半世紀以上も廃墟化していたというラーメン屋の店内にて、遺体発見のニュースがネットの片隅でちょっとした騒ぎになったのは、一年と少し前ぐらいのことだっただろうか。
映画「スタンド・バイ・ミー」を思いおこし、少年時代のゾクゾクするような好奇心が湧き上がりでもしたのか、いい歳をしたおっさんが、付近で『あの廃墟に遺体があるらしいよ・・・』という噂を聞きつけ、そんなら自分の眼で確かめてみようと、でも一人だと不安なので、知り合いを伴って、リバーフェニックスとウィルウィートンよろしく、廃墟ラーメン屋を訪れたのが、事件発覚のきっかけだったのだという
幼少の頃に近所にあった、不気味な廃屋の記憶。とてもじゃないが、怖くて踏み入ることのできなかった、廃墟米軍ハウス。廃墟までとはいかないが、クラスで皆が口々に話題にしていた、全体を蔦が纏ったあばら家に住む、キチガイおじさんの生態への興味。
死体発見者は六十を過ぎたおじさんだったようだが、彼の老いてもなお衰えない、ともすれば、卑しい、下衆な好奇心ではあるが、内にふわっと、ほのめきはためいた、少年時代に芽生えて御歳高齢ながらいまだ消えずに残っていて呼び覚まされてしまった探究心に駆られるようにして、一般社会の常識からは外れたかに見える行動をとってしまったことは、このようなブログをやっている手前、個人的には、非常によく理解できてしまうのである。
一報のニュースが流れたその夜には、ネットではその廃墟ラーメン屋の場所が特定されていた。埼玉県の春日部市だとか。正直、クレヨンしんちゃんの舞台になっているということ以外、特に関心を持ったことのない、東京からはかなり離れた場所にある街、ベッドタウン、ぐらいの印象しかない。
ピンポイントで特定された場所をグーグルストリートビューで確認してみたが、草と木が全体を覆っていて、中にあるやもしれない建物を目視することはできなかった。建物はすでに解体されてしまっている可能性もあった。
建物が仮に残っていたとしても、昨日の今日では騒がしいだろうし、規制線が張れられて警察官か警備員が常駐している可能性もある。
しばらく、この案件は保留、温めておこうと、一旦ブラウザを閉じ、時が過ぎるのを待った
数カ月後、同じ場所を何となく開いて(グーグルストリートビュー)みたところ、画像は更新されており、生い茂った草木が隠しようにも、隠しきれていない、不気味な二階建ての廃墟を、そこに発見することができた。
片道二時間以上、往復の乗車賃、二千円以上もするけれど、遺体発見おじさんの奥底に、数十年ぶりに、再び探究心を呼び起こしたその廃墟ラーメン屋、在りし日の怖くてのぞけなかった廃屋の中を僕はそこに見ようとしているのだろう、大人になりきれていない未だその手前で少年の頃の夢の輝きを見続けている自分・・・ 高ぶった気持ちをどうにも抑えることができずに、気づくと、足は遥か遠く春日部の地へと、向かっていたのだった
埼玉県、春日部市。国道16号線沿い。少し先に行くとファミレスやディスカウントショップが集まっているが、この廃墟ラーメン屋の周囲には工場と倉庫ばかりの寂しい光景が続く。
一心不乱に種を植え続ける、農婦。
最後、廃墟ラーメン屋の全てを見終わり、駅に向かおうと、建物を出て畑を突っ切って歩いていると、このお婆さんに『この人殺しがっ!』みたいな鋭い目つきで睨まれることになった。
たまにどさん子のラーメン屋は見かけるものの、どこもこのような、今にも潰れそな老朽化した建物ばかり。一昔前なら、外食で味噌ラーメンを食べようと思ったら、ここしかなかったような気がするが、時代が変わってしまったのでしょう。
この時、頭にあった情報は、二階建ての元ラーメン屋ということだけ。二階には、別の店が入っていたようだ。
周囲をうろうろして撮影をしていると、農夫らしきお爺さんが畑から出てきた。彼は歩道に出てスタスタと歩き出すと、畑一つ分反対側に駐車してあった軽自動車に乗って、去って行った。
自分の畑なら、畑の中を歩けば済む話だが、それをしないでわざわ歩道を使うということは、ここは、市民農園か、または、土地のオーナーが区画ごとに貸している、貸し農園なのだろう。そう思って、畑全体を見回してみると、なるほど、さっきの農婦の他にも、所々思い思いに人達が農作業をしているのどかな風景があった。
それならば、遠慮がちに畑の脇を通って廃墟の建物まで行けば、あの農婦に罵声を浴びせられる心配も無いだろうと、踏んだ。オーナーの嫁でもなく、畑を通ろうが文句を言われて干渉されることもないに違いない。
この脇道の行ったすぐ先にある、休憩小屋みたいな所には、その農婦がさっきの位置から移動して来て陣取っており、そこのすぐ前を通るのは、衝突リスクがあり、現実的ではなさそうである。
お爺さんの車があった場所から歩いて畑の端を通り、位置的にお婆さんの後方、どさん子ラーメンを死角にして、開かれた口から入っていけば、すんなり潜り込めそうに思えた。
歩道を歩き迂回。畑内の歩道際にあるファンス沿いを歩き、建物横の剥き出し口まで来ることに成功。あのお婆さんは、右奥の掘っ立て小屋の中で何かしているようだ。こちらには気づいていない様子。
今では珍しい、テーブル筐体のゲーム機が店前に。他所から来て投棄された可能性もある。
いずれの機械も、ワンレバー、ワンボタンの、年代物。
縦型モニターのワンボタン式なので、インベーダーかギャラクシーウォーズあたりかと思ったが、ボタンの上のロゴがギャラクシアンぽくも見えた。
探って行くと、そこのその場所で発見されたであろうことが確実な、古くからの儀式としての行いを示す、あの跡を、逸らそうとしても、嫌でも視界に入って来ざるを得ないような現場と、遭遇してしまうことになった
つづく…
「昇天場所」遺体の発見された廃墟ラーメン屋に行って来たよ.2
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コメント
コメント一覧 (16)
みくほさん。
結構前、知っているYouTuberの方が、どさん子の廃墟がまもなく解体されると聞いたらしく、現場をレポートしていました。中までは侵入していなかったですが。
もう更地になっているのかと思っていましたが、まだ建物は存在しているんですね。
動画にしてみようとは思っていたので、行ってみるかもしれません。真夏を越えて涼しくなった時まで残っていればですがw
なにはともあれ、情報をお寄せ下さいましてありがとうございます!
u11さん。どうも、こんばんは。
どさん子ラーメンっておそらく、日本で初の全国規模のラーメンチェーン店ではないでしょうか。ただ店主が勝手にメニューを作ったり、統一性が無く、それが衰退の原因だったかも。マクドナルドの本を読んだことがありますが、やはり同じく創業当時は店長が勝手にペプシを入れたり、パスタをメニューに加えたりして、そういうのを徹底的に排除したそうです。
>何とも言えない味だった記憶があります。
不味くもなければ、特別美味しくもない味ですよね。あと、どの店も不衛生な感じが。本部がコントロール出来ていなかったんでしょう。脱サラのおっさん達を。
一時、新しい資本が入って生まれ変わったとかテレビでやってましたが、僕の周囲では新たな店舗は見てないです。
店主の高齢化も大きいでしょうね。イメージが良くないから継ぐ人はいなく、80年代頃に店を持った人らがずるずる老いていって、店主はお爺さんばかり。今の有名チェーン店には太刀打ちでき無さそうです。
どさん子ラーメンは、東北のほうでよく見かけるので東北地方にしかないのかなと思っていましたが、関東のほうにもあったんですね。初めて知りました。
僕もどさん子ラーメンに行ったことがありますが、何とも言えない味だった記憶があります。
そんなどさん子ラーメンもだんだん閉店する店舗が増えてきている気がします、店主の高齢化なども原因の一つなんじゃないかなと思っています。
関東の人間にとって、その昔、外食のラーメンチェーン店といったら、どさん子しかなかったです。王将は、関西エリアだし。北海道には展開していないと思ったら、郊外にはあったんですね。
今の関東では、どさん子チェーンというと、廃墟かそれ同然の店といったイメージです。復権を目指すという提灯記事をつい最近読みましたが、何しろ特色が無いので、難しいでしょうね。
まーこの辺を読んでお察しくださいませ。サチさんのサチは幸福の幸だ!
http://eityun.jugem.jp/?eid=884
https://togetter.com/li/643236
調べてみたら北海道では激戦の札幌市を避けて郊外に出店しているようで、聞いたことがない理由が判明してスッキリした反面やるせなかったり
巷のどさん子も、よほど駅に近い優良物件でなければ、大抵ガラガラですよね。どさん子創業時に加盟したオーナー達は、サラリーマンでいえば今、定年にさしかかっていて、最後のひと稼ぎの時期、このタイミングで改築もできず、それで半ば廃墟化した店舗が多いのかも。ミレニアム以降の、進化系ラーメンの波に完全に取り残されていたのが痛い。ついでに、バブルの頃の荻窪環八ラーメンブームにも。
>夏の海水浴シーズンに一年分儲けてしまうのでしょうかね。
海辺だったらそうでしょう。クリスマス時期の売上が、半分以上を占めるケーキ屋さんのように。
>北海道出身の店主が同じ名前で出店したら クレームが来て「どさん好」(どさんこう)に店名を変更しました。
加勢大周における、新加勢大周みたいな、醜い争いが、いはちさんの身近でもあったんですね。この芸名騒動も、皆忘れていると思いますけど。「どさん娘」も、「どさんむすめ」と読むらしいですね。
>フランチャイズで出店させているのだとは思うのですが、出店料とか教育代とかどのくらいかけて開業までたどり着くのでしょうかね?
門外不出の調理マニュアルが厨房にありましたが、一品一ページの、クックパッド並の情報量でした。あんな簡素だと、店主の裁量で独自の味に変えられて、フランチャイズ店の強みが無くなるような気がします。実際、各店まちまちのようですし。マクドナルド創業時も、好き勝手にメニューを作るオーナーに手を焼いたそうです。出店コストは安そうですが、その分、本部からの指導やもろもろ供与も薄く、チェーン店の良さが活かされないまま、今に続いていそうですね。
人口が4000人くらいの町に(今は吸収されて市になりましたが)
ラーメン店が3軒もあります。なので、いつもガラガラ。
夏の海水浴シーズンに一年分儲けてしまうのでしょうかね。
ペリカンの看板もすでに色あせていて、ラーメン屋だとわかるのですが
ど○ん子のチェーン店だと判断するまでにかなり時間がかかりそうです。
ちなみに以前富津で働いていたころ、北海道出身の店主が同じ名前で出店したら
クレームが来て「どさん好」(どさんこう)に店名を変更しました。
フランチャイズで出店させているのだとは思うのですが、出店料とか教育代とか
どのくらいかけて開業までたどり着くのでしょうかね?
昔だと、まだ「どさん子」かもしれないです。内紛があって、分裂から「どさん娘」が誕生したみたいですから。
>札幌ラーメンと謳う割にはかけ離れた味の記憶が(笑) 何だ?偽物かい?と2度と行くことは無かったです。
どさん子は、各店のメニューはオーナーが好みで追加したり、味もバラバラみたいですから、その店はハズレだったんでしょう。観光客の一見さん狙いの、おざなり経営の店舗。ネットの無い時代、僕もよく引っかかってました。
>痩せてイケメンと言えば、テンテンの実の兄スイカ頭もなかなかの美男子になってますね。
肝心のテンテンの方は、だいぶ前に見ましたが、微妙でしたね。セクシーグラビアもやっていたような。
これ、向かいのお菓子屋さんもいい味出してますね。前見た時の画像は店が開いてましたが、売上をザルに入れて吊るしていたり、二階の戸袋も情緒があります。
何だ?偽物かい?と2度と行くことは無かったです。
それよりその辺にあった小汚ない居酒屋のほうとうが美味しかったかな。
痩せてイケメンと言えば、テンテンの実の兄スイカ頭もなかなかの美男子になってますね。
https://www.google.com/maps/@35.726223,139.6035524,3a,75y,258.98h,91.27t/data=!3m6!1e1!3m4!1sRLCxiC2uSpRwuH_Kwhfr2g!2e0!7i13312!8i6656?hl=ja
あのデブ少年、あんなに変わった姿に今なっているんですね。大出世とまではいってないみたいですが。僕がこの映画でなぜか頭に残っているのは、車から乗り出したバウアーがバットでポストをなぎ倒して行くシーンです。こんな悪い遊び、アメリカ人の定番なのかと、倒された家の人のことを思うと、後味の悪さが残ってしまい、でも、なんでそんな小さなことに拘って観てしまったのか、今でもよくわかりません。
>このど〇んこ、うちの近所でも軽く廃墟化してました(現在は居抜きで飲食店が入った)
ことごとくですよね。ほか弁VSほっともっとのような、争いがあったらしいですけど、それがなぜ店主の無気力化?に繋がるのが謎です。
>ペリカンのくちばしが、おドンブリの形状でアイヌの若者が草笛吹いてるモチーフだよね!
アイヌのはわかるんですが、ペリカンが意味不明ですね。創業者に聞けば理由はあるんだろうけど、誰もそこまで興味を持っていないという。
>どういう経緯でここで亡くなられたのかわからないですがとりあえず黙祷です
僕も、建物入り口で、一礼をした後、黙祷をさせてもらいました。何の縁も無いですが、一応・・・。
ウィル・ウィートン君が沼にはまって、おパンツの中のヒルに卒倒するシーンはタマランw
あと、彼の話す作話のパイ早食い競技のお下劣シーンね
このど〇んこ、うちの近所でも軽く廃墟化してました(現在は居抜きで飲食店が入った)
仕事でたまに通る環8でも廃墟化したの見たような見ないような…
ペリカンのくちばしが、おドンブリの形状でアイヌの若者が草笛吹いてるモチーフだよね!
テーブル筐体のゲーム機は、おそらく持ち込み不法投棄ですね
この店の形態はL字カウンター(画像にある赤いスツール)店舗ばかりだった記憶があります
どういう経緯でここで亡くなられたのかわからないですがとりあえず黙祷です