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 廃墟ロープウェイの「かわの駅」の駅前は、今では誰も彼もが容易に立ち入ることが困難となったためなのか、荒れるに任せた耕作放棄地のような、森林化の一途をたどっているように見受けられた。



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 駅舎の壁面と窓。苔の侵食が緩やかのようで、確実に窓枠の縁取りから全身へと及ぼうかとしている気配。この駅がまりものようになってしまうのも、そう先のことではなさそうだ。



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 密林に埋もれた、カンボジアのクメール遺跡とまではいかないが、倒木の隙間から抜け出すのに一苦労する。隔絶された今や聖地に、飲み込もうとしている自然との格闘、振り返ると、達成感と幻想的な廃墟の情景が迫る。都内近郊で、こんなロマンを手軽に味わえるのは最高ですね。



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 かつての駅前広場を挟んだ向かい側、見た目クラブハウスのような小屋に入ってみる。



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 中央のテーブルの上にはテニスラケット。床にテニスボール。廃テニスコートに併設の建物らしい。奥には質素ながらシャワー室まであった。

 大半の客層はほぼご近所の人だったに違いない。当初は老人会のテニス同好会でそれなりに活用されていたものの、ただでさえ高齢者ばかりの山間に住む人達がさらにお年を召し、テニスどころではなくなってしまい、やがて、見捨てられてしまったといったところだろう。

 全国津々浦々の廃墟も、同様の理由が多いと思われる。



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 プレイボーイのファッションロゴは過去に何度かブームが起こっているので、これをして年代の特定は難しい。

 いつの時代だったか、西友の服売り場で中学生ぐらいの男子が母親にプレイボーイ・マークの靴下がどうしても欲しいとせがんでいる、僕からしたらかなり恥ずかしい光景に出くわしたことがある。僕は通り過ぎざまに、『それはいい歳したおっさんが好むマークだぞ』と。でも、あまりにもその彼の懇願ぶりが熱を帯びていたので、『いや、もしかしたら、こんなのが、今、流行ってんの??』と驚きを禁じ得なかった。局所的、一時的だったのかもしれないが、中高生の間でブームだったのだと思う。

 さらに別の時代、女子高生がプレイボーイ・マークのニットかなんかを着ていて、『また業者が流行らせようとしているのか・・・』と、呆れ気味にもなった。どうせ、創業者はとっくの昔に服飾関係の商標は売り払ってしまっていて、それが業者間で転売され、それぞれの時代の業者がしたたかに流行らせようと、その都度、仕組んでいるのだろう。
 
 冷蔵庫を開けてみたが中は空であった。



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 スポーツ広場管理委託契約書。平成元年4月1日。

 この建物の書類上の名称は「管理棟」。



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 所々に草が芽吹いて痛々しいテニスコートを歩き回り、何かないかと探すが、特に収穫は無し。

 駅舎の横に階段があったので、屋上に行ってみることにする。



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 駅舎周囲外観。

 意図的に種を蒔いて自然の中に還そうとしているのではないだろうか・・・・・・



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 うっすらと「くもとり号」が見える。



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 立てかけられた畳の向こうに外階段   



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 自然に取り込まれてしまった、ほぼ遺跡のような外階段を登って行く。



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 階段の上から下を見下ろしてみる。差し迫る自然の驚異   



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 コンクリートさえ覆い尽くそうとする、植物の繁殖力。



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 ボルト跡の形状から、石柱でもたっていたのか。



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 上モノがあったらしいが、跡形もない。観光客を楽しませるような、展望室があったと予想。中には売店、噴水ジュースの自販機も。



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 数々の椅子の残骸が、それを物語ってはいやしないだろうか   



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 日の暮れとともに、湖がエメラルド色に輝いてくる。



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 時間がない。日が暮れてしまう。急がなければ。

 もうひとつの廃墟ロープウェイ駅「みとうさんぐち」へ、猛烈な勢いで車を走らせる。
 
 そこで見たものは、無残に乱された、廃墟ロープウェイ「みとう」号であった   




つづく…

「ゴーストペインティングで埋まった廃駅」乱された廃墟ロープウェイ.5

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