鋼壁の中に降り立った“薄昏”メンバー7人。彼らを待ち受けていたものは・・!?
越境のしんがりを務めるサブロウは、鋼板にかかったロープの途中から思い切って敷地内に飛び降りた。
着地の弾みに砂利に足を取られ、思わず地面に片手をつく。
照れ隠しに手をはたきながら身を起こしたが、そんなサブロウの仕草などに誰も目を留めていなかった。
それもそのはず。地面に置かれたLEDランタンに下方からぼんやりと照らされた6人の男女は、目の前に立ちはだかる巨大な木造物件、「山荘」に目を奪われていたのだった。
「・・あーあ・・ずいぶん進んだもんだな・・」
サブロウが感慨深げに呟いた。『薄昏』では「進む」という語は「劣化が進行する」と同義で使われていた。
もともと、山荘は屋根を中心とした薄暗いウタリレッドと、壁面のくすんだホワイト、それに古い枕木のように木目が浮き出た黒色の三色に塗り分けられていたのだった。
その壁面のホワイト部分が、去年サブロウ達が訪れた時より明らかに薄汚れていた。
7人が降り立った位置はちょうど山荘の真正面、入り口のガラスの引き戸の前面であった。
引き戸の煤けたガラスがランタンの真っ白な光を跳ね返して鏡のようにきらめいている。
朽ちかけた壁面に不気味な長い影を投げかけているのは、軒先に積まれた大量の白樺の切り株だ。
澪が入口の上に掲げられた大きな木製の看板を指さして皆の注意をひいた。
『ウタリ山荘』
壁面と同じ黒檀調のマットブラックの看板に、これまた壁面のオフホワイトを塗った木片を組み合わせて表現した独特のフォント。
金城は急いでリュックを肩から引き下ろすと、カメラを引っ張り出そうともどかし気にファスナーと格闘を始めた。
サブロウはその場で首を巡らせて一通り山荘の状態を確認すると、背後の安全鋼板を振り返った。
鋼板の上部、控えの単管パイプが斜めに張り出しているあたりから、先ほどぶら下がったロープがその余韻にゆっくりと揺れていた。
ロープと単管パイプにしがみ付いてよじ登れば、ここからでも脱出できそうだ。
・・いや、澪やQにはちときついかな。
「サブロウ!」
背後からの呼びかけに振り向くと、黒岩が顎を振って入口の引き戸を指していた。
大きな両開きのガラス引き戸。その下部の木板部分に穿たれた孔を通して、太い鎖が二重に回しかけられ、鎖の先が南京錠で留められている。
「ほいきた、いよいよサブロウ様の出番てわけかい。」
サブロウは叩いた手をすり合わせながら引き戸へと向かった。
頑丈な施錠のすぐ上は大判のガラス張りだ。そこらの石でも拾ってガラスを割ってしまえば、南京錠に取り掛かるまでもなく窓枠を跨いで難なく侵入できるだろう・・。
思わずサブロウの口元に皮肉な笑みが浮かぶ。
・・だが、それじゃあまりにも無粋ってもんだ。それに俺はこの芸術的な『仕事』に骨の髄までほれ込んでいるのさ・・
サブロウは自分を見つめる6人の間をかき分けて引き戸の前にしゃがみこむと、南京錠を手に取った。
「おいおい、アルファの40番って・・。こんなぶっといチェーン付けてんのに、センス悪ぃなあ・・」
こんな感慨のこもったつぶやきも、開錠マニアのサブロウ自身にしか通じない。
南京錠の鍵穴を覗き込みながら黙って右手を差し出すと、金城がその手にリュックから取り出した小さなポーチを載せた。
「今日の出番はグリーンちゃんだ。・・頼りにしてるぜ・・」
サブロウはポーチの中の数本から緑色の柄のピッキングツールを取り出して鍵穴に滑り込ませた。
その右手を小刻みに震わせながら指でツールを器用にくいくいとひねる。
・・20秒?いや30秒ほど経ったろうか。
サブロウが背筋に手を当てながら不自然な姿勢に凝り固まった身体をほぐすようによろよろ立ち上がると、その右手には鍵の開いた南京錠が鈍い光を放っていた。
思わず澪が小さく手を叩きながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。
サブロウは額の汗を拭きながら引き戸に巻きつけられた鎖をほどくと、ガタガタとガラスを揺らしながら引き戸を大きく引き開けた。
「ようこそ、ウタリ山荘へ」
ぽっかり口を開いた真っ暗な入り口の前で、サブロウが芝居がかった仕草でうやうやしく頭を下げた。
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