入舟-59
 玄関を入った左、年代物の洗濯機の向かい側上部にあった棚のガラス棚には、こんな注意書きがしてあったが、達筆すぎて読めない。

 従業員一同、これを全員読めるような、今ではもう高齢者ばかりの年齢層がその当時、若い働き手として、この入船で元気に働いていに違いない。



入舟-62
 LEDの時代が来る遥か前の昔から置かれたままの電球のストックが、未だ手つかずで数十年間も置きっぱなしという、都会の街の中の奇跡   

 都民なら、指定の電気屋に持っていくと、電球二つまでLED電球と替えてくれるという小池知事肝いりのキャンペーンがあったが、こんなに古いのでも、可能なのだろうか。



入舟-66
 業者からまとめて買った未使用の湯呑み。素っ気ないデザインなので、記念に持って帰ろうという気にもならない。



入舟-55
 板敷きの廊下を真っ直ぐ進まずに、右を見てみると・・・



入舟-67
 場所的に、開かなかった洋風ドアの部屋。事務所だろうか。



入舟-68
 ブルーでまとめられたカラーボックス。「ブルーライトヨコハマ」という歌があるので、それを意識していたのかもしれない。



入舟-71
 A&Gのギフトの箱があったので、中をちょっと確認してみる。

「純喫茶 アロン」「原宿パレフランス」「モーゼ」「ナボナ・ママン お菓子の店 亀屋万年堂」といった、当時を知る人なら涙モノのマッチコレクションがどっさりと入っていた。「 亀屋万年堂」は今でもあるが、マッチはもう配っていないはず。

 「パレフランス」は、かつて原宿にあったファンションビルで、「ウンガロ」や、地下には洋菓子の「銀座ウエスト」がテナントで入っていたそうだ。2003年の6月に惜しまれつつ閉館。



入舟-70
 数十年分の埃が積もったカセットテープ。



入舟-69
 漫画の「コブラ」、筒井康隆に、星新一。事務員は、SFファンだったらしい。

 「農協 月へ行く」は、70年代に農協の団体ツアー客がフィリピンなどアジアの途上国への買春ツアーが社会問題になっていた背景を元にして書かれている。農協のツアー客の下品だがバイタリティのあるその人間性が功を奏して、今まで世界中の誰もがなし得なかった異星人との交流を図ることに成功するという話。



入舟-92
 新谷かおる「ファントム無頼」。年頃の事務員がいたようだ。



入舟-87
 壁のカレンダーは、1993年の11月でとまったまま。1993年といえば、悪魔ちゃん命名騒動。映画会社「にっかつ」が倒産。香港のロックグループBEYONDのリーダー「ウォン・カークイ」が、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』の収録中に転落事故、6日後に死亡。福岡ドーム完成。元フジテレビのアナウンサーで人気司会者だった「逸見政孝」氏がガンで逝去、など。



入舟-72
 奥の洋風の広い部屋の手前にテーブルと椅子。



入舟-73
 テーブルの上に置かれていたのは、安全運転の表彰状。

 その名前は、入船オーナーに違いないだろう。

 いくつか額が重なっているようなので、下にあるのを表に出してみる。



入舟-75
 これは・・・ 綱島最後の料亭温泉「料亭割烹 入船」の、オーナー、その人に違いない。そんな功労者であるお方の御写真が、こんな無造作に置きっぱなしであるということは、息子孫もいなく、夫婦孤独に召されられてしまったのか。そして、所有者不在の、廃墟割烹が、長きに渡り、駅前に野晒しにされることになったと   

 ガサゴソと、手応えではもう一つ額があるようなので・・・



入舟-76
 女将さんであられる、妻のお婆さんだ。数十年ぶりに陽の光を浴びることができて、大変お節介ながら、彼女も少しは報われたのではなかろうか。

 夫婦二人三脚で支えてきた、この「割烹入船」が、このようなことになっているとは、お二人とも夢にも思われていないだろうが、最後の最後に、このようにして隅々までご紹介してあげることで、二人の偉業を少しでも世の人に知ってもらえたのではないかと、僕も微力ながらお力添えをすることができ、みなぎる充実感とともに、胸を張って誇らしげに、額に収まるお二人の柔和な表情を暫くの間、見つめ続けていた   



入舟-74
 額の載ったテーブル奥には事務机。



入舟-77
 事務椅子に座っていた事務員の愛用と思われる、チャーリー・ブラウンの人形。当時は二十代の未婚だとしても、今は立派な母親となっていることだろう。

 あなたの青春の思い出、まだここにありますよ!!!



入舟-78
 重厚な木製の洋風ドアをくぐる。

 暖炉風ストーブ置き場。鎮座するトロフィーや花瓶。本棚。

 これは、社長室に違いない   



入舟-79
 トロフィーはその装飾から、ゴルフ大会のものだと思われるが、プレートの字が摩滅していて、詳細は不明。



入舟-80
 可愛い孫が出入りしていて、座敷犬と戯れていたようだ。だとすると、遺影が放置されているのは、あまりにも不憫でならない。孫愛用のぬいぐるみに、犬用の餌入れ食器も残されていた。



入舟-82
 孫用のディズニー絵本も。洋物の直輸入品。「7人のこびと」。



入舟-81
 昔、近所のスーパーマーケットのキャラクターが「ドンキーチャック」という日本のアニメだったが、あれは、これのパクリだったみたいだ。今もディズニーではウッドチャックが活躍しているみたいだが、この絵とはだいぶ趣が違う様子。



入舟-84
 割烹料亭らしからぬ、ステンドグラス風。引き出しやダンボールの中は、書類や経済新聞など。



入舟-83
 心の病に関心があったようです。



入舟-86
 札に隠れる、ゴルフのドライバーを僕は見逃さなかった。オーナーと思しきお爺さんが実は婿養子で、実権は創業者の娘である妻の女将にあるということも考えられたが、老朽化具合がそこまで酷くなく、一代でここは築かれたと見るのが正解。社長室でゴルフのスウィングの練習をする、お爺さんが、紛れもない割烹の代表者であるというのは明白だろう。



入舟-85
 これより、社長室を抜け出し、割烹料亭にしては思いもがけない立派な事務室へ行く。つまり、社長室の隣にあったこの部屋は、たぶん、秘書室のようである。

 オーナー夫婦の寝室、歴史のある調度品が並ぶ居間、そして、巨大厨房。無数の食器類に、旧式の保冷庫の中身をしっかりと確認したのち、残る離れ部屋を隅々まで探索し尽くすことになった   




つづく…

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