
メインの門を通り、母屋に案内される。料理や宿泊の前に、ちょっとトイレをば・・・という客人は、左に曲がり、

このトイレに行き着く。
高級割烹であろうとも、時代的にまだ洋式化される前であり、至って簡素な和風便器であったようだ。

数十年間、そのままのトイレットペーパーがあるが、最悪の場合、これを使用したとして、変な病気にうつる可能性とかは、あるのだろうか。これからもこういうことをしている限り、切実に付いて回る問題なので、これを有効活用しない手はないのだが・・・

手洗い用洗面台の横には、折りたたみの紙ナプキン。 レンガ模様のタイルは、この料亭割烹の建物のいたる所で見られた。横浜港にある、赤レンガ倉庫をイメージしたものか。

リサイクルとか出来そうだが、そういう話はきいたことがない。

数十年前なら、お給仕の女中さんが忙しく行き来していたのだろうが、駅前に放置されたこの広大な敷地の、料亭割烹、今現在、伏し目がちの不審な男がたったひとり
別棟の建物に入ってみることに。

この場では、看板の意味が理解できていなかった。料亭だと思ったのに、温泉? 敷地内には離れがいくつもあるし、しかも、各部屋には、お食事処とはかけ離れたある設備が、必ず備え付けられていた。

とある一室。

歯磨き、洗顔用の鏡。

ゆとりのある、タイル製の洗面所。
塀があるので、僕の活動の秘匿性は保たれているものばかりと思っていたが、ここで、塀の上から豪快に顔を出した主婦と目が合う。
自転車に乗っているため、首から上だけが突き出て、顔と目線は完全にこちらを向いていた。睨みつけているようであった。
相手も、見慣れた廃墟の中にまさか人がうろついているとは想定もしていなかったと見えて、僕の存在など、壁やカーテンと同一視していたに違いない。無表情で、勢い良く顔だけが、駅の方角へ移動して行ったのだ。

この「割烹旅館入船」において、これが最大規模の、入浴施設。男二人だったら、気兼ねして入るのをやめる大きさだろう。
後年は、周囲の温泉宿も次から次へと廃業をしたので、入船は業務転換を強いれられ、大浴場はあったのかもしれないがそれを潰し、割烹料理を全面に押し出した店として、営業を続けていたのが、実情ではないだろうか。

ガラス戸に、抵抗感は全く無し。

離れの一つだが、まるで旅館の一室のよう。

伊豆や熱海あたりにある、温泉旅館と変わらない。

女性用の鏡台。

学生が使うような、カジュアルな引き出し付きのベッドがあった。

連れ込み宿を思わせる、風呂を完備していた。温泉を売り物にしていた割には、ビジネスホテル並の狭い浴槽。
廃業間際は割烹料理屋として食い繋ぎ、これらの部屋は、従業員が住んでいたという可能性もありそうだ。料理の提供は、大広間だったと。

靴の箱が積み重なっていいたが、全て空っぽ。

同じく、和式。

東北から集団就職でここに斡旋されやって来た、金の卵と呼ばれた中卒の若者の旺盛な知識欲を伺わせるような、書籍が並んでいたとの妄想が、浮かんでは、消え

放火などなく、見事に当時のまま朽ち果て続けてくれており、何よりです。

敷地内では、床面積が一番大きそうな建物がこれ。

横には洋風のドアもあったが、こちらは施錠されている。

ビールケースが多い。


壁の向こうには、街中の喧騒。中は昭和で時間が止まった空間。侵入者。今にもこちらにやって来そうな気配を漂わせる甲高く響く声に、毎回、怖じ気づきながら、壁際を申し訳なさそうに進む時が、一番神経を擦り減らし、これが最後だから切り抜けろと、折れそうな自分に諭す、瞬間でもある。

風

無造作に捨ててある不用品でも、絵になりますね。

ドアの横のガラス戸から・・・

割烹料亭の、

厨房らしき建物。
湯呑や皿は誰にも見向きもされず、当時からそのままらしい。

入ってすぐ左。箪笥や洗濯機がある。

開けてみると・・・

粗品のタオルなど。

子供と書かれた引き出し。

入船のオーナーの子供の物か、客用のだったのか。男の子用と女の子用の浴衣がきっちりと揃えられて。 黴てますが。
振り返ると、背後には

くるくる回す、手動の脱水機の付いた、大昔の洗濯機。

Tシャツ三枚ぐらいしか洗えそうにない。旅館には明らかにキャパ不足のこの洗濯機、いつまで使用していたのだろうか。
この奥には、昔ながらの冷蔵庫を備えた厨房、さらに、事務室、秘書室、社長室などがあり・・・門外不出の、お宝を、掘り起こすことになった
つづく…
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コメント
コメント一覧
便器は細かく粉砕して、自宅周辺の春先特有の道路の窪みに敷いていた人が居ました。
あの箪笥程度が良ければ骨董で売れそうですね(笑)
紙は繊維質なので、良からぬものが浸透していないかと、気が気じゃないです。一ヶ月そこらならともかく、廃墟だと、時には半世紀だったりしますから。粘膜部分はデリケートですし。
>便器は細かく粉砕して、自宅周辺の春先特有の道路の窪みに敷いていた人が居ました。
北国名物の、雪解け後の凸凹路面に、便器のかけらで穴埋めですか。廃墟に行けばいくらでも便器はあるので、良い再利用法かもしれないですね。
>あの箪笥程度が良ければ骨董で売れそうですね(笑)
中にはもっと程度の良いタンスもあって、廃墟をターゲットにした転売屋は、まだ忍び込んでいないかもしれません。また五年後とかに再訪してみたいのですが、周辺の再開発が活発なので、あっけなく、ある日突然、無くなっていることと思います。
この旅館は最初は温泉旅館で営業していたのをちょっと色気が出て
割烹旅館になったのはいいのですが、そのうちに飽きられて
ちょいの間営業をする旅館になったのでは?と
思い出したのですが、私の職場の先輩が新小岩のちょいの間旅館に
婿に入りました。先輩は私たちを引き連れて持ち寄りで婿入り先の
旅館で仕事が終わると飲み会を始めるんです。
こんな汚い、風呂も無い(あったけど家の風呂で入る時に一人1000円もらう、まあ
近くに銭湯があったので風呂はそこですませて来るのでしょうけど。)
古い和風の旅館に誰も来ないだろうと思生きや、何故か若い女の子と中年の
男のカップルが多く来るんです。駅前ってそんな感じなのでしょうか。
写真にある古い小さな風呂を見て思い出してしまいました。
おばさんと目が合った~。どや顔で通り過ぎて行ったのが手に取る様にわかります。
何も無くて良かったです。