相模湖-211
 山頂付近にあった雷による甚大な被害を被り、損壊の激しかった離れ小屋から、多少下った場所、行為中の声がギリ届かないぐらいの適度な距離にひっそりと建つ、またもう一つの離れ部屋に、入ってみることに   



相模湖-212
 ご主人が苦心の末、新たに考案した特製スタミナラーメンが今日のスペシャルメニューということで、凝ったPOPを自ら作成して、客から目立つ場所の壁に、さぁ、矢のような注文をしておくれと、意気揚々貼り出し、厨房で、勢いよく舞い込むことになるだろう特製スタミナラーメンの注文を待ち続けるが、待てど暮らせど、次から次へと客が頼むのは定番の醤油ラーメンばかり。徹夜で試行錯誤したあの時間は何だったのかと、醤油ラーメンしか頼まない客に殺意が芽生え、遂には包丁を持ち出して客を刺してやろうかと客席に向かおうとするご主人を、必死にとめる奥さん・・・という昔見た四コマ漫画を、期待感の湧きそうにない場所に掲げられた手作りの安っぽいメニューPOPを見るたびに思い出して、『誰も注文していなさそうだな・・・』と、憐れんで見つめてしまうことが今まで幾度となくある。

 場末の陰惨としたひもじささえ漂うこの山奥の連れ込み宿で、汚れの目立つ畳の上で年頃のカップルが二人、天丼やかつ丼を美味しそうに食べている絵がどうしても浮かばない。



相模湖-213
 垂れ下がる黒カビまみれの天井板。覗く梁は意外にもがっしりと太いが、真ん中に大きな亀裂が走っている。山頂から順々に崩壊していくのでしょう。



相模湖-214
 廊下奥の浴室を見てみようと、行きかけたら、敷居の溝の上に、当時からずっと置かれたままだろう、避妊具の箱があった。



相模湖-218
 ここに最後に置いた客が、最後のカップルということになるのか。

 何か気持ちの悪い感じがしたので、中の確認まではしなかった。



相模湖-215
給湯の温度は一分程で
熱くなりますので宜しく
お願い申し上げます
主人

 学生時代に、あれほどまでに創造性豊かな写真アルバムなどを制作していたご主人が、追い込まれていたとはいえ、泣く泣く商売替えして、どこか後ろめたい、可愛い子供達に胸を張って誇れないような、悪く言えば賤業、連れ込み宿に成り下がり、当初考案したゴンドラ配膳サービスの頃のような夢と希望に満ち溢れていた姿はもうどこにもなく、気力もなく、風呂場のガラス戸にマジックで殴り書きという、これはもう、末期の、やる気の無さの象徴だろう。

 あの器用な気配りのご主人が、ここまで変わってしまうものなのかと、暗澹たる気持ちになりつつ、戸を開けて風呂場の中を確認してみると・・・



相模湖-216
   あまりに想像していなかった光景に、死体でも転がっているのかと、一瞬、息が詰まってしまう。

 真冬にここで過ごした世捨て人が、芯から凍えて死にそうだと、座敷より少しでも密閉度が高く、まだ保温性があるのではないかと、いささかの温もりを求めて、風呂場に寝床をしつらえたのだろう。

 離れ小屋の各部屋々々見回って来たが、暗い変遷を辿った廃墟ゆえなのか、どこも胸の苦しくなるような悲しげなストーリーしか残されていない。



相模湖-217



相模湖-219
 下山しつつ、



相模湖-220
 僕が同行者のSさんに「もうたいして代わり映えしないからパスしてもいいんじゃないの?」というと、「ここまで来たら、全てを見ておきたいんです」と強い調子で言われるので、ではと、ここにも入ってみることになった。



相模湖-221
 山の低い位置にあることから、損傷の具合はそれほどでもない。

 壁の壁紙が夏の湿度で剥がれた程度か。



相模湖-223
 施工業者が、ボンド代をケチったためか、十字架のようにこの程度では、たいした粘着力もあるはずもなく、無残に壁紙はしなだれ落ちていた。



相模湖-222



相模湖-224
 一家の絆を結んでいた、お宿、一体、いつからこんな姿に成り果てたのか。

 観光宿泊目的の温泉宿であったのに、あの一家で店先で記念写真を撮る心温まる姿からは、想像もつかない転換点とは   



相模湖-226
 山登り、離れ部屋巡りで判明をしたのは、峠のお宿は、いつしか、ラブホテルというよりは、もっと卑俗な、ただやるだけが目的の、連れ込み宿に変わってしまっていたということだった。



相模湖-225
 途中川が流れていて、それに沿って下って来た。

 こんな所にもワイヤーの痕跡がある。おそらく、ゴンドラ食事サービスは、お宿の山全体をカバーするつもりだったのだろう。



相模湖-227
 あまりの急斜面に、呆然としたSさんが下るのを躊躇している。
 
 水場を考慮して長靴を履いて来たとのことだが、それだと、岩場や瓦礫に勢いよく踏み込んではいけない。やはり、補強の入ったブーツが最適なのだろう。



相模湖-229
 あまりにも失ったものが多い、峠のお宿   



相模湖-231
 あのアルバム、昭和の40年とかそのぐらいには、この中庭のような場所に、車が数台止められていた。



相模湖-228
 いつのまにか、陽は真上に登っていた。



相模湖-234
 家紋のレリーフでも据えてあるのかと思ったら、


相模湖-237
見たこともないような巨大な蜂の巣が二つ。

 肩で息をして足の裏もズキズキと痛む。

 疲労困憊で、今目の前にある車に乗り込もうかと散々迷ったが、やはり、一家の笑顔の源泉、二階の子供部屋に入らずにはここから帰れるはずもないと、一部がえぐられた階段を伝って、母屋の二階へと行ってみることになった   


 

つづく…

「姉妹部屋への危路」廃墟、家族崩壊のお宿.7

こんな記事も読まれています