青年家主の部屋手前にあった小さな洗面所は、隣接する三軒長屋の廃屋撤去の工事をする際に、境界線上にあったからなのか、もぎ取られるようについでに取り壊されてしまったようであった。
その洗面所のあった部分には大きな抜け穴のような、人ひとり通れる亀裂が出来ており、つまり、外から丸見えとなるので、亀裂部分だけは足早に通り過ぎ、かれこれ数ヶ月ぶりの、青年家主の部屋、いや、その後の寄せられた情報などにより、もしかしたら、家族の中の長男かもしれないが、ともかく、彼の部屋に辿り着くことができたのだ。
手前の長屋が撤去されたせいで、僕の姿を目撃されてしまうリスクは前回より大幅3に高まってしまった。
杉並区の住宅街にある森の中の廃屋に潜り込んでいる最中に、怪しまれて声を掛けられでもしたら、一体、なんて答えて良いのか、言い訳の言葉もちょっと浮かんでこないが、遠くない時期に、全てが解体されてしまう運命にあるのなら、青年家主の思い出の全てが地上から根絶やしにされてしまうなら、これも通りかかったご縁なので、そうなる前に記憶にどうにか残せないものなのかと、その一心で、ここまで来てしまったというのが、正直なところではあったが・・・
昭和の独身貴族を象徴するアイテム、ビニール製の衣装ケースも多少風雨の影響で損壊の度合いは進行しているものの、前と変わらぬ位置に横たわっていた。
まだ意欲的な社会人一年生がこぞって読むような本。
机から振り返って、本棚。
この家と土地を、自分の手で売るつもりだったのだろうか。
郡寅彦とは、東京出身の劇作家。自ら戯曲を発表したり、ヨーロッパの作品の翻訳で三島由紀に大きな影響を与えたことでも知られる。
経営や不動産投資のような、数字に煩く経済に造詣の深い傾向がありながら、一方では、演劇も嗜む、多趣味でバランス感覚に富んだ青年であったようだ。
気の許せる男達
男友達も大勢いて、充実した青春時代を過ごしていたに違いない彼。その面影をそのまま残したまま、ある日突然、時を刻むことをやめたこの部屋
砂浜にワゴン車を乗り付けて、気のおけない仲間達と記念撮影。一人だけ身なりも姿勢も良く、育ちの良さは隠そうにも隠しきれない。
車種は、三菱のデリカコーチか。たまたま、三菱のデリカが現在五十周年で、少し前に特設ページを閲覧していたので、迷うことなく車種が判明した。
※マツダの初代(1966年~1975年)「ボンゴ」でした。ご指摘していただいた”taka”様、どうもありがとうございました。
演劇の他に、カメラも。
多趣味であり、消息不明になるまでは、裕福であったことを物語っている。
撮影者となって
全く同じ写真に見えるかもしれないが、長きの時を経た今、その意味を解明することができた。
損な役回りを巡っていざこざが起こらないようにと、率先して、時にはシャッターを押す裏方にもなってみせる、家主の温かい人柄が実はこの一枚に集約されていたのだ。
Canon FT QL
1966年、昭和41年発売。
ホットシューに何か載せてますが、よくわかりませんでした。
※オプションの目玉として用意されていた低照度測光用の「キヤノンブースター」とのこと。 ご指摘していただいた”ゆさちゃん”様、ありがとうございました。
少しバラけて
運転席に座ったままでは目立たないからと、運転手が運転席から降りるためにドアを開ける。ドア前に皆密集していたのでそのままでは当然邪魔になる。開閉分のスペースが必要となるため、それを機敏に察した要領の良い家主を中心とする仲間達が、適度の間隔を空けて咄嗟に対応した。普段から阿吽の呼吸で行動する彼らならではのチームプレイでもあった。
画一的で単調になりやすい廃墟の建物写真に応用できそうな記事が特集されていたので、思わず読み込んでしまう。
白のデニムで
ご存知の通り、白のパンツは少しの汚れでも目立ってしまい、繊細な気配りが必要となるばかりか、上とのコーディネートも難しく、これをわざわざ海に履いて行こうとする人は、どんな場所でも妥協を許さない、かなりファッションに煩いお洒落好きと言えるに違いないだろう。
高尾山のペナント。
舞台に、海に、山にと、青春時代を謳歌していたに違いない彼だが、その足跡はある日突然に行方をくらましたままである。
面影を手繰り寄せようと、新たに発掘されたこれだけの品でも、彼の人柄が今まで以上により浮き彫りとなってきたようだが、さらに検証を深めていくことで、思想や卒業大学に就職先など、動かしがたい決定的な物証を次から次へと掘り起こすことに成功したのであった
つづく…
「青年家主の政治思想」都会の秘境、森の中に眠る空き家群落.12
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コメント
コメント一覧 (16)
スポドリの粉、店頭で定価で買ってメルカリに流せば、ちょっとした財を築けるぐらいになっているらしいですね。すでに猛暑の峠は越えたようなので、今からやると、損ん切り地獄になりそうですけど。
家主は肩もガッチリしていて、ラガーマンのようです。吉川風イカリ型なので、水球だったり。
>生活に余裕のある人だったんですね
メジャーどころの漫画雑誌数冊以上を、毎週なんていうのは、あまり聞いたことないです。僕の周囲にもいませんでした。一族は今も裕福で、家主だけ召されたのか。不謹慎ながら、瓦礫の下のリアルストーリーには、ロマンがありますね。
>世の中にはよくわからない理由で廃墟、野ざらし風化のおうちはたくさんあるんだろうな
屋根の分だけ、物語があるのでしょう。最近映画を観ていても、所詮人間の想像力、底が知れているなと、冷めた目でみてしまいます。それでも、美しい星なんかは面白かったですが、北海道の原野で見知らぬ廃屋を発見した時のようなときめきは、もう映画には持てそうもないです。
着てるものも髪型もどことなくお坊ちゃん風でお品があるし、雑誌類も毎回購入、
旅行や避暑地っぽいところの画像は多いし、生活に余裕のある人だったんですね
体格的にも病気でどうこうなりそうな雰囲気もないし、いったいどうしちゃったんでしょう…
世の中にはよくわからない理由で廃墟、野ざらし風化のおうちはたくさんあるんだろうな
現状と一致する部分があるとか? 熱海なら、今だと車の乗り入れで捕まるでしょうね。
残りわずか、あの家の存在もそう長くないと思われるなか、ありがとうございます。
残る海辺の写真は岩場なのですが、この写真は砂場ですよね。波も立っておらず、湖でもおかしくないとは思います。
>背後の建物上の赤い看板や、右奥の木製の立て看板(おそらく地名のヒントが書かれていそう…)に何が書いてあるのか気になります。
大判写真だったら拡大すれば読めそうですが、元が小さい写真なので、潰れていて判別は無理そうです。
現代だったらハイエースに乗って大人数の男だけが旅行に行くことはほぼ無いと思うので、時代なんでしょうけど、こういう男臭い付き合いに憧れもあります。少なくとも、孤独を理由に絶望したとか、それだけは無さそうですね。
この頃のはどれもほぼ丸目だし、見極めが難しいですね。車中泊で寝ようとして道の駅に行くと、いまだにボンゴフレンディを見かけるので驚かされます。
>マツダはちょい売れするんですよ。当時RX7が出てイケイケの会社だったので強気だったのでしょう
一時期のマツダは、デザインが陶器みたいなヌメヌメシェイプで格好良くて、勢いも一瞬でしたが、ありましたね。マツダが没落した頃、東南アジアをよくバックパック旅行していたら、似たようなまろやデザインの車をよく見かけました。ヒュンダイです。聞けば、マツダのデザイナーが引き抜かれたと。あのテスラも往年のRX7ぽいなと思ったら、そのマツダのデザイナーが今テスラにいるそうです。
砂浜は白砂ですね。水面の穏やかさや、山が迫り来る地形から、湖かも?とも思いました。
背後の建物上の赤い看板や、右奥の木製の立て看板(おそらく地名のヒントが書かれていそう…)に何が書いてあるのか気になります。
ご指摘があったようですね。このボンゴの次に荷室がフラットなマルチバンと言う種類の
物が出て、マツダはちょい売れするんですよ。当時RX7が出てイケイケの会社だった
ので強気だったのでしょう。
まだある残りの写真に、海辺で撮られた、ひと目見ればわかる有名観光地の写真があるのですが、そこと同じなのかどうかいまいち判然としません。
>車の背後の高い何かが気になりました
パチンコ屋だったらもっと派手なので、ラブホテルの看板でしょうか。今だとこんな下品な彩色はせずにお洒落な感じにしますが、当時ならこんなものなのかなと。
>これこそ奥多摩のように、貼った写真の横に 友人名と場所を明記して欲しいです
言われる通り、説明書きでもないと場所は不明ですよね。家主も、まさかこのように発表されるとは思っていなかったでしょうけど。いずれにしろ、手間でもアルバムの補足って、大事ですね。
一瞬海外の油田?とか思いましたが、
日本国内の観光地って感じではなく、
ただ仲間とドライブして
休憩しただけなのかな。
車の背後の高い何かが気になりました。
これこそ奥多摩のように、貼った写真の横に
友人名と場所を明記して欲しいです。
どうも、こんばんは。
写真が趣味ということは、プリントした写真はコレクションになるわけだから、あっさり置いて(捨てて)いくのは理解に苦しむところがありますね。
>一枚目の集合写真、運転手の方が心霊写真みたいで一瞬ギョッとしました(゚ω゚;)笑
確かにそんな感じで見えますね。現在のスマホで撮ったらクッキリとしてそう見えないと思うと、昔のプリントには独特の風合いがあって、いまだにフィルムで撮る人の気持ちもわかるような気がします。
見比べて間違いないと思ったのですが、ボンゴですか。早速訂正しておきます。ありがとうございます!
昔は、測光用のモードを加えるだけでも、こんな巨大な箱みたいなのを追加していたんですね。後方に散光していたので、ストロボではないとは思ってましたが。追記しておきます。ご指摘、どうもありがとうございました。
こんなに写真好きなのに全て置いていってしまうなんて…不思議で仕方ないですね。
一枚目の集合写真、運転手の方が心霊写真みたいで一瞬ギョッとしました(゚ω゚;)笑