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 北の片田舎での、生まれて初めてのファーストフード体験で、「これは美味しいよ!!」と、取り憑かれたように夢中になり、気づけば連日のように店に足を運ぶようになっていった、キョーコさん。

 彼女を一瞬のうちに虜にしたという「Mr.フライデー」なる謎のファーストフード店だが、チキンだのバーガーとも一切の言及が無く、ただ気にいったとか、また来ようと言っているだけなので、お店の詳細はわからないままだったが・・・

 しかし、いくつかの貴重な情報が寄せられ、その全貌が明らかになってくる。

Mrフライデーは末広町4丁目にあったハンバーガーショップだそうです。

閉店→村さ来 釧路末広店→閉店→更地→パステルパーク

 最終のパステルパークさえ廃墟化しているとの噂もあったが、一階はテナントで二階は立体駐車場という形で、現在もなんとか持ちこたえているようである。

 おそらく、当時から辣腕経営者であった、後のコーチャンフォー創業者による、早すぎる「ミスタードーナツ」の展開に続き、彼がダスキンに掛け合ったのだろう。

『山が閉山して錆び行く一方のこの街を活気づけるのと、若者達の流出を食い止めるには、ハンバーガーショップが今、我らがこの街に必要なんです! マクドナルドという黒船が上陸する前に、北海道に「Mrフライデー」主導によるバーガー文化を先に根付かせてしまいましょう!!』

 Mrフライデーには頭に「Mr」が付いていたので、きっとそう(ダスキン)だろうと、僕はそんな大胆とも言える推察をしていたら・・・

中一の時、友達と一度だけ行ったお店だと思います。学生で混んでました。ミスドのエンゼルクリームのパンにソフトクリームをサンドしたものを食べて、とっても美味しかった思い出があります。

高校に入ってまた行ってみたところ居酒屋になっててガッカリでした。


 どうやら、「Mrフライデー」のメニューには、ミスドの「エンゼルクリーム」のパンを流用したデザートメニューがあったようなので、僕の考えはものの見事に当たっていたようである。

 タイに初めて行った時、バンコクの路地裏の屋台売りが、コッペパンにアイスを挟んだのを売っていた。「これはシンプルかつ斬新で、しかも腹一杯になるし美味い」と関心した思い出がある。日本で売ったら人気が出そうだなと思っていたら、後にナムコがテーマパークで売り出したが、いまいちぱっとせず、たいして話題にもならずに、今では無かったことのようになっている。「Mrフライデー」はそれを何十年も前にやっていたことになるが、カロリーが高そうなところが、日本人には敬遠された理由なのかもしれない。

 セブンイレブンが来る前に、セイコーマートは道内の覇権を握ることに成功したが、「Mr.フライデー」に至っては、1970年台の僅かな記憶を頼らないとその名前が出てこないという、大失敗に終わった模様。
 
 すっかり、ファーストフード文化の魅力に嵌ってしまったキョーコさんは、またもや今はなき「Mr.フライデー」に繰り出し、他にも、街の基幹産業であった炭鉱が1970年に閉山だったので、まだ何とか辛うじて賑やかだった街中で、あれもこれもと、急激な過疎化に向かう前の散り際の華やかなりし頃、立て続けにショッピングを思う存分、楽しむことになったのだ   
 


3
 1978年    11 月 3 日     (4 日)    0:2 5

 今日 は 文化 の 日  で  お 休 み で し た  .
 今 . 史之舞 の 部 屋にい るのだ . . . . . .  。  セント
 に行 っ て 来 た し . . .  。   今 日 か ら『 宇宙 大 作 戦 』が*
 始まっ た .  所  も  み たし  .   千春 の レコ ー ド も
 聞いたしさ   .  いい 歌 だ  。  私  千春 が  好き に なっ て
 しまった  . . .  。 だ っ て  い い声 し て る し さ  おも ったよ り 良い
 顔だ し ね 。  それ に   ア タヤ ン  とか   オールナイ ト ニッポン
 聞いてる と  すご く さ  お も ろ くて   い い か んじ だ もんね。
 それでは そ ろ そ ろ  ねま しょ う か ?   お や すみ .

隣街の駅近くの寮に住む姉の部屋にお泊りしている、キョーコさん。風呂なしアパートらしく、姉妹で睦まじく銭湯に行った様子。

今では人影まばらなあの駅付近に、庶民の集う銭湯があったとは、駅前の商業施設のシンボル的存在であった、長崎屋が、遂に取り壊しとなってしまった今、たかだか数十年前の駅前の人通り、活気を、もはや誰が想像できるというのか。勝手な推測をさせてもらうと、キョーコさんも大いに利用し、古くから市民に愛され、惜しまれつつ、目まぐるしい変遷を重ね、とうとう消滅の運びとなった長崎屋の跡地は、味気ない、中国人観光客しか泊まらないような、ビジネスホテルにでも生まれ変わるのではないか。巷の声では、パチンコ屋ということのようだが・・・

> 今 日 か ら『 宇宙 大 作 戦 』が* 始まっ た .

言わずと知れた、アメリカのSFテレビドラマシリーズの「スタートレック」だ。キョーコさんも、毎週、見果てぬ宇宙の航海に期待に胸を膨らませていたのだろうか。内容的にはウルトラマンのような怪獣ドンパチではなく、硬派なドラマなので、すぐ飽きてしまった可能性が大きいと思う。

>私  千春 が  好き に なっ て しまった  . . .  。 だ っ て  い い声 し て る し さ  おも ったよ り 良い 顔だ し ね 。

ますます深まっていく、松山千春という当時のアイドルへの疑似恋愛。当初のタモリと所への熱のあげようから、あの部屋のポスターがどう結びつくのか不思議でならなかった。別の兄弟がもしかしたら貼ったのかもと。でも、もう彼女以外にはあのポスターの張り主は考えられないだろう。



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  1 9 7 8年   1 1 月   4 日    1 0:30
  今日 は 文化祭 の次の日 休 み で は な か った の で

 今 日が その 振 か え休日  に な っ た のです 。
 史之舞 の 所に  と まっ て ね て  ・・・・・  お き て
 オ イ し く な い  コ ロ ッ ケ を 食べ て   . . . . . . . . . .
 史之舞が  会** 社 に行 っ てか  ら   少 し して
 レコ ー ドを 聞 い て  か しを  1 曲 だ け う つして ...
( 千春 の  レコ ー ド ね)*** そ し て 市 に 行って
 まず は  ➂  つ る 屋 に 行って  藤淵 デ パ ー ト に 行って
 ま た  ➂に 行 っ て   そ し て   M r . フ ライデ イ  ~ に お昼
 を食べ に 行っ て  ➂ に行 っ て ない . . .. . そ し て 金市 かん
 へ  行きまし て . . .  マ ルベ ニ に 行っ て  .. う ら べ に
 行って   ク リ   ニ ング を 忘 れて 帰 ってきて し
 * まっ た のだ  。  バ カ な私 . . .  。
か んじ んの ク リ ー ニ ン グ を 忘 れ て
 しま っ た 。  明日休みで なければ 良い の
だ が なあ . . .  いや なか んじが する 。
 金 山君 の 家  を 均 君 が お しえて くれた.
 しん せ つ ね      \  均君 も 。
 金山君 の  いとこ の 人も い たし   (ぜ んぜ ん似て ない)
 もう さ い き ん ねむ くて ね 。 お や す み .

史之舞は会社に行ったので、ひとりで起きて、余程の手抜きでもないと不味いコロッケなど作りようもないが、もしかしたら、史之舞特製の、おから入りコロッケだったのかもしれないが、その美味しくないというコロッケを朝食に食べて、松山千春のレコードを聴き、歌詞を書き写す。

大好きな千春のレコードを買えないキョーコさんは、姉のレコードを聴かしてもらい、家でラジオから流れる曲を一緒にハモるためにか、歌詞を当然手書きで写させてもらったのだ。

今では慎ましくも見える、こんなことは当時なら誰もが当たり前のようにやっていたのかもしれないが、VRだのプロジェクションマッピングだのが持て囃されている現在、つくづく、そんな時代があったんだなと、それが誰に知られるでもなく、土の藻屑となり散り散りになっていたのかと思うと、多少の批判はあろうが、この資料的価値さえある、少女の生き様の詰まったストーリーを、本当に救い出して良かったなと、ますます胸を張って自信を持って言えるようになってきている。

>まず は  ➂  つ る 屋 に 行って

街まで出掛けたのまではわかった。丸で囲った中の文字は漢数字の三なのだろうか。幾つも出てくるがその意図はなんなのか。本人は工夫しているでしょ感を出しているが、分かりづらいことこの上ない。つる屋というのも何屋だか不明だが、これからショッピングを楽しんでやるぞー!という並々ならぬ意気込みが伝わって来るのは確かだ。

>藤淵 デ パ ー ト に 行って ま た  ➂に 行 っ て

普段、大草原の中の一軒家で暮らしている少女からすれば、隣街の駅前は眩いばかりの憧れのショッピングストリート。思う存分羽根を伸ばし飛び回る、キョーコさん。

>そ し て   M r . フ ライデ ィ  ~ に お昼 を食べ に 行っ て  ➂ に行 っ て ない . . .. . 

1970年代の北の外れに住む少女なら、ハンバーガーなんて、つい先日までハリウッド映画のスクリーンの中の食べ物のことだったに違いない。東京の人だって同じだ。銀座にマクドナルドが初めてオープンしたのが、1970年のことなのだから。ジャンクフードには病的な中毒性がある。マックのハンバーガーはそうでもなかったが、ケンタッキーのチキンを生まれて初めて食べた時はドハマりしてしまい、それから二ヶ月間は毎週のように通ってしまった。かなり経ってからとっくに飽きた頃、高校の先生が、「ケンタッキーのチキンってもんを初めて食べたんだが、あれ、クセになるね」と朝のクラス会の時に話し、クラスの皆は『今頃!?』とバカにして笑っていたが、僕だけは『あぁ、先生は僕も経験したあの時期にいるのだな・・・』と、冷静に分析することができていた。キョーコさんも、今まさに、その時期にあるのだと思われる。

>マ ルベ ニ に 行っ て  ..

アルベニか、マルベニか。旭川にマルベニという衣料品のチェーン店がある。現在では規模を縮小し旭川で店舗を死守していて、当時はキョーコさんの隣町にもあったのかもしれない。

>う ら べ に 行って

今では映画のセットのような誰もいない街中だが、キョーコさんが目を輝かしながらウィンドーショッピングを楽しんでいたこの頃は、流行に敏感な女子中学生が次から次へと行きたくなるお店で溢れていた。と言ってもこの店はお婆さんが一人で店番をしているような名前だが。

>ク リ   ニ ング を 忘 れて 帰 ってきて し * まっ た のだ  。  バ カ な私 . . .  。

一番のやらなくてはならなかった目的は、クリーニング屋に行くことだったようだが、充実し過ぎたお店巡りのせいで、すっかりと忘れてしまったようだ。

均君から教えてもらった詳細な金山君の家の情報を頼りに、早速、のぞきに行ったらしい、キョーコさん。全然似ていないといういとこを目撃して帰途についたのだった   



5
   1 97 8 年    1 1 月  5 日    (日) 1 1:20

 今日 ,   史之 舞 を つ れ て き た 。  メ ン ぼ う を 買って来た .
 来週 中 に は  オ か しを  作 る ぞ う  .  シュー クリ ーム に
 しよ う か な あ  .  バ バ ロ ア に  しよう か な あ  .  ク ッ キーに
 しょ うか なあ.  ヨ シ ! バ バ ロ ア に  し ょ う .  と にか く
 か んた んに作れる もの に  しょ う .  明 日 は 交かん
 * 音楽交 か ん会 だ  、 明 日 は  ま っす ぐ 上を見て
 行こう と 思  っ て る ん だ  . 顔 を そ む け て は い け
 ないのだ ・   史之 が  う る さ い   (ねれ ね れ  っ て)
 の で  も う ね る  金山 君  ....  ど うし て るか な  ?
 明日並木 は こ な い  と い う より  並木 は  へ き地 で な く
 な っ たので あたり ま え だ け ど  . ...  と に かく  来 な いのが
 か な しい  くや  し い  にく た ら し い  な あ     !
  そ こは   ガ マ ン じ ゃ .   それ で は  お やすみ 。

昨晩は街に住む史之舞の部屋に泊まり、明日は学校ということもあり家に帰って来たが、夕飯は姉と一緒に食べたいと思ったのか、連れ添って二人で自宅にやって来た、仲良し姉妹。

>メ ン ぼ う を 買って来た .

耳垢掃除をする綿棒を買ってきただけでわざわざ報告?と疑問に思ったが、続く文章を読むことで、どうやらこれは「麺棒」ではないかという確信を持つ。

ここで、またもや、残された現実に、日記の中の記述が覆いかぶさるかのように、追いついてくるという、実に興味深い一節が出て来ることに。

僕はかつて、あの台所において、ケーキ作りの型を発見し、「お姉さんが可愛い我が弟のために、手作りおやつを作ってあげたのだろう」と、状況証拠としてそれしか考えようがなかったこともあり、勝ち誇ったかのようにその推測を断定口調で言い放った。その他、飛躍し過ぎと思われた推測が後に日記の中の事実とバシバシ符号したりしてやがて多大なるご評価をいただき、有り難いことに、今では、「廃屋」と検索をすると、その記事は一番上に来るまでになっている。

>オ か しを  作 る ぞ う  .  シュー クリ ーム に しよ う か な あ  .  バ バ ロ ア に  しよう か な あ  .  ク ッ キーにしょ うか なあ.  ヨ シ ! バ バ ロ ア に  し ょ う .  

しかし、キョーコさんが手作りおやつを作ることになるのは間違いないようだが、この日の日記を読む限りでは、自分で作って自分で平らげるという、自分の趣味だけに費やされていた道具だった様子。弟がある程度成長した段階では、作ってあげる可能性はありそうだが、弟の成長が、日々更新される日記の中の時間の経過に、果たして・・・間に合ってくれるのか・・・・・・。

控えめで人見知りと思われるキョーコさんが、未来を切り開くため、自分を変えていくために、まずは出来ることからやってみようと、積極的な姿勢を見せるべく、ある試みをしてみようと、前日から強い覚悟を持ってのぞむことになった。

>明 日 は  ま っす ぐ 上を見て 行こう と 思  っ て る ん だ  . 顔 を そ む け て は い け ないのだ ・

今まで、文化祭や読書感想文の発表などがあっても、目立たないように、舞台上や人前では下ばかりを向いていたのだろう。笑われる。陰口を囁かれる。そうならないように、存在を消せばいいんだと。今で言う、街中でマスクを離せなくなった人のように。 

何がきっかけなのか不明だが、キョーコさんは、舞台上で観客から目をそらすことなくパフォーマンスをする覚悟で、音楽交換会にて堂々、楽器を披露することに決めたようだ。

> 明日並木 は こ な い  と い う より  並木 は  へ き地 で な く な っ たので あたり ま え だ け ど  . ...

どういう選別で僻地の区分けをしているのか定かではないが、キョーコさんの地域は僻地過ぎるのではなく、僻地ではないので、音楽交換会が行われずに、別の地域まで行くことになり、よって、金山君が並木には来ないということなのだろう。

>史之 が  う る さ い   (ねれ ね れ  っ て) の で  も う ね る

北海道弁の中ではメジャーで筆頭格の方言を用い、煩い妹を寝かしつけるお姉さんだった   



 周辺地域の中学校が集まって開催される、僻地音楽交換会。

 キョーコさんはある楽器を任せられるが、全く音を出すことが出来ないという、無残な結果に終わってしまう。

 その帰り、文化祭の作品が一同に展示をされているという、ある珍しい名前の町まで行く。何回も行っている僕でさえ、それ地名だったの?というような町。

 宮脇君の自画像など、知り合いの作品をじっくりと観賞しながら批評を加えていくキョーコさんだったが、なぜか、金山君の作品だけは見つけることが出来なかったのだ   




つづく…


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