廃墟ラーメン屋-26
 色味は褪せ、潤いを失って骨粗鬆症の骨のようになったカウンターや椅子は、いずれ自ら床に崩れ落ちてゆくのを、じっと息を潜めて待ち続けているかのようであった。

 廃墟ラーメン屋に潜入を果たし、重い引き摺るような足取りで、ちょうど、店内半周の地点まで来た。

 背後には、僕が訪問前に、彼の”絶命場所”と睨んでいた、トイレがある。

 正確にいえば、入り口付近や今いる横のミニ座敷かも?と、”その場所”は考えられたが、入店後に段々とその可能性は消えていったので、残るはトイレしかない、というのが検証を進めていったうえでの暫定的な見解であった。

 警察の鑑識が残していった、鑑識標識板がまだ床に散らばっていたりするのかな、なんていう期待に  ともすれば、潰れたラーメン屋の店内をただ一周しに遙か東京から足を運んだなんてことになりかねないので  不謹慎にも胸躍らせ、本心としては、頼まれてもいないのに、ここまでやる必要性があるのかなと、逡巡しつつ、トイレのドアのノブを握ろうと、ターンをしようと、右足を後方へと伸ばし、それを起点として体の向きを変えながら引き寄せられようかとした、その時、



廃墟ラーメン屋-29
起点にしようと、右足の爪先で床を抑えようとしたら、衣擦れとともに沈み込むような感触があった。

 トイレのドアとカウンターに挟まれた間の床には、絶命者のものだろう、簡易な寝床が設置してあったのだ。

 捲ったり持ち上げたりしてみたが、特段変わったところはなく、事のあった場所ではないように思われた。そういう可能性も充分あり得るが、後で決定的なものを見つけることになったので、僕の当てずっぽうのようでありながら、無意識に経験を勘案したうえでの推測は、まんざらでもなかったといえそうだ。


 素人考えでは、畳の小上がりが最適な就寝場所と思いがちである。しかし、数々の廃墟における定住者による、過酷な自然との共生を踏まえた寝室場所を見てきた僕からすれば、この場所はベストに近いと、言い切ってもいい。あぁ、これなら僕でもここを選ぶだろうなと。

 まず、本来のどさん子の入り口は、道路と平行したガラスの扉であるが、現在金網によって封鎖されているので、侵入者口は、テレビゲーム筐体のあった、竹竿が格子状になった隙間である。つまり、睡眠中に万一の訪問者があった場合、入り口から一番距離があるので、対処する時間も多く残されているというわけである。

 加えて、トイレのドア面の壁、奥の洗面所の壁面、カウンターの縁面、といった具合に、三方を取り囲まれていることによる防風効果により、いくらかでも寒さを、吹きさらしよりはまだ、耐え忍びやすいといえるだろう。



廃墟ラーメン屋-27
 トイレのドアを開けてみる前に、ちょうど出入り用の小さいドアがあったので、カウンター内に入ってみることにした。



廃墟ラーメン屋-51
 よくよく見れば「どさん子へ」と書いてあった。

 創業者からフランチャイズ店のオーナーへのメッセージなのか、北海道出身者への同郷意識を込めた連帯感を呼びかけるものなのか。

 連帯感もなにも、どさん子のチェーン店は道内では少数にとどまっており、道産子の共感を呼ぶには遠く至っていないようだ。



廃墟ラーメン屋-53
 整頓もされないまま、数十年間もゴミもろとも放置されたままの、廃墟。今の日本では、こんなのが日に日に雨後の竹の子のように増え続けていっているという事実   



廃墟ラーメン屋-52
 当時のメニューを知ることができた。

 スウィーツ類を充実させ、ファミリー層にアピールをしていた様子が窺われる。



廃墟ラーメン屋-55
 カウンターにもあったが、カウンター内にも、ソフトクリームのスタンドが。

 数十年後、遺体が発見されるようなラーメン屋で、無邪気に子供がはじけるような笑顔とともに、ソフトクリームを頬張っていたとは、それ僕です、という人が仮にいたとしても、名乗りにくいことでしょう。



廃墟ラーメン屋-54
 どさん子本部からは、毎月のフランチャイズ料をむしり取られ、食肉業者からもひっきりなしに肉の請求書が届く、経営は毎月綱渡りのようだった。



廃墟ラーメン屋-57
 どさん子本部で意気揚々と講習を終え、いっちょやったるでと、前途洋々、誇らしげに掲げた、技能講習修了証が、今では虚しく油膜に覆われ黒ずみ、文字は判別できないほどに。 この証書に、一体なんの意味があったのかと・・・・・・



廃墟ラーメン屋-56
 いつもそうなのですが、無臭であることに毎回違和感を覚えてしまう。



廃墟ラーメン屋-64
 トイレのドアノブを握り、右に回す。

 無施錠だった   




つづく…

「最後の楽園、化粧室」遺体の発見された廃墟ラーメン屋に行って来たよ.4

こんな記事も読まれています