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 地方のローカル線の駅のトイレのようなデザインのようにも見えるが、れっきとした、ラブホテルの離れ小部屋、とある一室。

 無理矢理こじ開けられたドアの間隙。そこまでして中を覗く価値はあったものかと、ちょっと確認をしてみることに。

 ドアはこれ以上開かない。体を横にして、ドアの縁のバリで衣服を擦らないよう注意しながら、目一杯強引にドアをしならせて入れる幅を確保、腕をプルプルさせ通れる隙間を保持しつつ、なんとか中への侵入を果たす。

 グシャンと金属音とともに、押し広げたバネが戻るかのように、ドアは亀裂のような小さい元の間を残して、不完全ながらも形だけは閉じる格好になった。

 室内は逃げ場の無い独房のようになり、密室の息苦しさが襲って来た。



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 つまり、これらの寝具などは、外から持ち込まれた物ではなくて、廃業当時から、そのまま置かれていたに違いない。

 後は、荒らされたか、短期滞在者の生活の乱れによるものなのか。



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 オーナーは、復活の機会を伺っていたのだろう。古い割には、布団や調度品などがそのままにしてある。

 時が来れば・・・という思いが常にあったものの、ズルズルと数十年が過ぎてしまったと。

 いや、そうすること(再生)ができないような、場所へ行かれてまっているのか   
 


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 なぜ、このように布団や衣服類が山を築いてような姿になっているのか、考察してみた。

 ズバリ、ホームレスの冬仕様ではないかと。

 この冬かもしれない。滞在をしたホームレスが、冬の寒さに耐えかね、少しでも防寒効果をと、部屋中の布類をかき集めた。あの狭い隙間に難儀しながらも、他の部屋からの持ち出しもあったかも。一晩を越すのに必死だった。株高だけでは救われない、廃墟のラブホテルの一室で凍死するかしないの過酷な生活を強いられる人がいることを、忘れてはいけないということなのだろう。やがて彼は夜の侵入者が増えるにつれ、ここを追われるよう去って行った   



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 寂寥感が漂っている。



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 もう様式美のようにしなっているドア。木製で容易に破壊されて難なく突破できる他の廃墟ラブホテルもあれば、ここは、ドアの材質に鉄製を奢るなど、伝票のエアーシューターといい、防犯、当時としては高度な管理システム、オーナーのビジネスに対する意識の高さには感心させられるばかり。



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 10号室。

 一応妙な物が転がっていないか大抵は捲って確認している。

    何もなくホッと胸を撫で下ろす。



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 もう片方のヒールを折ったので、捨てていったのか。



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 客部屋としては一番端、奥に位置する。横には倉庫があったが、中には特筆すべき物はなし   



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 ここでUの字に曲がり、出口方向へ戻れるようになっている。そして、もう一列の数棟の離れ部屋がまた並ぶ。



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 来た道。

 中島みゆきの「サバイバル・ロード」が聞こえてきそうな、爛れたただの石くれの石畳がつづく。

 きっと、イメージは、こんなでしょう。



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 そして、奥に居を構えていたのは、オーナー家族の住居棟。
 


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 私の手を返して

 探索当時には模様の一部とでも思っていたのか、気づくことのかなかった、地味で目立たないながらも、意味不明の気味の悪いメッセージが襖に描かれていた。



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 2008年(平成20年)9月25日水曜日

 2008年といえば、今思うと、何が面白かったのか、思い返してもこっちが恥ずかしくなってくる、エド・はるみの「グ~!」が流行語大賞を受賞した年。九十九電機が破産、など、この新聞が最後の年というわけではないだろうが、見た目の荒廃感よりは廃業年月は古くなさそうだ。



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 住居は逆にお金をかけていなかったという、経営者としては真摯な態度が見受けられる。



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 窓際で黄昏(たそがれ)る、サラダ革命。

 洗ったレタスなどに付着した水分を、遠心分離機のような手回しの機械により弾き飛ばしてくれる。

 僕も重宝してます。

 残留物には、昭和のテレビゲーム機などもあり、ご家族が住まわれていたことが判明。女性オーナーらしきベッドルーム奥底には、正真正銘の初公開となる、誰もが知る、スーパースターと収まった、額に入った大判の貴重な写真を発掘。居住棟を見終えた後、残りの部屋も虱潰しに探索を行い、最終的には、敷地塀横の森の中へも彷徨いながらも行ってみることになる   

 


つづく…

「女性オーナーと並ぶ大スター」湖畔の廃墟ラブホテル訪ね歩き.8

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