鍾乳苑-64
 ボイラー室のドアの向こうは、外に面したテラスのようになっているようなので、重苦しい空気から一瞬でも逃れようと、ほぼ不動のドアの隙間から外部へ出てみた。



鍾乳苑-62
 人がいてまめに掃き掃除をしないと、枯れ木や枯れ葉で埋まってしまい、やがて、建物を押しつぶすのですね。

 軽い気持ちで、北海道の山の中に小屋を建てて住んでみたいとか、憧れたりするものの、自然と共に生きるって、なんと大変なことか   

 北海道に、懐具合が潤沢ではない旅人身分が長期滞在をするなら、札幌市内にウィークリーマンションを借りるか、ぬしと陰口を囁かれる覚悟で、ライダーハウスに潜り込むしかないのだろうか。

 どうせ行くなら、1~2週間では短すぎる。

 数ヶ月滞在をし、拠点でも設けて、そこから道内の各地に訪問するのが、理想だろう。

 僕が北海道のライダーハウスを利用していた頃に目撃したぬしは、せいぜい、二十代後半の人だった。

 高校生の僕からしたら、それでも随分と彼は大人にみえたものだが。

 些細なことで仕切りだす彼を僕は疎ましく見ていたが、まさか、数十年後、その彼より歳を重ねて、自分がそのぬしになり変わったとしたら、数十年前の僕のような、バイク少年は、どのように接してくれ、どのように腹の中で思うのだろうか。

 いや、若者が車に興味を失った今の時代、バイクで貧乏旅をする高校生はいるのだろうか。自転車ならいそうだが。

 そんなことまで考えてしまうと、中々一歩を踏み出せないで、近場ばかりの物件に踏みとどまり、閉じこもってしまう、自分が自分を疎ましく思う状況がここのところずっと、抜け出せないような無間地獄が、果てしなく続いてしまっている。

 満足してもらえて、目を引くような、東京近郊の物件は枯渇気味になりつつあるので、そろそろ舵を切らねばなとは思うが、併せて、軍資金を増やすべく、メルカリに力を入れ出したが、それはそれは、ヤフオクとはまた、慣習というか、作法と言ったらよいのか、様々な違いがあり、早くも、心が折れそうになり、やめようかな、引き上げようかなと、でも、ヤフオクではさっぱりこのところ売れなくなり、どうせなら、部屋の全ての商品を売りつくしたいので、主流となりつつあるメルカリを外すわけにはいかない。

 秋までには解決しないと、また、引きこもってしまうことだろう。

 それまでには・・・・・・



鍾乳苑-18



鍾乳苑-61
 奥多摩の秘境に眠る廃墟と廃屋を極める、そういうのもいいかもしれない。



鍾乳苑-63



鍾乳苑-48
 ちなみに、これは先程の部屋にあった提灯。ここまでしか蛇腹は伸びなかったが、「鍾乳苑」と書かれていたのはこうやって確認した。


 ボイラー室へ戻り、カビ臭い湿った建物内を覚束ない足取りでまた歩き出すと、涼風が全身へ吹き付けるような、壁一面が吹き飛ばされた、ある、曰く付きの部屋に行き着いた   



鍾乳苑-45
 テレビの心霊番組では、この部屋で、出川ら一同が、「いる、いる、いる、これは凄いよ凄いよ・・・」と、霊がいるとされた部屋。

 いつもと同様に、僕はピクリとも反応しないが、同行者のSさんは始終落ち着き無く「そんな、祀ってある棚とか動かしたりしたらヤバイですよ!!」と、少し狼狽気味。

 何かに耐えられなくなったらしく、すぐ部屋から出て行ってしまった。

 傍らには神棚が転がってはいるが、霊がどうのという根拠は、見た目のインパクトぐらいしかなさそうだ。

 壁一面が無いという、この非日常的な光景に圧倒され、番組を盛り上げるためにも、タレントらは騒いでいたに過ぎないだろう。



鍾乳苑-32
 慌ただしく、廊下を打ち鳴らしながら走ってきたSさんが僕に駆け寄り、興奮気味に喋り出す。

「奥の部屋に人がいますよ!」

 彼は動揺していながらも、なかば楽しんでいる風でもあった。自殺者のあった霊現象の噂される廃墟を探索するという行為は、子供の頃の秘密基地探し、どこに行き着くのかわからない森を探検したような、そんな刺激的だった幼き日の体験が、今彼のなかに蘇ってでもきているに違いない。

 大人になり、日々、会社との往復、同じルーチンが繰り返される定年まで絶望的な・・・それでも家族のために放るに放れず、逃げ出すことを押し留め、自分にムチ打ちながら、血反吐を吐く思いで通勤する鬱屈とした毎日   

 彼は途中、目を輝かしながら何度も言った。「廃墟探索って、怖くてひとりだと怖気づいてしまいますけど、カイラスさんがいるからかもしれませんが、こんなに楽しいんですねぇ」と。

 精神的に追い込まれ、縋った先が、僕であり、遠い子供の頃の眩しかった思い出を、”撮影”という錦の御旗を掲げて、子供や妻から一時でも開放されて、僕を近所の遊び仲間にでも見立てて、年甲斐もなく、彼は探検ごっこに没頭した。

 廃墟旅館の一室に、人がいることを告げる声は震えており、眉をしかめ、肩はわなわな小刻みに動き、驚きにその目は大きく見開かれていたが、僕はSさんの口元に、僅かながら白い歯がこぼれているのを、見逃すことはなかった。この人、今、子供のように、楽しんでいるのだなと・・・
 



つづく…

「物哀しい二つの跡」山奥の、心霊廃墟旅館.4

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