オカルト茶屋-13
 Sさんに遺影を拝ませるというドッキリを敢行。 

 前の現場で、霊に手を掴まれたような気がすると突如言い出し、以降、自分の車に閉じこもってしまい、気が滅入ってしまって終始暗く伏し目がちだったSさんに、僕のドッキリは多少なりとも、彼の顔に笑みを戻すことに成功したらしく、顔をこわばらせ引きつりながらもにこやかに振る舞って「引き続き隣で撮影をしてますから・・・」というと、小走りに彼は隣の部屋に戻って行った。

 めいじや食堂のご主人、湖の真正面であり、山に見下ろされているという環境にありながら、なおも、山に強い憧れを抱く、生粋の山男だったようだ。



オカルト茶屋-18
 時として葬式の場で吹き出して笑ってしまいながらも、要所々々、締めるところでは締めるこの僕、折り目正しく、ご主人の部屋からの退出の際、しばらくの黙祷を、忘れることはなかった   

 部屋から出ようと、ふと見上げると、頭上の鴨居にはナンバープレートが中途半端にネジ止めしてあった。

 バイクに乗り、峠を攻めていたのだろうか。やんちゃなバイク乗りの若者が昔よくやっていたように、ナンバープレートを折り曲げ、週末になると大垂水峠に出没していた。通称、「めいじやの風」とでも名乗り   

 が、とある週末、カーブを曲がりきれず、バイクを大破させ廃車にしてしまう。傷だらけのナンバープレートは、勲章として、部屋に飾ることにした   

 事故当時の、草むらに投げ出されたバイクのナンバープレートの傾きと、全く同じ向き、姿、形で・・・・・・



オカルト茶屋-21
 ご主人の部屋を後にする。廊下でSさんとすれ違う。今度は僕がこの広めの部屋の検証活動をすることに。

 壁には、今も使われているかのような上着類がそのままかけっぱなし。全て男性用のようだ。



オカルト茶屋-19
 今にもご主人が部屋に入って来て、上着を羽織り、颯爽と出かけていきそうな生々しささえあるが、信じられないことに、数十年間もこのまま時間が止まっているという、ゾッとするような現実がここにもある   



オカルト茶屋-20
 窓の下には「てんぽうマニア」。何のことかと思ったら、心霊スポットマニアの人らしい。

 ここに上がりこんでいる同類の僕が言うのもなんだが、落書きはまずいですね。



オカルト茶屋-22
 部屋の畳一面には、夥しい数の残留物が撒かれたかのように散らばっていた。

 ネガのどこに何が写っているかをわかりやすくするように、このように見出し的に焼くことを、ベタ焼きという。

 目の前の奥多摩湖の湖畔で何やらお祭りが行われていた様子。過疎化が進むこの奥多摩町界隈、今もこのお祭り、続いているのだろうか。



オカルト茶屋-23
 おっさん二人の暑苦しい記念写真もあれば、涼し気な気高ささえ漂うお姉さんのも。



オカルト茶屋-24
 この封書や、その他の残留物を考慮すると、この部屋には、年頃の女性がいたとみて間違いないだろう。

 もしかして、こちらの広い部屋が長女で、先程の狭い部屋の方が弟、という可能性も出てきた。あの遺影は、確かによく考えてみれば二十代ぐらいの若者のようであった。

 長男の死により、一家が出ていかざるを得ない状況に追い込まれたというのだろうか   



オカルト茶屋-25
 少女か、少女の頃だったのか、雑誌からの可愛らしい切り取りが多数あった。



オカルト茶屋-36
 これは幼児用の教育に使われる100玉そろばん。



オカルト茶屋-26
 年代が窺われる、綿の詰まった半纏に、竹下景子のグラビア写真? 

 竹下景子は現在65歳。グラビアが24歳ぐらいの女子大生の時とするなら、約40年ぐらい前にここから家族が失踪したと仮定できる。



オカルト茶屋-38
 いかにもな、小学校低学年生ぐらいの可愛らしい少女趣味。お菓子の包装紙や箱を収集。

 のっぴきならない理由で、この家から立ち去る時、こんな大事な思い出を持っていこうとは思わなかったのだろうか。たいして嵩張るものでもなし。それとも、すでに女性になっていた彼女は、このようなものには目もくれなかったのか。



オカルト茶屋-33
 同性のアイドルや女優に憧れるのは、小学校高学年から中学生ぐらいの時だろう。

 100玉そろばんで遊んでいた幼女から、少女への変遷   



オカルト茶屋-34
 獅子舞でしょう。賑やかなお祭り事が好きだった女の子。



オカルト茶屋-40
 やがて少女は、異性の男性アイドル「森田健作」に恋をする。

 この歌の歌詞は「青春のバラード」。1973年発売の曲。

 かつて、100玉そろばんでバブーと言いながら遊んでいた幼女が、高校生ぐらいになったのだろう。
 
 そして、積み重なった残留物を更にまさぐって行くと、一冊のコンパクトタイプの写真アルバムに行き着いた。その中には、あの遺影写真がご主人ではなく、長男の息子であるらしいことを裏付けることがほぼ確実な、ある数枚の写真を発見するに至る。

 つまり、誠に心苦しいことながら、これゆえに心霊スポットであるのか、この「めいじや食堂」において、ご長男が若くしてお亡くなりになられたということのようなのであった   




つづく…

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