鍾乳苑-19
 テレビの心霊番組で出川が大袈裟に騒いでいた壁一面が無い、霊の存在するとかいう噂の部屋に、特に異質な空気を感じることもなく、冷静な面持ちでその部屋を出て、縦型アングルで暗い廊下の写真を二三枚ばかし撮っていると、Sさんが廊下をけたたましく打ち鳴らしながらドタドタと走って来て僕のもとに駆け寄った   



鍾乳苑-13
「カイラスさん、向こうの角の部屋に人がいますよ!!」
 
 興奮して鼻息が荒いからなのか、スローモーションのように鼻の穴を振幅させながら、そして、都心から車で少しばかりの距離で、こんなにも心弾むような経験ができるものなのかと、俺はその昂ぶりを、今まさにこの瞬間享受しているのだと、深く噛み締め、彼は笑みさえ湛えながら、僕を部屋まで案内し押し出すようにしてその部屋へ招き入れた。



鍾乳苑-35
 背中を押されて、転がり出るように、テントと対峙する。

 なんと、部屋の中にテントが設営してあった。

 浮浪者がいて壁に申し訳なさそうに寄っかかっていて、僕と目が合うとバツが悪そうに頭を掻きながら「コンニチワ・・・」となるものかと予想していたが、今出た感はあるものの、テントの中に人はいなかった。

 定住者がいるらしいとのことで、今現在この部屋に人がいたわけではないということであった。

 当日は底冷えがしていた。こんなテントでは就寝時には外気温とほとんど変わらなかっただろうと思われる。化繊の軽そうな布団も焼け石に水だろう。

 布団に触れて温もりを確認しようかなとも考えたが、何もそこまでホームレスの生態に興味があるわけでもないので、見るだけにとどめておいた。



鍾乳苑-34
 確かに、脱ぎたての靴下に見えなくもない。

 小奇麗に纏められた袋の中には、使い終わった使い捨てカイロや食い終わった菓子パンの袋など。

 ここへ来るまでに、坂を下りつつ、あれこれ会話をしながら歩いて来たので、訪問者の気配を察した定住者が、咄嗟に飛び起きて一時的に姿をくらましている可能性はじゅうぶんある。

 それにしても、電気も水道も付近に民家も店も無い山奥の廃墟に、よく住むものだと、毎度のことながら感心してしまう。



鍾乳苑-36
 タリーズのボトルコーヒーは最近のものなので、これが定住者の生活物資の棚とみて間違いないだろう。

 彼なりの貴重品は持ち出し、盗られてもいいものだけを置いていったのか。

 僕らの接近により、慌てふためいた彼は、着の身着のまま、僅かばかりの現金を携え、この部屋から飛び出した。

 それにしても、大の大人が、断捨離でもないだろうに、全財産がほぼこれだけだとは、あまりにも不憫でならない。

 僕も近い将来、このような境遇に陥る可能性も無きにしもあらずで、他人事ながらも、憐れみと嘆きの混じる深いため息が何度もついて出てきた。

 ここの定住者は今も、この建物内を、僕らの移動にあわせるように、隠れ回っているのではないかという気がしてならなかった。

 何なら、この部屋の床下が外れて、隠れるスペースが用意されているとか、この棚の奥の板を押すと人ひとり入れる空間があらわれるとか、あまりにも匂い立つような生々しい痕跡(テント)が残されていたため、自分達以外の気配を仄かに感じずにはいられなかったのだ。



鍾乳苑-37
 おそらく、ラジオ用の単三電池、風邪をひいてマスク、タバコ用のポケット吸い殻入れ。ついさっきまでいたような、咄嗟の反応がうかがわれる品々が横たわる   

 目を凝らすと、保温効果を期待して、薄い銀のシートが敷いてあるのが見える。これも立ち上る床からの冷気の前には、為す術もなかったに違いないだろう。



鍾乳苑-38
 全財産を収める棚の奥には、生きるうえでの命綱、塩の大袋があった。

 食料調達は、野生の鹿でもとって食べない限り、観光地の鍾乳洞まで歩いて行って、食料品屋や土産物屋前のゴミ箱を漁るか、無収穫の場合は、川から水を汲んできて水と、この塩を舐めて、生き延びるしかなかっただろう。



鍾乳苑-33
 なお、現地ではそのミスマッチさに気を取られていて気が付かなかったが、このテントはよく見ると、砂浜とかで使われる、日除け用のテントだ。

 よって、見てくれだけで、これまた防寒効果などなく、隙間風を多少避けるぐらいのものであったろう。

 夏に前の河原でバーベキューでもやった若者たちが置いていった日よけテントを、定住者が拾って、無いよりはましだと、部屋の中に設営してみたと。



鍾乳苑-42
 いるなら、話をしてみたいと、時折立ち止まって耳を澄してみるが、物音はしないようであった。



鍾乳苑-41
 割と最近、浴槽を撤去した跡があった。たぶん、ここが自殺場所なのではないかと思う。

 風呂に浸かってかまではわからないが、遺体が浴槽内で発見され、警察の鑑識に証拠品として押収されたか、血塗られた浴槽を廃業をしているのに洗うのはバカらしいと、丸ごと廃棄されたか。

 それ以外、時代が著しくずれた状況にありながら、わざわざ撤去する理由などないだろう。
 


鍾乳苑-68
 気配を求めて、隅々まで確認してみた。



鍾乳苑-67
 建物を熟知した彼は、コンタクトを拒み、逃げ回っていたのかもしれない。



鍾乳苑-29
 建物を出る。



鍾乳苑-69



鍾乳苑-66
 当然というべきか、規制線は玄関の方にも張られていた。



鍾乳苑-65
 板はしっかり固定されていたので、出川達が来て一旦板を剥がし、テレビの収録が終わるとまた封印されたようだ。

 いつものように霊などには遭遇しなかったが、それよりも物悲しくなる、日除けテントで冬越えをする定住者の痕跡を発見し、苦労話を聞けないものかと探してみるが、結局、見つけることはできなかった。

 夏に来れば、岩場で日光浴をする彼に逢えるかもしれないと、二人で話をしながら、坂道を登って車のある方に戻って行った   

 


おわり…

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