同行者のSさんが、意外にも澄んだその目を爛々と輝かせ、おもちゃをねだるような、物欲しそうな子供のような顔をして、僕にこう切り出した。
「私が仕事や友人関係のことで酷く落ち込み、思い悩み、暗い遠い目をして、日がな一日、ちっとも楽しいと思わない、スマホのゲームに明け暮れていた、無益で怠惰な生産性のない日々を送っていた、あの、毎日が子供の頃の夏休みの最終日のような、絶えず喉元に胃液がこみ上げてきては、自分でもわかる、苦みばしった顔をして、「はぁ、今日も何もしなかった。明日もきっと同じだろう。ずっと繰り返すのだろうか・・・」と、意気消沈、この生きる先に、なんの光明も見いだせずにいた、地の底で蠢いているような辛い辛いあの毎日・・・・・・」
止めてくれるなと、なおもSさんは続ける。
「とりあえず、塞ぎ込んでばかりいないで、自発的に気分を高揚させようと、図書館に行って、普段は読まない小説を借りて読んだり、NETFLIXに加入をして映画を観たり、漫画*で読み漁ったりしてみました。でもそんなのは、所詮、そこらのオタクの兄ちゃんが頭の先っぽで考えた、作り話なんですよね。想像力の底が知れているなというか。好きなだけ自由に自分の世界観を映像や紙の中に描き出すことができるのに、結局、世界救って、ちょっとお色気挟んで、最後には、お涙頂戴で、さよなら、なんてね。私小説にしたって、当時の文豪とやらのつまり文筆オタクの美化された所詮嘘日記でしょ。なんですか、最近のスターウォーズは。強引に昔の話と繋げてるだけですよ。ドキュメンタリーだって、カメラの前でカメラを意識して喋ってるんだから、当然演技入ってますよね。ホームレスのドキュメンタリーは、必ず、故郷に帰ってみたりするし。あれ、裏で監督に絶対促されてますよね。ビッグダディは、無報酬でやってるわけないですよね?ギャラくれるなら、私だってカメラの前で子供と取っ組み合いのケンカしますよ!」
Sさんの言われることには、全て賛同するわけではないが、なるほどと思わせるような、説得力があるのは確かだった。
ここからが本懐だとばかりに、語気を強め、間髪入れさせずに、彼は語り続けるのだった。
「外を歩いている時も、家でも、常に伏し目がちでいるような、そんな時に、カイラスさんのブログと出逢ったというわけなんです。横浜にある廃墟ラブホテル「トロピカル」にカイラスさんが入り込んで、まるで、ブルース・リーの映画「死亡遊戯」の塔を登って行くように、各階で様々な障害を乗り越えるという、ドキドキハラハラの冒険活劇じゃないですか。この今の世の中に、嘘偽りのない、リアルでありながら、こんなに楽しめる話があるものなのかと。霊だ怨霊だと、霊感商法みたいな虚言を撒き散らして、いい加減な演出を加えないのも、カイラスさんのいいところだと思います」
【読んでおきたい】血紋だらけの廃墟ラブホに行って来たよ.1
これぞ確信を突いたど正論だ、という陶酔感に浸っているかのように、息継ぎも忘れたかのようなSさんは、取り憑かれたように一方的に話を進める。
「私もあの背中がぞくぞくするような体験を、してみたいんです。フロントから、最上階までの、めくるめく、廃墟の帳に覆われた
それが相模湖の湖畔に、ぬぼーっと、その巨躯を晒しているというのは知っていたが、ある年から、セキュリティーシステムが強化され、潜入は困難と聞いた。果たして、どうなのだろうか。
相模湖湖畔沿いを走り、トンネルを抜けたすぐそこに、廃墟ラブホテル「ローヤル」の入り口はあった。
少し後方に待避所がありミニ観光展望所も兼ねていて数台駐められるようになっていたので、車はそこにとめた。
隙間なく、蟻一匹も通さないような、工事用のバリケードが行く手を塞いでいる。
今の日本には、いや、少子化が急激に進行中のこの日本には、これから決して誕生することのないだろう、巨大廃墟ラブホテル「ホテル ローヤル」が、そこには高くそびえていたのだ。
「時代に用済みにされ、忘れ去られようとしている、巨大墓石・・・。 ギザのピラミッドも、19世紀になってから、フランス人の考古学者によって発見されたっけか」
そう独りごちると、Sさんは恍惚の表情で遠方にそそりたつ「ホテルローヤル」をじっと見つめ続けた。
冷たい鉄製の工事用バリケードの前で、男二人、目を瞑り、呼吸を整える。鳥が囀り、風で木々が擦られ、アスファルトの上を枯れ葉が渇いた音たてながら風に吹かれて行く。
目を見開くと、障害物は立ち消え、ローヤルの玄関まで一直線の小道が、伸びていたのだ
いいおっさん二人が、リンボーダンスのように、滑らかに体躯を捻り上げながら、自然のバリケードを器用に潜り抜けて行く。
「これ、これ!スマホのガチャでデジタルデーターの水晶を手に入れるのと、死の廃墟を守らんとして、立ちはだかる自然の障害物といざ立ち向かう手に汗握るこの興奮、どちらが活力を与えてくれるかは、言わずもがなです」
こんなことで、Sさんが生きる意欲を漲らしてくれるというなら、僕のやっていることは、決して無意味ではないのだなと、続けてきて良かったなと、急激なアクセス低下や、いわれのないしつこいクレームに悩ませられながらも、人一人だけでも救うことができた、ここまでになったのだなと、第一回目の更新、二子玉川の再開発を記事に書いた、遠いあの日のことを思い出し、胸に熱くこみ上げてくるものがあった。
それにしても、のしかかられ押し潰されるような空間圧が半端ない、異様な呆れるほどのでかさである。
はやる気持ちを抑えられず、先行したSさんがすぐさま折り返して来て、痴呆のように白目を剥き出し気味で、興奮して叫ぶように言い放った。
「ありました、行けますよ、この先を中庭から攻めれば、入れそうですよ!!」
なるほど、入り口は物理的に塞がれてはいたが、湖側の中庭の先には、ひょいと行けそうな口が覗いていたのだった
つづく…
「同行者の暴走」湖畔にそそり立つ、巨大廃墟ラブホテルへ.2
なお、私こと『カイラス』によるYouTubeの『カイラスチャンネル』では動画版(湖畔の廃墟ホテル ローヤル)を御用意していますのでよろしかったら御覧ください。
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コメント
コメント一覧 (15)
いおりさん。
以前、廃墟に関する場所やその他をお伝えしたら、とんでもないことになったことがあったので、それ以降、そうすることをやめました。すみませんが、ご理解下さい。
一つ言えるのは、身軽な方でないと厳しいです。
思わず、奮い立つような、有り難い励ましのお言葉、有難うございます。
迫る学校や会社の憂鬱を忘れさせてくれるような作品を届けられるような、発信者で常々ありたいと、日々、精進しています。これからも、よろしくお願いします。
カイラスさんのブログの過去記事のほとんどを読み、更新は今か今かと期待して待っています。
日曜の夜に必ず読ませてもらって、自分も少し廃墟を冒険したような気になって憂鬱な気分を紛らわせてます
鍵預け強制は、違法だと思うので、今だったらやらないでしょうね。小樽のビジネスホテルでは、埋まった駐車場内移動のために、預けさせられましたが。
ラブホテルはあきらかに衰退産業なのに、なおも続けるということは、郊外の土地の有効利用が、思いつかないのでしょうね。
僕も廃墟でなく、営業中に、ここを利用してみたかったです。昔の万博の中東あたりのパビリオンっぽいですよね。
>ゆっくりと昇るエレベーターで部屋まで行きました。かなり豪華な部屋でした
古い高層市営団地とか、やたらエレベーターが遅いんですが、きっと、エレベーターにはあまり予算をかけられなかったのでしょう。そのぶん、部屋には贅を尽くしたと。
>白黒のビデオカメラがあり、ベッドの様子が撮影できたのですが
昔、消し忘れ流失とか、ありましたね。盗撮より前の時代。先駆者的な存在にならなくて、良かったのではないでしょうか。
>何故か朝食は最上階で普通のホテルみたいに食べるのですが、彼女が嫌だというので
朝食は食べずに帰ったんです
疑問がちょっと解けました。建物の上に中華レストランの看板があるんですが、ラブホテルでレストラン?ホテルによっては顔をあわせないフロントだってあるのに、客同士顔を突き合わせて食事なんかしないよねと、話し合ってました。オーナーはきっと、若者に新しい性のライフスタイルを提示したかったのかもしれません。その感覚のズレもあり、あんなことになったのかなと。
>一度しか行かなかったんですけどね
夜の相模湖って、別に何も見えないし、なるべくしてなった、廃墟のようですね。
前述したラブホテルですが、本庄市のロイヤルと言うラブホテルで、解体されてfと言うラブホテルとして営業中みたいです。
北海道は旭川にも鍵を預けるホテルありました。
僕の知る限りではそのホテルだけです。
朝食がそう言う形式なら僕も抵抗あるかな。
部屋のカギを渡される時に車のカギも預けなければならなかったのを覚えています。
ゆっくりと昇るエレベーターで部屋まで行きました。かなり豪華な部屋でした。
白黒のビデオカメラがあり、ベッドの様子が撮影できたのですが、本当に消してもらえるのか?
判らなかったので撮るのはやめました。
何故か朝食は最上階で普通のホテルみたいに食べるのですが、彼女が嫌だというので
朝食は食べずに帰ったんです。一度しか行かなかったんですけどね。
これはとてつもない、壮大で無駄であった、建築物みたいですね。
>17号沿いに、外観は違えど、硝子という硝子が全て割られた高層ラブホテルがありました
管理意識の薄いバイオレンスな、廃墟探索には好都合の時代があったんですね。
>後でネットで調べたら、このホテルがヒットして、身元不明遺体が発見されたとありました
セキュリティーの強化は、それが原因大でしょうか。管理管理の、世知辛い世の中になってしまったもんです。
>不思議とここの前を通る度に寒気がして鳥肌が出たのを覚えています
湖畔沿いに、この巨大墓石みたいな廃墟ですから、その独特の空気感、わかります。
好みの個別記事まであるなんて、作者冥利に尽きます。ありがとうございます。
お兄さんのは、フラットステップのマジェスティSですね。実は、僕にお金の余裕があるなら、今一番欲しいバイクです。PCX150は盗まれやすいし、最近出たホンダとヤマハの250ccは、街中ではデカすぎる。マジェスティSはバランスが良いです。僕のイタリア製のスクーターなんて、実用的じゃないですから、廃墟の手前で、いつエンジンストップするかわかりません。
>ここのホテル他の方の記事も難攻不落な感じですよね
言われる通り、その証左みたいなものがありました。
>表とは裏腹な世界を知る事ができるので、これからもインスタ逆映えな記事期待しています
これからも、幸せそうな裏側に潜む、闇の部分にフォーカスしていきたいと思います。
昔関東は埼玉、群馬付近を車中泊やホテルに泊まりながら彷徨いた時期がありましたが、17号沿いに、外観は違えど、硝子という硝子が全て割られた高層ラブホテルがありました。
後でネットで調べたら、このホテルがヒットして、身元不明遺体が発見されたとありました。
不思議とここの前を通る度に寒気がして鳥肌が出たのを覚えています。
ここのホテル他の方の記事も難攻不落な感じですよね。表とは裏腹な世界を知る事ができるので、これからもインスタ逆映えな記事期待しています。