ファミレス3
深夜のファミリーレストランに集まった『薄昏』メンバーの月例ミーティング。

その席で澪が口にした『レッドルーム』の一語は、煮詰まりかけていた会議をにわかに活気付かせた。


「・・レッドルームで朝日を、か。廃墟マニアとして一度は見てみたいものですなァ!」

興奮した金城が思わずテーブルに身を乗り出した。

「レッドルームか・・俺たちは入ったこと、ないよな。」

ホイさんが四角い顎に蓄えた無精ひげを撫でながら、隣のミッチーに問いかける。

ミッチーは湯気の立つコーヒーカップを唇に当てたまま、派手なスキー帽からはみ出した痛み気味のソバージュを揺らして、曖昧に首を傾けた。


<廃墟サークル『薄昏(うすぐれ)』メンバー>
 黒岩(男)35歳:リーダー。
 サブロウ(男)34歳:開錠のプロ。
 (女)24歳:女子大生。
 金城(男)40歳:廃墟写真マニア。
 ホイさん(男)42歳:在りし日のウタリ山荘をよく知る元登山家。
 ミッチー(女)33歳:同、ホイさんの恋人。
 (女)29歳:廃墟情報の生き字引。
by sabu
【併せて読みたい】廃墟、『チニカ山荘』荒くれ探索


ホイさんとその恋人ミッチーにとって、ウタリ山荘は他の多くの廃墟とは違った特別な意味を持っていた。

かみ-2
ホイさんが初めてウタリ山荘を訪れたのは、山荘が素泊まりの学生サイクリストで賑わっていた6年前の夏。

山荘の素朴なもてなしと森林のイオンと海風の混ざり合う澄み切った空気に惚れ込んだホイさんは、その夏以来数度にわたってこの最果ての山荘を訪れていた。

同じ自然を愛する男同士、今は亡きウタリ=オーナーこと伊藤洋二とハガキのやり取り程度の親交を持つようになったのも自然な成り行きだと言えた。

そしてそのホイさんが4年前初めてミッチーと出会った場所こそ、まさにこのウタリ山荘なのだった。

「・・あの東側の奥の部屋かな。ほら、女性用とかっていうから俺は泊まったことないけど・・」

レッド-2
「レッドルームは山荘の一番奥ぅ・・スペランカー部屋の先だょ。」

ソファに膝を立てて座っていたQがポータブルプレイヤーの液晶表示を覗き込んだまま、ぼそッと呟いた。

メンバーが一斉にその顔を覗き込んだ。が、Qはその一言で全ての説明が済んだというように、肩に下ろしていたヘッドフォンを耳に掛けなおして音楽の世界に戻ってしまった。


長い黒髪をベールのように顔の前にたらしたその小柄な女、Qは文字通り廃墟情報の生き字引だった。その膨大な知識量には、他のメンバーはもちろんリーダーの黒岩ですら遠く及ばない。

そしてその知識の殆どは、崩れかけた廃屋や藪だらけの隘路からではなく、気が遠くなるほどの忍耐力をかけてQがインターネットの大海から地道に拾い集めた、細々した情報の積み重ねなのだった。


「・・スペランカー部屋?」
澪が怪訝な声で訊きなおした。

「・・ああ、あの床が腐って穴だらけの部屋のことだっけ・・。」

再び自分の殻に没入してしまったQに代わって、黒岩が答えた。

落ち-2
『落ちたら即死。スペランカー部屋』
・・初めてその名前を目にしたのは何かのサイトの書き込みだっただろうか。

山荘の最奥部は軒下に建て込んだ支柱に載って断崖から崖に張り出している。つまりその部屋の腐食した床を踏み抜いたら最後、そのまま崖下へ滑落することになる・・。

数年前、実際にその床を踏み抜いた探訪者が死亡する事故があったと、黒岩もネットの噂で聞いたことがあった。


レッドルームの踏査・・・
煮詰まりかけた会議の中からこの一時間の間に提案された目的地は、いずれもどこか一味魅力に欠けていた。

・・それが澪のたった一言で議論が一気に活気づいた。

“これこそが答えではないのか。”黒岩は考えた。

コップ-2
“危険な踏査になるだろうか・・。”
黒岩は炭酸水のグラスを口に運びながらメンバーの表情をさり気なく窺った。

だが、澪は今告げられた危険な部屋の存在など全く意に介した様子もなく、サブロウや金城を相手にしてレッドルームの伝説について熱っぽく語らっていた。

ホイさんは笑顔でミッチーにこっそり何かを耳打ちし、Qは例によっていつものQだった。


・・まあ、いいだろう。幸い『薄昏』には在りし日のウタリ山荘をよく知るホイさんとミッチーがいる。それにもちろん、Qに事前に「スペランカー部屋」の位置を記した山荘の見取り図を用意しておいてもらえばよい。

あさひ-2
「・・よし、澪の卒業記念だ。今年のツアーはウタリ山荘で行こう!目的はレッドルームで朝日を背景に記念写真をとること!」

黒岩の突然の決定にメンバーがどっと沸いた。採決は必要なさそうだ。・・なにしろ感激に上気した澪はもちろん、いつも無表情なあのQですら長い髪を掻き上げて笑顔で黒岩に頷いたのだから。

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