キョーコが消え入りそうな声で均に頼んだのは、金山に渡すラブレターの取りつぎだった・・。


何だ、そんなことかよ。均は拍子抜けして思わず吹き出しかけたが、キョーコの真剣な眼差しに気づいて慌てて呑み込んだ。

これまでも、金山への片思いについてキョーコから何度か相談をうけていた。そのいずれもが、ただ胸が苦しいだの、あきらめたくないだの、何の生産性もないただの恋のうわ言のようなものだった。

校舎-1
金山へラブレターを渡す・・・少なくとも今の状況から一歩前へ踏み出す勇気がついたということか。

その勇気に免じて、本来なら快く引き受けてやりたい気持ちは確かにあった。

だが、均の口から出たのはその思いとは裏腹な答えだった。

「いや、それは断る・・。悪いけど」


もちろん均も金山には面識があった。つまらない話題で何度か談笑したことがあるし、集体の競技でチームを組んだことも一度ではなかった。

にもかかわらず、均は金山と心から打ち解けることができなかった。

スポーツ万能の好男子。おまけに生徒会長でもある金山に対する、均の単なる引け目なのかもしれない・・。しかし、均には何となく金山が自分のことを見下しているように感じられるのだった。

その金山に女子の遣いっ走りにされた姿など見せたくない。それがキョーコの頼みを断った本当の理由だった。

怒り-1
「・・そんなの俺に頼むなよ。自分で渡せばいいだろ。」

「そんなこと言ったって・・。それが無理だから、こうして頼んでるんじゃん・・。」

キョーコの目にじわりと涙が滲んだのを見て、均は思わずわが目を疑った。
(キョーコが泣いている!?)


均は幼馴染のキョーコが涙を流す姿を今まで一度でも目にしたことがなかった。

小学生3年生のころだったか、鬼ごっこのルール争いから喧嘩になり、ムキになった均はキョーコの髪の毛を引っ張って雨上がりのぬかるんだ校庭に引き倒したことがあった。

だが、その時も結局涙を流したのは先生に叱られた均の方であって、逆に笑顔のキョーコが先生をなだめたものだった。

悲しい時。辛い時。普通の女子ならとっくに泣き出していそうなその時、キョーコは涙を流すかわりに、常に笑っているか怒っているのだった。


だがそれが単なる鈍感や無神経を意味しないことを、均はよく知っていた。

ノート-1
いつだか試験前に借りたキョーコのノートの余白に書き込まれた落書き『まけルナ!くじけるな!』は、彼女の明るい笑顔の裏には、複雑な家庭事情に圧し潰されまいとする強い意思が秘められていることを物語っていた。


キョーコ・・そのキョーコが今、均の目の前で確かに涙を浮かべている。それもたかが一通のラブレターのことで。たかが一人の男のことで。

突然、自分でも理由のわからない憤りが沸き上がり、均の心を突いた。


「わかったよ!」

均の語気の荒さに驚いたキョーコが顔を上げた。

「・・わかったよ!貸せよ、それ!」

廊下-1
均はキョーコの手に握られた白い封筒をひったくるようにして奪い取ると、呆気にとられたキョーコを尻目に、ヤケのように廊下を駆け出していた。




つづく

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