入舟-110
 事務員部屋、家族の共用部屋、などを通り過ぎると、前時代的な重厚感のある大型冷蔵庫を備えた、割烹の心臓部、巨大厨房に到達する   



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 途中の壁の押入れには、衣装ケースや電気アンカがあり、一つ屋根の下、家族と業務用スペースが混然とした、一家総出の経営体制であったことを窺わせる。

 少し昔、下町の古いオモチャ屋巡りをしていた時、一日に何軒も訪問につぐ訪問で体力の限界に陥りそうになっていたその時、荒川の町屋駅近くに手頃なベンチがあったのでちょっと休まろうと、腰を下ろしたら、臀部にコツンと鈍い感触があったので、咄嗟に腰をそのまま沈めずに浮かせ、さては何か置いてあるなと手で払って確認すると、なんと、小さいダンボールの商品箱があり、中にはナショナル製の木製電気アンカが収まっていた。箱には商品ラベルが貼ってあったが写真ではなく、色褪せた古い絵。コンセントプラグがあるので電気で発熱するのは間違いないようだが、櫓のミニチュアみたいな、今にも爆発しそうな旧式の電気アンカだった。この写真のより相当前の時代の物。ただ、それほど使用感はなく、新品に近いような状態だったので、なぜ、こんなところに? といった、不気味さがつきまとった。

 周囲を見回すが、置き忘れとかでもなさそうだし、昭和三十年ぐらいの古い電化製品なので捨てようと不燃物のゴミ捨て場を探しているうちに、面倒くさくなってベンチに置いて逃げて行ったのだろうと判断。十五分ぐらいその場で様子をみた後、これで文句もないだろうと、堂々と、その旧式の電気アンカの入った箱を、バックパックに入れ、その場から立ち去った。

 家で試しにアンカから伸びるプラグをコンセントに入れてみると、すぐほんのりと暖かくなった。しかし、あまりに古い時代の電化製品ゆえ、いつ発火してもおかしくないと思い、早々に電気を断ち、押入れにしまってしまった。レトロなデザインだが、現代において実用性は全く無いということもあった。


 その出来事から十年ぐらいした頃だろうか   

 あの電気アンカが例えいわく付きの物だったとしても、もう時効だろうし、ほとぼりも冷めているだろうと思い、ネットオークションに出品してみることにした。開始値3500円で。

 期間を一週間に設定してみたが、結局、最終日まで入札は全くなく、あぁ、こんなもの誰も買わないのかと、自動再出品を覚悟していた、その瞬間、寸前に入札があり、争われることはなかったが、無事、落札されたのだった。

 が、落札者さんの住所を見て、思わず背筋が凍るような思いがした。

 荒川の町屋の人だったのである。

 まさか、盗まれた父の形見を長年、近所やネットで探していたら、遂に、犯人を見つけたぞと、警察に突きつけるべく、落札したのではなかろうかと思い、戦慄が走った。こんなことなら、たったの数千円、欲を出さずに、素直に捨てておけば良かったなと。

 特に変わったコミュニケーションがあるわけでもなく、淡々と入金があったので、僕はいつも以上に緻密で丁寧な梱包を心がけ、あっという間に発送を済ませるということで、もし当人であったなら、最大限の誠意を示すことで、許しを願い乞うというやり方に、賭けてみることにした。製品の状態自体は、当時と全く変わっていないはずである。


 あれから、何年も経ったが、向こうから評価されることもなく、こちらからも敢えてやっていない。警察からの連絡も無ければ、落札者からの直電もない。

 許してくださったのだろう・・・、そう思うことにして、廃墟でこのような微妙なまだ使えそうな電化製品を例え見つけようとも、ぐっと、押しとどめる勇気を、あの貴重な経験により、持つに至っているので、もう、今となっては、町屋の人には、感謝の言葉しかないのである   



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 昔の、冷蔵庫と、冷凍庫?

 北海道の山の中のレジャー施設の廃墟にもこんなのがあったが、昭和四十年前後の業務用大型冷蔵庫は、こういったのがスタンダードだったのだろうか。



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 転売できそうな器具は売られ、残ったのは鍋や食器など。



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 昔の旅館や定食屋でよく見た豆絞り柄の急須。引き取り手、無し。



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 厨房の片隅に、トイレ。

 泥酔した調理人が壁を蹴り、めり込んだ、そんなところでしょう。



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 毎度の冷蔵庫の中確認ですが、今回も何もなかったです。



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 敷地内一番奥の一画、社長室や厨房のあった建物から出る。



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 外にも冷蔵庫。



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 ゼネラル・エレクトリック社製。



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 大広間のある洋風の建物に入ってみる。



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 電卓。これだけでかくても、やれるのは計算だけ。



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 宿泊部屋にしては、生活臭が立ち込めている。



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 吉川英治の新書太閤記が並ぶ本棚。社長室の本棚と傾向が同じだ。




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 客室だったが、風呂がこういう状況ということは、経営が傾いてからは、オーナー夫妻が寝室にでも使っていた。風呂は大風呂を利用していたと。



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 客室だった頃の名残か。



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 戸など開けてみるが、座布団が積み重なっているだけだった。



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 まだ見ていない部屋が、正門付近に残っている。あの駐車場から見られやすい位置にあるので、音をたてないようにすることにとても難儀した。

 風通しが良いのか、損傷が進行しており、建物内を進むだけでも困難を極めたのだ   




つづく…

「割烹最終章へ」駅前に眠る、廃墟旅館.6

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