相模湖-70
 砕片の下から次から次へと、僕の手により、助け出されるように顔を出す、和香子ちゃんの眩しいばかりの肖像。

 その天真爛漫な、天使のような笑顔とは対照的な、足元の残酷な現実に僕は思わず、「和香ちゃんは、二階に逃げ込んでじっと息を潜め、隠れているのではないか・・・」なんていうバカな妄想が・・・浮かんでは・・・消え   

 すっかり虜にになってしまった、和香子ちゃんの行方を追うなら、素直に建物正面右にある、鉄製の階段を登っていき、二階にあるだろう、子供部屋の探索を行うべきである。

 縁起でもないが、ある情報が寄せられ、心が折れそうにもなったが、そのことを知っていたなら、なおさらのこと、禁断の二階へは、足を踏み入れることはなかった。それは誤情報も多いので、全てを信じてしまうのは、あまりにも危険であるので、参考程度にしておいた方が、今のところは賢明なのかもしれない。

 同行者であるSさんは、二階への突撃に前のめりであった僕に、顔を曇らせ難色を示す。

「あれを見てください、カイラスさん! あんなんじゃあ、無理でしょうが!!」

 彼の指差す先には、二階への鉄製の階段があったが、真ん中部分にえぐったように欠落している箇所があり、そこはたった一本の細い板でぶら下がっているような状態であった。

 見るも脆そうなので、大概の人は躊躇するだろう。それゆえに、残留物の保管状態は豊富であるという見方もできる。

 錆びて首の皮一枚で繋がっているような階段が、大人の荷重に耐えられるのか。破断し、滑落。骨折してしまうのか。骨折しないまでも、三メートルの高さはあるので、グキリと、しばらくは足を引き摺るような捻挫ぐらいは覚悟しないといけないのかもしれない。



相模湖-163
 決断を迫られた僕は、より体力を要する、背後の山に隠れるようにいくつも存在する、離れを、先に探索しようという選択をする。

 これなら、例え後で階段で負傷をしたとしても、二階部分の探索が残されているのみなので、続行不可能という最悪の事態は避けられる。



相模湖-165
 急斜面にはワイヤーが張ってあり、それを掴んで枯れ葉や枯れ草に足を取られながら登っていくと、「湯の花」と看板を掲げる離れの地味な小屋が待ち構えていた。



相模湖-164
 それは二階建て。

 入ってすぐに温泉情緒など全く無視の、ステンレス製の浴槽が目の前に飛び込んでくる。

 使い込んだ様子は見受けられず、途中でリニューアルでもしたのだろうか。お宿の歴史からすると、やけに真新しい。



相模湖-166
 一階の風呂場から、二階の客室へ行く階段の途中で、鳥が絶命しているのを発見する。

 大空を自由に羽ばたく鳥が、何が悲しくて、階段のコーナー部分で息絶えたのか。



相模湖-169
 変木を山より見つけ出して来て、それを手摺りにしようと、アイデアマンの御主人が据えられたのだろう。学生の頃から凝った写真アルバムを制作していた感性は、後に、こんな場所でその力をいかんなく発揮することになった。



相模湖-168
 臭いはすでにないものの、お世辞にも当時でも清潔感は感じられなかったはずの、汲み取り式トイレ。

 便器ブラシは豪快に、床置きだったのだろうか。だとしたら、あまりにも大雑把。
 


相模湖-167
 廊下に自販機がある。コインボックスを荒らそうと、本体を移動させたに違いない。



相模湖-171
 「峠のお宿」というイメージからはおよそかけ離れた、浪人生の下宿部屋みたいな一室だった。

 これでは廃業をするのも当然である。旅情のプレミアム感はほぼゼロ。



相模湖-174
 今さっき人が寝ていたような、温もりさえありそうな、ダブルベッド。

 枕元にあったのは廃墟でお馴染みの・・・



相模湖-175
 大自然の夜の帳の中で、夜露に体を湿らせ震えながら、時折響くバイクのマフラー音に怯えつつ、社会復帰目指して、貪り読んだ求人情報雑誌   

 彼に次はあったのかと、祈る思いで布団を捲ってみる。

 とりあえず喜ばしいことに、もぬけの殻であった。元気に期間工などで働かれていることを願うばかり。



相模湖-173
倍稼ぎだ!!

 切実だった、彼の再就職。このフレーズ引用からして、ここで彼がくすぶっていたのは、テレビドラマ「半沢直樹」が放送されていた、2013年の夏あたりと推察する。

 よく考えたら、これは女性用の求人情報雑誌。まぁ、スーパーのレジ横などに置いてある求人情報雑誌を纏めて持ってくる際、暇つぶしに読もうと、こちらも手に取ったのだろう。僕も暇な時、無駄情報を得るために、全く同じことをやることがある。



相模湖-180
 五年前にここに滞在していたと思われる彼のトレーナーが干したまま。

 この山の何処かで野垂れ死にをしているのではないかという、ろくでもない考えが浮かぶが、冬に来て、冬ごもりをし、春に出て行ったとの可能性も大いにある。



相模湖-178
 せっかくの作業ズボンは履かずに? いや、就職が決まり、新調したスラックスを着用して、気分一新、今までの自分をここに投げ捨て、過去と決別をし、旅立って行ったのだと、心の底から、そう思いたい。

 ここで、同行者のSさんが、あるものを発見し、血相を変えて興奮気味に喋り出す。

「ヤバイ物がありますよ! まさか、これで・・・」



相模湖-179
 タウンワークを端から端まで読んで応募してみても、ありつけない仕事先。絶望の淵で、お宿の一室にて、自ら死を選んだとしても、そう驚くことでもない。

 が、しかし、これはパン切り包丁である。

 湯沸かし機器をそのホームレスが持っていなかったとしたら、主食である炭水化物の摂取は、必然と、パンになるケースが多いだろう。

 なけなしのお金で、焼き立てパンの店に行き、せめて主食にはこだわってやろうと、パンを一斤買い求めたといったところではないのか。お値段は安く、日持ちもするので、彼の生活形態には適合しているものと思われる。



相模湖-181
 温泉のお宿にしては、立地からしてそもそも成立しそうになく、近年、観光宿泊の需要もなさそうであり、このお宿に違和感を感じはじめていたら、その疑問に真正面から答えてくれるような、ある、張り紙を目にする。



相模湖-172
 仲睦まじい幸福を絵に描いたようなファミリーが、甲斐甲斐しくも助け合って経営していた、「峠のお宿」は、いつの頃からか、連れ込み宿(ラブホテル)となってしまっていたのだった。

 マイカーが当たり前となり、都内から車ですぐのこの場所で、観光目的の宿など、需要が無くなったのだろうか。だとしたら、いつ頃からなのか。

 思春期の和香子ちゃんには、絶対、見てもらいたくなかった、大人の卑しい事情であるが、果たして・・・



相模湖-177
 任天堂の社員が退社をし、立ち上げた会社で販売をしたという、ファミコン内蔵のビデオデッキ。昔のラブホにはよく設置されていたという。

 中身は、サムスンのビデオデッキに、違法搭載のファミコンの基盤。カセットは、北米版のファミコン(NES)用と同等品を内蔵。ファミコンより二回りぐらい大きなカセット。このNESのカセットは、日本ではおもちゃ屋の店頭で行われていた、ディスクシステムの書き換え用の機械のマスターカセットとしても利用されていた。



相模湖-183
 廊下の突き当りには、全身プラスティック製の、旅館ともラブホテルともどっちつかずの、洗面台。

 お宿の備品にしては、安っぽいし、ラブホテルなら、味気なさ過ぎる。これでは、客足は遠のくばかりだったことだろう。
 


相模湖-187
 外に出て、近くにあった、もう一つの離れへ。

 この時点では謎でしかなかったが、妙な台が気にはなっていた。



相模湖-188
 台の上には、「御注文品受取り場所」とある。

 電話注文を受けると、お宿の母屋の食堂で作られた親子丼などを、各離れに出前してくれていたのだろうが、何も窓際でそれを受け取る必要もなく、ドアを開ければ済むのにと、Sさんと話し合っていた。

 が、寄せられた情報によると、かつて、峠のお宿では、御主人の逞しい創造性が詰め込まれた、画期的とも言える、ミニロープウェイのような器具が、離れに設置されていて、食事を、ワイヤーを伝って運ぶサービスがあったということだ。

 お座敷にミニSLが走っていて、食事を運んでくれるというのはよくあるが、あれの、山版ということらしい。

 僕が斜面を登る時に使用したワイヤーは、お食事ロープウェイの名残りだったのだろう。僕自身、そういったサービスは、体験したことがなく、聞いたこともなかったので、是非とも見てみたく、廃業をしてしまったのは残念でならない。

 隣の部屋に先回りしていたSさんが「えっ!」と、声を上げたかと思うと、僕の元に駆け込んで来た。

「あのベッド・・・」



相模湖-184
「あの彼、焼身自殺じゃないですか!?」



相模湖-185
 確かに、炭と化した、黒焦げのマットレス。続きの部屋には、横たわった消化器に、噴霧後の白い粉の跡も、あったのだ。


 

つづく…

「山の上の不法滞在者」廃墟、家族崩壊のお宿.5

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