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 前日までの、まるで親を殺されでもしたような、憎悪剥き出しの  執筆時、その場にいたなら、ボールペンで目を突き刺しかねなかった  今まで見せたことのないような、獰猛さで、記述の中ではとはいえ、猛り狂って襲いかかった、狂気の刃を振りかざしてみせた、でも今はふわっと、一変して、穏やかな面持ちの、キョーコさん。

 余韻を露程とも引きずることなく、爽やかに翌日の日記を迎い入れることができたのは、ある一定の成長の表れだと言えるのだろうか。

 前夜の醜態をまるで覆い隠すように、千春千春と、過剰に思えるほど、陽気に振る舞ってみせる、彼女だったが   

 数日後、本年度最後の集体が行われ、そこで、金山君を軸とする数名のお気に入り男子達を、直に拝めることがしばらくできなくなるという現実に直面し、急激に自分を襲ってきた喪失感について、心苦しげに、何枚ものページを費やしながら、しおらしく、襟を正し、独白をすることになる。

 つまり、松屋千春の大ファンには違いないが、やはり、彼は所詮、舞台の上の人であり、テレビの中の人なのであって、現実から目を背けるには好都合の虚像ではあったが、実世界でまだ辛うじて見込みのあるのは、金山君と、他の数名だということに今更ながら気付かされ、まるで自分の手に取り戻すかのように、慌てふためくようにして、身分相応の愛を彼らへ、届けとばかりに、述懐することになるわけだが、そうなる前の数日間は、当然、現実逃避をするために、浮ついた言動で埋め尽くされているわけで、神妙に物語る前の導入部のような、ともすれば軽薄な言葉で、無防備に、我が心を写す鏡でもあるこの日記に、目に余るような翩翩たる文言が、書き並べられてゆくのであった   



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  1 97 8 年  .  1 1 月 29 日  .   (3 0)    0:4 6

 今 .  千春  の  アタ・ヤ ン  聞 い と りま す  の じ ゃ  .
 千春 .  千春  . 千春  ! 千春 大 好き !  そう よ . 大好き
  なのに ,  千春 の 声 を 聞 く と   と っ て も 心 が お ち つ く のよ.
 ほんとよ ,  千春  . 大 好き   、 た の も し  い  .  お も し ろ い 千春.
  千春 .   千 春  .  千春  _ _ _  _ _ _ _    千春   ....  来週  ・・・  おやすみ?
    今日  史之 が  来 た .    高  い び き をた てたり な ん か して,
 今 日  , 私 は 昼 で  終 りだ っ た  , 先生 方 の  何 だか  ...。
  江戸川  ・ 乱 歩  の  大暗 室  も  もう少 し で  終 る か も ・・・
  あ と は べ つ に な い な あ _ _  ... 。  そうだ   . . . 今 日 は
  そ ん な に 勉強 しな か っ た .  も う   1 2月 に な る っ て い う
 の にね  . .. . 。    こ ま っ ち ゃ う ワ ィ . .  早 い も んよ ね .
受験生 の なやみ か ね  ・  時 が 早 く な が れ て 行 くっ
てぃ う の は . ..  .  。   千春 は ?  金 山 君  ど  う し てるかね.
山角 君 も  ・  み ん な  ガ ン バ っ て る の か も ね   き っ といっ しょう
けんめい だ と 思 う よ  .  I  th i n k  .  . ..  .  .   。   ね!
 千春   ...    ね む た い  .  もう ね る ね、 千春  . . .  。
 私 ほ んと に 好 き な の た ・ あ な たの 唄 .歌 , 千春...  お やすみ.

毒を吐きまくりその後味の悪さから、蝕まれて黒ずんだかにも思えてしまうこの部屋を、いや自分自身を、漂白して清めようとしているのか、バカ陽気に洗浄剤散布のように千春千春大好きをこれでもかと連呼をして、前夜の醜態を必死に浄化し忘れようと藻掻き空回りしながら、通常の流れに戻そうと、彼女なりの工夫を懸命に机上にて試みた、キョーコさん。今縋れる唯一のものが、千春であるのかもしれない。

軌道修正、仕切り直しが出来たと判断したのか、千春で埋め尽くしたあとは、通常の日記モードに  するすると滑りの良い障子を開くように  入っていったのだった。

>今日  史之 が  来 た .    高  い び き をた てたり な ん か して,

お見合いが破談になった可能性が極めて高いと思われる彼女、今週末も、タダ飯目当てなのか、実家に泊まりに来て、妹の部屋で高いびきをかいて爆睡しているようでは、その野暮な推測も真実に近いと考えても、ほぼ差し支えないと言えるだろう。姉を気の毒に思うのか、キョーコさんも決して多くを語ろうとはしない。

>今 日  , 私 は 昼 で  終 りだ っ た  , 先生 方 の  何 だか  ...。

マンツーマンに近いような授業。先生に法事でもあったのかと思ったが、先生(方)と言っているので、学校全体の教師であっても少数ではあるが、全体研修のようなものがあり、キョーコさんのクラスはもとより、学校の生徒全員が、昼で帰らされた様子。

>江戸川  ・ 乱 歩  の  大暗 室  も  もう少 し で  終 る か も ・・・

読書家のイメージはないが、いうても、ファミコン発売前、パソコン普及前、現代のソーシャルゲームに明け暮れる、同い年の子からすれば、遥かに読書量は多かったはず。

『終わるかも・・・』という義務感を匂わせているので、読書感想文の題材である可能性が高いものの、本を選ぶのは本人の意志だろうから、おどろおどろしい推理小説が好みなのかも。
大暗室 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)









>受験生 の なやみ か ね  ・  時 が 早 く な が れ て 行 くってぃ う の は . ..  .  。

まるで、他人事のよう。すぐそこ、ほんの数ヶ月先にその後の運命を決めるやもしれない、大切な試験があるというのに、時の流れを遠目で俯瞰しているように実感もなく悠長にただ眺めている、彼女。

>千春   ...    ね む た い  .  もう ね る ね、 千春  . . .  。

受験の良きライバルでもある金山君達の動向を気にするのかと思えば、厳しい現実にはやはり触れたくないと、夢見心地で住む世界の違う松山千春の妄想の世界の中で、この期に及んでまで、浸りっきりのキョーコさんなのであった   



30
   1978・11 月 3 0 日  ((木)  *  11:51  晴れ .

  日が くれる のが 早く な っ た .  4:00 ご ろ な ん て もう だいぶ くらい の.
 まい っ ち ゃうね 。  それに  もう 今日で  1 1月 は 終 り 12月 に な るの.
 早すぎ よね .  あ と  3ヶ月 し か な い のよ .  え      !  3ヶ月 . 冬*
 休みを過ぎて しまえは も う受験 。早い ! それに サ!冬休みまで
 あと  *  2 5 . 6 日 し か な い のダ ヨ  .  早 い!  なん に も お ぼ えて ないの に .
 早い 早 い.  いつ ま で も 気分よく 寝て ら れ んんで は な い か  ・
 ど うしよ .  ど う しよ .  千春  たす けて・  た す けて   千春  .   た ぶ ん 千春 とは
 もう歌 さえも  とうぶ んは 聞け ん だ ろ う ね え .  千春!  千 春 ♡ .
 ああ . やせた い .  ふとりすぎ は いや .  やせ た い . やせ た い  .
  これが なやみの タネ .  受験 もね .  千春 もね . 金山 君 . 山角君の こと
  もね . み んな 私の 大事 な な や み  .  どれも  . どれも .
  受験は もうすぐ で 今 の こ と . 金山君 . 山角君 の こ と も 卒業 し ては
  どうしよう も な い か ら  やっ ぱ り 今 のこ と  ,  ふと っ てい る の も 今.やせたい
  か ら 今の こと .  けっ きょく  全部 今の こと の なやみなワケ よ .
  千春  . 今の私 に と っ て  ただ 一つ の やすら ぎ . たよれ る人  . ナノ ヨ  .
   千 ー さま .  .. .  。 ♡♡ ♡.  今日 べ つに た い し たことは な か っ た .  マラソン大会(校内)
   が あ っ た く ら い .  ほ んとに なんも な い .   それ で は おやすみ します.オヤすみ.

大平原の中にぽつんと転がっている岩塊のような家に住む、誰よりも早く季節の変わり目を肌で感じる環境にいるキョーコさんが、冬の到来をしみじみと語りだした。

>あ と  3ヶ月 し か な い のよ .  え      !  3ヶ月 . 冬* 休みを過ぎて しまえは も う受験 。

家にカレンダーが無いわけでもないのに、わざとらしく驚いてみた理由とは。結局、日記の中に取って付けたような一言知識を書いていくような、効果の程は極めて不透明な勉強法さえ、一ヶ月も持たずに滞ってしまい、今の今まで、やろうやろうと掛け声だけは勇ましかったが、それらしい受験勉強をやるには至ってない。自らがタイムリミットを告げることで自らに危機意識を煽ってはみたが、笛吹けど踊らず、口から出てくるのは、痩せたいだの千春だの、気分良くいつまでも寝てられんなど、とても間近に入学試験を控えた中学3年生の態度や言葉ではなかった。

>た ぶ ん 千春 とは もう歌 さえも  とうぶ んは 聞け ん だ ろ う ね え .

そんな中にも、もはやanthemのようにして聴き込んでいる松山千春の歌を、断つという覚悟を仄めかす。動き出すのは相当遅かったかもしれないが、最後にはやるから、見ていてねと、何気に強い意志表明の表れでもあったのだ。

>けっ きょく  全部 今の こと の なやみなワケ よ .

困難で険しい道程だけれども、散々寄り道遠回りはしたかもしれないけれど、

>千春  . 今の私 に と っ て  ただ 一つ の やすら ぎ . たよれ る人  . ナノ ヨ  .   千 ー さま .  .. .  。

今は心の拠り所、千春で乗り切ってしまえ、高校入学が果たせたなら、あとはどうとでも、道は切り開かれると、自分の未来は、そう暗くないと、案外楽観視をしている、キョーコさんであった。



 松山千春で浮かれていれば、所詮手の届かないスターなのだから、傷つくこともなく、人に冷やかされることもない。

 今年度最後の集体にあたり、感傷的になりこの中学3年間を振り返ってみれば、”見ているだけの恋”に終始。集体が無いということは、見ているだけの恋も叶わず、金山君などを直視できないという彼女にとっては耐え難い辛苦であり、そう思うと、急激な喪失感に襲われるような気がした、彼女。

 私にとって所詮夢物語の松山千春なんかでお茶を濁してごめんねと、キョーコさんは、あらためて、いかに金山君を始めとする男達が自分にとって大切であるのかを、何ページもの頁を費やしながら、切々と、説明をしだしたのである   




つづく…

「サヨウナラ、少女の決断」実録、廃屋に残された少女の日記.84

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