ワンクッッションの余裕を持たせ、物陰の死角になるような場所を選び、ここがベストだろうという場所にゆっくり屈み込む   

 本当は、敷地真ん中にある草むら部分の土が一部露出している凹んだ穴に跨ってやるのが良さそうだったが、それだと壁から急に来られた場合、即、モロ見られることになり、相手の出方次第ではとんでもないことになりそうだったので、多少跳ね返りのリスクがありつつも、地面に対してある程度ストロークの稼げる、とある部屋のドア玄関前の縁石の縁部分にしゃがみ込むことにした。ちょっとした高低差のある小山の上からする塩梅。体はドア方向に向けながらの態勢で。

 葉っぱで拭こうしていたのは、あくまでも『そういう事例は本などでよくみるから、最悪の場合にはそれしかない』という、最後の最後の全ての選択肢が無くなった場合の、ポケットの奥にあった十円玉ぐらいの薄い頼みの綱のような存在でしかなかった。

 では、本命はというと、それは、僕がバックパッカーとして世界中を旅した際に出した結論、常備携行汗拭き布の究極はどれかという問題にて、あらゆる検証、考察から導き出した  日本の日常生活から、半径数千キロ人家なしの西チベット高原、ギアナ高地、真冬の凍てつく平壌市内などその他、およそ全ての地域に対応してこれがベストだろうという、いまや常に後ろポケットにしのばせている折りたたまれた万能布、それは   日本手ぬぐいであった。

 吸水性では、タオルには及ばないが、バンダナやハンカチよりは上。それなら、ハンカチタオルが優秀なのではと思われるかもしれないが、四つ折りにして尻の後方ポケットに入れた場合、ハンカチタオルではパンパンに盛り上がってしまい、その状態で座ると浮き気味になってしまう。

 バンダナは、白人バックパッカーや、僕がホームステイした先のおばさんなどは、実に器用に使いこなしていて『あぁ、こんな使い方があるんだ』と関心させられることが多かった。三角に畳んで食事時に前掛けのようにしたり、細く長くして汗止めや、砂塵避けに頭全体を覆うような巻き方も可能。

 一見便利なバンダナにも致命的な欠陥がある。それは、首から垂らした状態だと長さが足りずに不安定で落ちそうなるので、移動時に首にかけたまま汗を頻繁に拭いたりできないというところ。強引に首周りにのせてもいいが、それは垂らすというより、ちょこんと乗っかっている状態になり、早歩きでもすればいつの間にか、予期せぬアクシデントで後方に飛ばされることになる。対角線上に折っていって帯状に細くしてそれを首にかければという話もありそうだが、それだけだとやはりそもそも短いのでハラリと吹き飛ぶ。胸元あたりで結んだとしても、それはそれで、結ぶ、ほどく、という一手間がかかることになる。

 ハンドタオルは吸水性が最高。首周りに垂らすことができて、即汗拭きに対応が可能。だが、携行性の皆無は致命的。

 日本手拭いは携行性がハンカチ並。吸収性はさすがにハンドタオルやハンカチタオルには及ばないものの、バンダナやハンカチよりは上。

 ちなみに旅先の安宿では、シャワー後にはハンドタオルで済ませていたが、それをも日本手拭いで賄おうという試みを一回だけ実践ことがある。

 結果、顔の汗程度なら日本手拭いで充分だが、体全体の水滴を拭くには、日本手拭いじゃ到底追いつかないことが判明した。

 シャワー後にさっと肌の上を日本手拭いで滑らしてみても、表面張力で並々と盛り上がった水滴は一向に吸水されることなく、拭いても拭いても、泣きそうになるぐらい、玉粒のような水滴が肌全身を覆ったまま。常にせっつかれている安宿のシャワー室の中で、いつまでたってもずぶ濡れのまま呆然と立ちつくしながら、日本手拭いをシャワー後のタオル代わりに使おうという無謀な試みを後悔することになった。安宿のシャワーは順番待ちがいることが多いので、全身をブルブルさせて水分を弾き飛ばして乾かすなんていう悠長なことはできず、結局拭き取れずにジメジメした気持ち悪いまま服を着て、シャワー室を出ることになったのだ。

 タオル程の吸収性はなくても、日本手拭いはなにより、首に垂らしたままで抜群の安定性を誇る。『繊維がバンダナより薄いからバンダナみたいにハラリと飛ぶんじゃねえの?』と邪推する人もいそうだが、汗拭き布なので汗により次第に重量が増してきて、首への荷重が適度に加わっていき、軽すぎて吹き飛ぶようなことはなくなってくる。なにより長いので、日本手拭いの裾部分をTシャツの襟の下に潜らせておけば、半固定されるので、不意の紛失も防げる。

 このように日本手拭いは、まぁまぁの吸収性があり、ハンカチ並の携行性に優れ、熱帯のジャングルの中でも、首周りに垂らすことで、頻繁に行われるだろう汗拭きにも俊敏に対応可能。バンダナのようなギミックにも溢れ、砂嵐避けに、頭に巻いて良し、口元のマスクにもなる。もう、非の打ち所がない   

 そんな、世界を一緒に周ったほぼ万能な日本手拭いを、今回生まれて初めて、突発的な便意のために使用することになったが、果てして、どうだったのか。

 これは、自分自身でも今後の緊急時の際のアイテム使用感として、気になるところでもあったので、現場では泣きたいぐらいに追い込まれていたが、今となっては、良い検証の機会だったと思えてきている。

 まず、端の部分をある程度の範囲に折って、拭く。覆うように折りたたんで、次の真新しい部分を表にして、拭く。パタンパタンと、繰り返していく。いきなり手拭いの真ん中部分で豪快に拭いてしまうというバカなことは勿論、やらない。

 一番の懸念事項、裏移りするのではないかという可能性。繊維の隙間から漏れて、次に控えていたパタンとする部分の布を汚してしまわないかという危惧。これが、驚いたことに、全く無し。皆無。あの薄い日本手拭いの布は、たった一枚だけ隔てているだけなのに、裏面、添えている手を完璧に、保護してくれたのだった。なら、もっと生地の厚いバンダナやハンカチも裏漏れといった部分では大丈夫かもしれないが、厚いと、布に手の形状が伝わらずに、こういってはなんだが、上手く掻き取れないだろう。ノート用紙で拭く感覚といったら、わかりやすいのか。パリパリしたバンダナや、ゴワゴワのハンカチでは、ピンと張った面で擦るだけに終始してしまう。拭き取るのではなく、ただただ擦り続けるだけ。

 では、拭き取り具合はどうだったのか。拭いても拭いても拭ききれずに、パタンパタンと折り返し続け、いつしか、全ての面を使い果たす、そんな、無限に繰り返されるのではというような狂いそうになる深みに、特にウオシュレットが無い出先などで、誰しも、普通のトイレットペーパーでさえ経験があるはず。実際、その日はかなりの硬めでもあったし、やる前から厄介さを感じていたのが正直なところ。

 これが、奇跡というぐらい、たった一回だけの拭き取りで、日本手拭いは、まっさらに綺麗に拭き取ってしまっていた。

 パタンと二回目の拭き取り面で拭いてみると、『あれ? 粘るような異物感が無く、サラッサラッとしている・・・』といった具合で、信じられないことに、恥ずかしいぐらい現場に残ってしまったにもかかわらず、一回目だけで全てが終わったようだった。念のために、日本手拭いの元々の色が多少濃い目ということもあり、安全のためにも、もう、三~四回は拭いてみたが、それは何度やっても同じことだった。汗で多少布が湿っていたことも、スルスルし過ぎずに、よく拭き取れた原因の一つだろう。乾いた雑巾より、濡らして搾った雑巾の方が格段に汚れを拭き取るのと同様に。

 廃墟探索にて、窮地を救ってくれた、一本の日本手拭い   

 素材は綿だし、体内から出たモノもやがて日本手拭いとともに土に還るだろうから、想像される程の罪悪感は感じていないというのが、本音といったところだ。

 今回のことで、持論としての、日本手拭いが常備携行布として、最良のものであるということが、益々、証明される結果になった。

 お勧めできる私的に究極の逸品ですが、端のほつれは折り返して縫っておかないと、とめどもなくほつれ続けることになるので、その点だけは注意してください   



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 縁石といっても、この程度の高みしかない。なので、腰を少し浮かしてやる必要があった   

 気分一新、112号室へ。



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 天井全体がミラーシャンデリア。営業時はさぞかし輝いていたことでしょう。



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 風呂場のタイルアート。80年代っぽい。

 「ストップひばりくん」の江口寿史インスパイアか。



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 ホテル名「アリス」でありながら、高齢者カップル向けの純和風の部屋。



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 日本庭園の壁紙は無残にも剥がされている。



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 布団をどかして、火照った体に畳の冷たい感触を直に味わったり、興奮するものなのでしょうか。



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 大理石柄のタイル。学生の好きそうなイラスト柄とは違って、格式がある。



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 和風部屋のテーブルにあった、意味不明の書き置き。

 オーナーが次のラブホテル展開にあたり、命名でもしようとしていたのだろうか。



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 部屋前に置かれていたおもちゃ。ミニゲームとして、中の景品のプレゼントでもやっていたらしい。



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 静かな湖畔の壁の向こうにあった、失われた時間。

 手を伸ばせそこにある非日常。

 果敢に、入って行きます   



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 なかなかの品揃え。バイセクシュアル用のもあるんですね。



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 さいとう・たかをの「サバイバル」を思い浮かべましたが、漫画じゃなくて都内から気軽に行ける距離でこれを拝めるのがいい。




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 好き勝手に伸び続ける木々。

 容赦なしの侵入者達   



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 まだまだ行ってみます。



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 元々下手な人が前衛芸術家気取りでやると、こうなるという悪い見本。



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 メッカの方向を探してみたくなる。



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 結構尊敬していた人が、やたら錆にこだわった油絵を描いていた。実際、ヌードのデッサンなんかは相当のものだった。黄色という色に異様なこだわりを持っていたが、今思うと、丸田洋三さんのパクリだとわかって、がっかりした思い出があります。



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 敷地内の余剰スペースには、塀の外より放り投げ込まれたゴミ   



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 気持ちはわかるけど、スキーの板は悪質。



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 背丈は建物を越え、そのうち包み込む勢い。



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 じっと、壁の外の音をうかがい、



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無になったところで壁より飛び出す。人は誰もいなかった。



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 ゴミの山が築かれて、行く手を阻んでいるらしい。

 その荒廃度はさらに深く、規模も大きいという、次なる廃墟ラブホテルに、直行してみることにした   

 


つづく…

「未来過ぎた廃墟設備」湖畔の廃墟ラブホテル訪ね歩き.5

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