相模湖-354
 同行者のSさんが、意外にも澄んだその目を爛々と輝かせ、おもちゃをねだるような、物欲しそうな子供のような顔をして、僕にこう切り出した。

「私が仕事や友人関係のことで酷く落ち込み、思い悩み、暗い遠い目をして、日がな一日、ちっとも楽しいと思わない、スマホのゲームに明け暮れていた、無益で怠惰な生産性のない日々を送っていた、あの、毎日が子供の頃の夏休みの最終日のような、絶えず喉元に胃液がこみ上げてきては、自分でもわかる、苦みばしった顔をして、「はぁ、今日も何もしなかった。明日もきっと同じだろう。ずっと繰り返すのだろうか・・・」と、意気消沈、この生きる先に、なんの光明も見いだせずにいた、地の底で蠢いているような辛い辛いあの毎日・・・・・・」

 止めてくれるなと、なおもSさんは続ける。

「とりあえず、塞ぎ込んでばかりいないで、自発的に気分を高揚させようと、図書館に行って、普段は読まない小説を借りて読んだり、NETFLIXに加入をして映画を観たり、漫画*で読み漁ったりしてみました。でもそんなのは、所詮、そこらのオタクの兄ちゃんが頭の先っぽで考えた、作り話なんですよね。想像力の底が知れているなというか。好きなだけ自由に自分の世界観を映像や紙の中に描き出すことができるのに、結局、世界救って、ちょっとお色気挟んで、最後には、お涙頂戴で、さよなら、なんてね。私小説にしたって、当時の文豪とやらのつまり文筆オタクの美化された所詮嘘日記でしょ。なんですか、最近のスターウォーズは。強引に昔の話と繋げてるだけですよ。ドキュメンタリーだって、カメラの前でカメラを意識して喋ってるんだから、当然演技入ってますよね。ホームレスのドキュメンタリーは、必ず、故郷に帰ってみたりするし。あれ、裏で監督に絶対促されてますよね。ビッグダディは、無報酬でやってるわけないですよね?ギャラくれるなら、私だってカメラの前で子供と取っ組み合いのケンカしますよ!」

 Sさんの言われることには、全て賛同するわけではないが、なるほどと思わせるような、説得力があるのは確かだった。

 ここからが本懐だとばかりに、語気を強め、間髪入れさせずに、彼は語り続けるのだった。

「外を歩いている時も、家でも、常に伏し目がちでいるような、そんな時に、カイラスさんのブログと出逢ったというわけなんです。横浜にある廃墟ラブホテル「トロピカル」にカイラスさんが入り込んで、まるで、ブルース・リーの映画「死亡遊戯」の塔を登って行くように、各階で様々な障害を乗り越えるという、ドキドキハラハラの冒険活劇じゃないですか。この今の世の中に、嘘偽りのない、リアルでありながら、こんなに楽しめる話があるものなのかと。霊だ怨霊だと、霊感商法みたいな虚言を撒き散らして、いい加減な演出を加えないのも、カイラスさんのいいところだと思います」

【読んでおきたい】血紋だらけの廃墟ラブホに行って来たよ.1

 これぞ確信を突いたど正論だ、という陶酔感に浸っているかのように、息継ぎも忘れたかのようなSさんは、取り憑かれたように一方的に話を進める。

「私もあの背中がぞくぞくするような体験を、してみたいんです。フロントから、最上階までの、めくるめく、廃墟の帳に覆われた  次に何が出るやもしれない  ダークなファンタジーの世界観を、この現実の世界で、味わってみたいんです。調べましたよ、廃墟ラブホテル「ローヤル」、行きましょうよ!」

 それが相模湖の湖畔に、ぬぼーっと、その巨躯を晒しているというのは知っていたが、ある年から、セキュリティーシステムが強化され、潜入は困難と聞いた。果たして、どうなのだろうか。



相模湖-355
 相模湖湖畔沿いを走り、トンネルを抜けたすぐそこに、廃墟ラブホテル「ローヤル」の入り口はあった。

 少し後方に待避所がありミニ観光展望所も兼ねていて数台駐められるようになっていたので、車はそこにとめた。

 隙間なく、蟻一匹も通さないような、工事用のバリケードが行く手を塞いでいる。

 今の日本には、いや、少子化が急激に進行中のこの日本には、これから決して誕生することのないだろう、巨大廃墟ラブホテル「ホテル ローヤル」が、そこには高くそびえていたのだ。

「時代に用済みにされ、忘れ去られようとしている、巨大墓石・・・。 ギザのピラミッドも、19世紀になってから、フランス人の考古学者によって発見されたっけか」

 そう独りごちると、Sさんは恍惚の表情で遠方にそそりたつ「ホテルローヤル」をじっと見つめ続けた。



相模湖-353
 冷たい鉄製の工事用バリケードの前で、男二人、目を瞑り、呼吸を整える。鳥が囀り、風で木々が擦られ、アスファルトの上を枯れ葉が渇いた音たてながら風に吹かれて行く。

 目を見開くと、障害物は立ち消え、ローヤルの玄関まで一直線の小道が、伸びていたのだ   



相模湖-351
 いいおっさん二人が、リンボーダンスのように、滑らかに体躯を捻り上げながら、自然のバリケードを器用に潜り抜けて行く。
 
「これ、これ!スマホのガチャでデジタルデーターの水晶を手に入れるのと、死の廃墟を守らんとして、立ちはだかる自然の障害物といざ立ち向かう手に汗握るこの興奮、どちらが活力を与えてくれるかは、言わずもがなです」

 こんなことで、Sさんが生きる意欲を漲らしてくれるというなら、僕のやっていることは、決して無意味ではないのだなと、続けてきて良かったなと、急激なアクセス低下や、いわれのないしつこいクレームに悩ませられながらも、人一人だけでも救うことができた、ここまでになったのだなと、第一回目の更新、二子玉川の再開発を記事に書いた、遠いあの日のことを思い出し、胸に熱くこみ上げてくるものがあった。



相模湖-352
 それにしても、のしかかられ押し潰されるような空間圧が半端ない、異様な呆れるほどのでかさである。

 はやる気持ちを抑えられず、先行したSさんがすぐさま折り返して来て、痴呆のように白目を剥き出し気味で、興奮して叫ぶように言い放った。

「ありました、行けますよ、この先を中庭から攻めれば、入れそうですよ!!」

 なるほど、入り口は物理的に塞がれてはいたが、湖側の中庭の先には、ひょいと行けそうな口が覗いていたのだった   
 



つづく…

「同行者の暴走」湖畔にそそり立つ、巨大廃墟ラブホテルへ.2

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