校舎-1
2限目の終了チャイムが鳴り止むと、学年唯一のクラスである三年A組から数少ない生徒たちがポツリポツリと廊下に吐き出された。

均は階段の上り口脇で、西村が茶封筒から抜き出した色鮮やかな切手シートを覗き込んでいた。

『宮沢賢治と理想郷:イーハトーブ』

それは、賢治の小説をモチーフにした色とりどりの絵柄と、それにゆかりある岩手県各地の風光明媚をあしらった大判の切手シートだった。


「このあいだの映画会で観たろ?あのイーハトーブさ。」

いつになく饒舌な西村が得意げに均の顔を覗き込んだ。

「すげーな、おい。コレ、いくらしたんだよ?」

切手好きを自認する均はその大判の切手シートに思わず目をみはった。均のコレクションといえば、万博に行った親戚が旅行先から送ってくれた記念切手が一枚と、時おり父親が職場から持ち帰ってくれる事務用の使用済み切手が十数枚きりだった。

by sabu
屋上-1
「東京の大学生からもらったんだよ。郵便で送ってくれたんだ。」

西村ははにかみ笑いを隠そうともせず、嬉しそうに答えた。

「・・え、とうきょう!?何で?」

「去年の冬休み、『すたんぷ』の文通欄で切手が趣味の東京の大学生と知りあって、それからずっと、文通しているんだ。

その人、トンガのレコード切手とかバナナ型の切手とか珍しいやつを何種類も持ってるんだって。コレクションの写真も同封してくれたんだぜ。」

西村はそう言いながら茶封筒の中に手を突っ込んで興奮気味に中身を漁った。


その時、誰かが均の肩を背後から指で突いた。

いぶかしげに振り返ると、そこにはクラスメートのキョーコが立っていた。

「ねえ、均。ちょっとお願いがあるんだ。ね。いい・・?」

キョーコはそこで初めて西村の存在に気がつくと、

「・・西村君、ちょっとごめんね。」

と西村の肩を押し出すようにして強引に廊下の先に押しやった。

茶封筒-1
日ごろからキョーコに苦手意識を持つ西村は、ぎょっとした面持ちで振り返ると急いで切手シートを茶封筒にしまい込んだ。


「・・チェ、いいところだったのに・・・。」

均は去り行く西村の背中を名残惜し気に振り返った。

「何だよお願いって。・・言っとくけど今月は俺、金ねーからな。」

均は肩をすくめるようにしてポケットに手を突っ込むと、不機嫌そうにそう言った。

「そんなの均に頼まないよ!そいからあのさ、このこと、絶対に秘密にしてもらいたいんだけど!」

「わかったわかった、誰にも言わないって。俺の口が堅いこと、知ってんだろ。もったいぶらないで話してみろよ。」

キョーコの上気した頬がわずかに赤らんでいる。

「今日さ。4限目、並木で集体でしょ?・・・渡してほしいの。これ。」


差し伸ばしたキョーコの手には薄いピンク色の封筒が握られていた。蓋の部分を『わんころべえ』のシールで封じてある。

「へぇ、手紙?・・誰にだよ?並木の・・?」

キョーコはうつむいたまま、消え入りそうな声でおずおずと答える。

「その、あのさ・・。生徒会長のひと。か、金山くんに・・。」




つづく


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