ワイヤーのつた-1
金山宛のラブレターをキョーコから託された均。その胸中をめぐる複雑な想いは何処へ・・

「ふぅん・・そうなんだ・・」

金山は所在無げにしばらく封筒の宛名を眺めると、封も切らずにジャージのポケットにぞんざいに突っ込んだ。


並木中学の体育館裏。生徒の大半は教室に戻って体育着から制服に着替えている時間だ。

四限の体育の終了後、体育館裏に金山を呼び出した均が努めて平坦な声で用件を伝え、金山の手にキョーコからのラブレターを押し付けたのだった。


「・・いずれにしても、ありがとう。こいつは後で読むよ。」

さわやかな笑顔で均に微笑みかけると、ポケットの上から手紙を叩いた。

そのさりげない態度は、まるでラブレターなど日々受け取り慣れている、といった感じだった。

裏-1
立ち去りかけた金山を、背後から均が呼びとめた。

「後でじゃない、いまこの場で読め。・・そしてイエスかノーか、いまこの場で答えろ。」

均の語気の強さに一瞬呆気にとられる金山。

「・・おいおい、いったい何を怒っているんだい?」

気を取り直してそう答えた金山の顔には、軽くとがめるような笑みが浮かんでいた。

「・・キョーコは真剣なんだ。お前もその手紙を読んで真面目に答えろ!・・答えは俺からキョーコに伝える・・」

金山は学級委員の自分に対してぞんざいな口をきいた均をしばらく冷たい目で見据えていたが、やがて面倒くさそうに肩をすくめると手紙の封をちぎり始めた。


広げた四つ折りの便箋にサッと目を通す。その表情には何の感情の起伏も表れなかった。

「それで・・・?何をどう答えればいいのかな・・?」

答える金山の顔からは先ほどの嘲りの表情は消え、その目は冷たいほどに落ち着いていた。

「何って・・!どうなんだよ・・?お前の気持ち、お前のキョーコの対する気持ちは!?」

もどかしそうに身をよじりながら、均が唸った。


「本来、君に答える義理はないんだが、まあいいよ。
・・でも君にも答えはわかっているんだろ?彼女、確かに可愛いところがないわけじゃないけど、なんて言うか、まあお転婆で、そそっかしくて・・・僕のガールフレンドにするには、すこし子供っぽいと思うよな?」

ネット-1
そこまで言うと、突然何かに気づいたかのように、金山の顔に陰湿な笑みが浮かんだ。

こみ上げる怒りに言葉もなく立ち尽くす均のまわりをゆっくりとした歩速で回りながら、長めの柔らかい髪を指でかき上げた。


「・・そうだ、君こそ彼女にお似合いなんじゃないか?・・何だったら、僕から彼女にそう伝えて説得してあげてもいいんだぜ?・・」

薄笑いを浮かべながら校庭の方を何気なく振り返った。


・・そのとき突然、衝撃が金山の顎を打ち抜いた。苦い血の味が口の中に広がる。

それが怒りに燃えた均の右の拳だと気づいた瞬間、今度は左の拳が同じ顎を襲った。続いて右、また左。

思わずよろめいて後ろに下がる金山を、言葉にならない言葉を吐きながら均が追う。


だが金山の万能の反射神経は、早くも均の三撃目の衝撃をわずかにそらし、四撃目は下げた額でブロックしていた。怒りに目が眩んだ均の五撃目はわずかなクリアランスで空を切り、代わりに金山の見事なカウンターパンチが均の鼻を捉えた。

普段は冷静沈着な金山も、格下と看做していた小男からの理不尽な襲撃にカッと血が上り、続く連撃を自制することができなかった。

布-1
わずか一分後。金山は肩で息をしながら、地面にうずくまる均の背にハンカチを投げていた。

「・・さあ、血を拭きたまえ・・いっとくけど、先に手を出したのは君なんだからな。」


均がひざに手をついてよろよろと立ち上がった時には、金山の姿はすでに見えなかった。

地面に落ちたキョーコの手紙に気づくと、その破片を拾い上げた。手紙は地面を踏み荒らした二人の靴跡でビリビリに破れていた。

「・・ちくしょうめ・・」

周りを見回してよろよろと紙片を拾い集めると、ひと塊に丸めてポケットに突っ込んだ。


二、三度コンクリートのタタキにツバを吐くと、血の色はいくらか薄くなっていた。

帰途-1
ふうっ、と大きく一度ため息をつくと、教室に向かって重い足取りでふらふらと歩き始めた。




つづく

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