戸山レ-1
 大都会新宿の片隅に、巨大廃校と、取り壊し寸前らしき廃屋があるという久々に胸の高鳴るような情報が寄せられる。

 しかも、廃校へのお薦め侵入ルートが御丁寧に指し示してあり、そこまでしてこの僕に期待をしてくれているならばと、早速、行ってみることにした。

 場所は、新宿区戸山付近。

 都会の限界集落と呼ばれ、老人ばかりが残り住み続ける古くからの団地が社会問題化しているが、戸山にある巨大団地群「戸山ハイツ」もそんな中の一つとして前から気になっていたので、新宿駅から徒歩、「新大久保駅」付近の路地を徘徊しながら、廃墟一歩手前の古いアパートを探し見学しつつ、経由をして、戸山ハイツ、廃校、廃屋と、巡る魅惑的なルートを設定してみた。



戸山レ-2
 新大久保駅界隈にある住宅街の路地は、来る度に廃墟や廃アパートになりかけの物件が発見できて楽しい。

 無数に遺失物らしき傘をぶら下げる住人の部屋。

 通常の社会人ではまずやりそうもなく、物を大層大切にする御老人か、周囲の目を気にしない外国人労働者あたりだろう。

 会社時代の上司が、学生気分で清貧を楽しむかのごとく、この付近のボロアパートに住んでいたはずだが、一回行ったきりなので、もうすっかり記憶に無い。

 僕がこの新大久保駅周囲の細い路地に、手綱で手繰り寄せられるごとく度々と来てしまう理由は、くたびれた甚平を羽織り、背を丸めて虚ろで悲しげな目をした元上司が、向こうからよろよろと歩いて来て、こちらから開口一番、「もしかして、Aさんじゃないですか?同じ会社だった、カイラスですよ!えっ、ずっと大久保に住み続けていらっしゃったんですか!?」と、当時辛く当たられたその上司に、そうやってやり返してやることが無意識な考えの中にあるのではという気がしてならない。

 まるで、中学校時代の好きだった女の子の家を訪ねて行くような、でも、実際に会うことは期待していないし、自分からは積極的にチャイムを鳴らすところまではしいないものの、完全に向こうが偶然だと思えるシチュエーションにおいて、再会できたらいいなと、万が一の淡い可能性にかけて、近所をストーキングするような、病的な執着気質   

 それがなくとも、大久保路地裏散策は、昔の町の中を歩いているようなタイムスリップ感覚の味わえる魅力的な街である。



戸山レ-3
 外観とは合わない洋風のドア。



戸山レ-4
 新宿駅から、徒歩、十数分、立地だけは羨ましい。



戸山レ-6
 壁面緑化が、限界点を越えている。アパートと添い遂げるような独り身の老人が、そのまま住み続けるだろうから、刈り取る必要も今さら要望も無いのだろう。



戸山レ-5
 


戸山レ-7
 ハイツだアパートだと表記があるが、いわゆる、団地。とてつもなく、巨大で起伏があり、全域の徒歩が困難なレベル。



戸山レ-8
 住人が年寄りばかりで建て替えもままならないから、設計が古く耐震性の低い建物を、無理やり外から鉄骨で補強してある。



戸山レ-9
 防犯のために鉄柵を後から設けているのも相まって、監獄のように見える。インドで乗った、窓鉄格子列車を思い出した。火事があっても、こちら側からは逃げ出せないでしょう。インドの列車火災では、一車両閉じ込められたまま客全員が丸焼けになってしまう悲惨なニュースがよく報じられている。



戸山レ-11
 廃校に近づいてきた。上から見ると、屋上にプールまであり、数棟を擁する、巨大な元学校と思われる、建物   



戸山レ-10
 この階段を登って行けば、草むらが死角となり、壁も一番低そうだと、メールには書かれていたが、登って行った先には、ゴミ廃棄施設があり、そこでは職員が数名作業をしており、とても壁を乗り越えられるような緩い雰囲気は無い。



戸山レ-12
 ひとまず、こちらの廃校は断念をする。窓を見た感じ、中の教室が当時そのままに放置されているという感じはなく、まず空っぽだろう。リスクまで犯して覗く価値は無さそうだ。

 仕方がないので、期待度がより高い、廃屋へと・・・・・・



戸山-13
 途中で見つけたアパート。

 貧しい場所ながらも、綺麗な一輪の花が咲いていました     



戸山レ-17
 いったい、いくつあるんだというぐらいの、老人ばかりが住む団地という団地が付近一帯にあった。



戸山レ-14
 花壇で花の手入れをする人、ゴミ集積所で井戸端会議をしている四名ほどの人達、すれ違った人、いずれも、ご老人   



戸山レ-15
 以前訪れた、ホラー映画「クロユリ団地」の舞台にもなった団地では、ポストというポストの口のほとんどが、ガムテで塞がれていた。ここの団地と違い、外壁は補修されず、一部が崩れて色は剥げて、老朽化が加速度的に進行していた。おそらく、取り壊して立て直しが決まっているから、住民の退去待ちだったのだと思う。

【併せて読みたい】本物の『クロユリ団地』に行ってきた

 この類の都営の団地など、家賃、一万円とかそんなものだろう。大都会新宿に、広大な土地と巨大な建築物を弄ばせておき、生産性もなく、いつまで存続させ続けるつもりなのか・・・



戸山レ-16
 この階下は、かつては保育園だったスペースだと思われるが、今は、別の施設に転用されている様子。



戸山レ-18
 ようやく長かった団地区域を抜け出し、道路を渡り、お寺の裏の公園へ。

 今どき珍しい、可動式遊具が複数。土の地面。

 草の原っぱ。

 さぞかし近隣住民に愛されている公園のはずだが、地域全体が高齢化しているのか、子供の声は全く聞こえない。



戸山レ-19
 下って行った先の密集した古い住宅街の中に、情報提供者の言う、目的の廃屋はあった。

 グーグルストリートビューで見たのと同じく、外見は廃墟そのもので、玄関ドアは隙間が開いていた。窓も開け放たれている。なるほど、もたらされた情報通り、解体待ちといった感じだ。

 塀越しに中をチラリと見たが、使い古しの生活用具が雑然と散らばっており、およそ居住者はいないと思われた。

 近所の監視の目も無く、配達の車が去るのを待ってから、玄関ドアを開けると、砂塵か飛沫を上げんばかりに赤錆だらけのチェーンが勢いよくバンと眼の前に飛び出て、ドアが半開きでロックされた。

 辺りに響き渡るような音が出たので、慌ててドアを引っ掛かりがありながらも、強引に押し込んで、一旦、その場から逃げた。

 少し先に、市の福祉センターを見つける。その店頭で古本を売っていた。いわゆる、店頭ワゴン売り。

 品揃えを確認すると、L特急が表紙の、昔の子供用の鉄道百科が並んでいたので、これが百円なら、その気はないが、転売もできるぐらいの価値はあるなと踏み、一応、一番後ろのページを見てみたら、程度相応の400円もの値付けがされていた。100円以下でないなら、買う価値は全くナシ。

 ネットが普及してしまった昨今、街中で、相場と掛け離れて安く売っているような、レア本は、無くなりましたね。こんな商売気の無い、障害者や高齢者の方が働いているようなお店でさえ、相場に基づいた値付けがなされていると、ゲンナリとくる。

 かつて、僕が大間岬に行った時、大間の町で一泊をしたが、そこに、個人のおじさんがやっている、古本屋があった。昼間でも、誰一人客が来ないような、閑散とした店。

 昔ながらの古書店といったわけではなく、脱サラで始めたような、古本センターといった風の、近所で出されたいらなくなった本をかき集めたような品揃えのお店。

 こんなお店を求めていたのだよと、喜び勇んで店内を物色をすると、大体それなりの値付けではあったが、一冊だけ、「ドラえもん大百科」という、当時物のかなり昔のレア本が、100円で売っていたのを発見。

 天にも昇る気持ちで本州の最北端、おじさんとの沈黙が続く重苦しい店内にて、大声でバンザイをしたくもなったが、そんなわくわくするような、宝物探しの旅は、もはや、過去のものになってしまった。どこの田舎でも、えげつない値付けをするようになってしまい、旅の楽しみも半減してしまう、残念で淋しいことに   

 このような、大久保の死んだような路地の地域センターのワゴン売りでも、ネットの相場で売るのかよと、肩を落としながらも、ほとぼりも冷めた頃だろうと、もう一回、廃屋に突入してみようと、試みる。

 門扉は歪んで開いたまま。素通りして、敷地から縁側のガラス戸を見ると、全開放で乗り越えなくても容易に入れるようになっていた。

 さぁ、廃屋探索だと乗り込もうとしたら、窓の奥の部屋より、姿形は見えないが、老婆の蚊の鳴くような声が、ひとりで喧嘩でもしているような、低い殺気立った声にならない声、缶の蓋を擦るような、とにかく声らしきものが聞こえてきた。

 マンガなら煙が立つぐらいの、猛ダッシュで逃げ出した   

 あの状態の家に住んでいるとは、ちょっと考えられない。そこら中に穴が空いているように傷んだ家。たぶん、年中、四六時中、夜も、窓は開けっ放しで寝ていそうだ。普通の精神状態ではないだろうと、そんな気がした。



戸山レ-20
 なんとも虚しい徒労感に襲われたその帰り道、なぜか足は歌舞伎町へ向かう。

 歩いているほとんどが、全て外国人観光客っぽい。



戸山レ-21
 先日のCNNのニュースによれば、日本のパスポートがシンガポールを越えて、世界最強になったとのこと。

 強さとは、ビザなしで渡航できる国の多さの意味していて、コソボが新たに加わったことにより、日本のパスポートが現在、世界一強いのだという。

 日本への旅行者が飛躍的に増えていることも話していたが、その理由としては、ビザの取得が緩和されたことと、円安で買い物がしやすいということ。正直、観光としての見どころなど、二の次になっていると思われる。

 GoogleやAmazonが台頭する前は、物価の安かったアメリカに僕はよく旅行に行っていた。何を買っても安かった。日本製のカメラでさえ、アメリカで買う方が安かったのだ。物価の安いアメリカを僕は、衰退国家を憐れむような、悲哀を込めた目で見つめていた。あぁ、あの超大国アメリカが、かつて栄華を極めた製造業は振るわずに、街中に溢れるホームレス、絶望の淵にいるのだなと・・・

 中国人や韓国人、東南アジアの人々、欧米人、彼らが今の日本にやって来て、物価が安いと食べて買って、その笑顔の裏には、昔僕がアメリカで感じた、蔑みの感情が無いといえば、嘘になるだろう。

 海外発で日本に関するニュースが報道されると、小さい囲み記事でも、世界が日本を報じていると、大騒ぎをするのに、なぜ、最強のパスポートになったことはあまり報道されていないのか。

 コソボまでビザなしで入国できてしまうという、外貨獲得のためとはいえ、やたらに国を安売りをしていることを、知られたくないからではないだろうか。

 日本人がコソボへノービザで入国できてしまうということは、向こうの人間もノービザということである。

 増えた海外観光客の理由は、ビザなし、円安という、国を切り売りして日本国民の血税で身銭を切っているからこそで、歴史や景勝地によってもたらされたのではなく、自信を持って誇れることではない。円高になれば、その様相は一変してしまう。
 


戸山レ-22
 高そうで、ケチな日本人などはなから相手にしていそうにない、海鮮どんぶり店のメニューの前でずっと迷っている親子も、東南アジアからの顔立ちだった。

 フランシス・コッポラの愛娘、ソフィア・コッポラが監督をした日本を舞台にした映画「ロスト・イン・トランスレーション」。恋人同士役のスカーレット・ヨハンソンとビル・マーレイがすき焼きの肉を選ぶシーンがあった。まさにこのような写真付きメニューを見ながら、どれも同じよねと、と呆れ顔で、日本人にも覚えがあるような、あるあるネタがあったが、この親子も、溢れる情報の選別ができずに、同じ境遇にあるに違いない。
 


戸山レ-23
 ネットではとてもAmazonに対抗できないからと、実店舗において、ユニクロや、ここでは仕出し弁当から始まって、カラオケ屋の「シダックス」とコラボをし、なぜかドラッグストアを展開中の、ビッグカメラにも、ひっきりなしに、アジアからの観光客が薬や化粧品などをせわしく買い求める光景が見られた。



戸山レ-24
 写真家、森山大道風カット。

 ドラマ「太陽にほえろ!」の数あエピソードの中に、おじさん顔のキャラ、長さんに、巨大看板が突き落とされてあわやという、事件の回が、いまだ忘れられないで、時折残像のように頭に浮かぶことがある。

 過去に彼(長さん)によって逮捕された犯人による私怨に違いないから、長さんは私ひとりにやらせてくださいと、藤堂に掛け合い、自分が関わった事件の逮捕者に片っ端から聞き込みをしていく。

 足を棒のようにして歩き回るが、なんの成果もなく一週間が過ぎた頃、看板に潰されそうになった事件現場付近に住む主婦が、「そう言えば事件のあった前の晩、うちの子供がこんなものを拾って来ました」と、ボルトとナットを長さんに差し出す。

 事件前日の夜、強風が吹いていたことが調べで判明   

 そう、風の揺れにより、看板をとめるボルトとナットが自然に外れてしまい、でも一定時間安定性を保ってはいたが、長さんが偶然通りかかったその時、ふとしたはずみで、巨大看板が落下、地面に激突したという結論を導き出す     

 あぁ、俺の一週間はいったい、なんだったのかと、看板の落ちた現場で屈み込み、うなだれ、拳が潰れるぐらいに地面を叩きまくる、長さん・・・

 廃校に、廃屋、全てが徒労に終わった今日の日、まるであの日の長さんのようだったと、犯人がいないという、終わってみれば無意味な話だった「太陽にほえろ!」の看板の回を思い出し、彼同様に、棒のようなった痛む足をかばいながら、駅の階段を下りて行った   

 
 

おわり…

こんな記事も読まれています