家主の家-35
 青年家主の部屋手前にあった小さな洗面所は、隣接する三軒長屋の廃屋撤去の工事をする際に、境界線上にあったからなのか、もぎ取られるようについでに取り壊されてしまったようであった。

 その洗面所のあった部分には大きな抜け穴のような、人ひとり通れる亀裂が出来ており、つまり、外から丸見えとなるので、亀裂部分だけは足早に通り過ぎ、かれこれ数ヶ月ぶりの、青年家主の部屋、いや、その後の寄せられた情報などにより、もしかしたら、家族の中の長男かもしれないが、ともかく、彼の部屋に辿り着くことができたのだ。

 手前の長屋が撤去されたせいで、僕の姿を目撃されてしまうリスクは前回より大幅3に高まってしまった。

 杉並区の住宅街にある森の中の廃屋に潜り込んでいる最中に、怪しまれて声を掛けられでもしたら、一体、なんて答えて良いのか、言い訳の言葉もちょっと浮かんでこないが、遠くない時期に、全てが解体されてしまう運命にあるのなら、青年家主の思い出の全てが地上から根絶やしにされてしまうなら、これも通りかかったご縁なので、そうなる前に記憶にどうにか残せないものなのかと、その一心で、ここまで来てしまったというのが、正直なところではあったが・・・



家主の家-36
 昭和の独身貴族を象徴するアイテム、ビニール製の衣装ケースも多少風雨の影響で損壊の度合いは進行しているものの、前と変わらぬ位置に横たわっていた。



家主の家-38
 まだ意欲的な社会人一年生がこぞって読むような本。




家主の家-37
 机から振り返って、本棚。

 この家と土地を、自分の手で売るつもりだったのだろうか。

 郡寅彦とは、東京出身の劇作家。自ら戯曲を発表したり、ヨーロッパの作品の翻訳で三島由紀に大きな影響を与えたことでも知られる。

 経営や不動産投資のような、数字に煩く経済に造詣の深い傾向がありながら、一方では、演劇も嗜む、多趣味でバランス感覚に富んだ青年であったようだ。
 


4
気の許せる男達

 男友達も大勢いて、充実した青春時代を過ごしていたに違いない彼。その面影をそのまま残したまま、ある日突然、時を刻むことをやめたこの部屋   


 砂浜にワゴン車を乗り付けて、気のおけない仲間達と記念撮影。一人だけ身なりも姿勢も良く、育ちの良さは隠そうにも隠しきれない。

 車種は、三菱のデリカコーチか。たまたま、三菱のデリカが現在五十周年で、少し前に特設ページを閲覧していたので、迷うことなく車種が判明した。

※マツダの初代(1966年~1975年)「ボンゴ」でした。ご指摘していただいた”taka”様、どうもありがとうございました。


家主の家-39
 演劇の他に、カメラも。

 多趣味であり、消息不明になるまでは、裕福であったことを物語っている。



6
撮影者となって

 全く同じ写真に見えるかもしれないが、長きの時を経た今、その意味を解明することができた。

 損な役回りを巡っていざこざが起こらないようにと、率先して、時にはシャッターを押す裏方にもなってみせる、家主の温かい人柄が実はこの一枚に集約されていたのだ。



家主の家-40
Canon FT QL

1966年、昭和41年発売。

 ホットシューに何か載せてますが、よくわかりませんでした。

※オプションの目玉として用意されていた低照度測光用の「キヤノンブースター」とのこと。 ご指摘していただいた”ゆさちゃん”様、ありがとうございました。


5
少しバラけて

 運転席に座ったままでは目立たないからと、運転手が運転席から降りるためにドアを開ける。ドア前に皆密集していたのでそのままでは当然邪魔になる。開閉分のスペースが必要となるため、それを機敏に察した要領の良い家主を中心とする仲間達が、適度の間隔を空けて咄嗟に対応した。普段から阿吽の呼吸で行動する彼らならではのチームプレイでもあった。



家主の家-41
 画一的で単調になりやすい廃墟の建物写真に応用できそうな記事が特集されていたので、思わず読み込んでしまう。



7
白のデニムで

 ご存知の通り、白のパンツは少しの汚れでも目立ってしまい、繊細な気配りが必要となるばかりか、上とのコーディネートも難しく、これをわざわざ海に履いて行こうとする人は、どんな場所でも妥協を許さない、かなりファッションに煩いお洒落好きと言えるに違いないだろう。



家主の家-43
 高尾山のペナント。

 舞台に、海に、山にと、青春時代を謳歌していたに違いない彼だが、その足跡はある日突然に行方をくらましたままである。

 面影を手繰り寄せようと、新たに発掘されたこれだけの品でも、彼の人柄が今まで以上により浮き彫りとなってきたようだが、さらに検証を深めていくことで、思想や卒業大学に就職先など、動かしがたい決定的な物証を次から次へと掘り起こすことに成功したのであった   
 



つづく…

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