家主の家-31
 誰がそう呼んだか、東京都杉並区のややもすればとある森に密かに封印され秘されていた、大都会の秘境、青年家主の空き家群落   

 

家主の家-52
 青年家主の勉強机の  心の中で手を合わせ”しのびない”と思いながらも、空き家群落地上からの消滅を間近に控え、彼の謎に包まれた生涯の解明に少しでもお役に立てられたならとの強い思いから、若干二秒ほどの躊躇はあったものの、意を決して  引き出しを手前に引いて開けてみた。

 このまま放おっておけば、数ヶ月もしないうちに、この机は元より、家主部屋・・・いや、この家全体が、解体業者によって、無残に取り壊されることになるのは確実である。

 数多い再探索を望む声に後押しされ、二度に及ぶことになった、青年家主廃屋の徹底解明の、何がどう責められるところがあるというのだろうか。

 誰にも求められることなく、おっかなびっくりにグリュック王国に忍び込んでいたあの頃とはもう違うだろう。今では、図書館にまで行って調べ物をしてまで、協力を惜しまない方々が一部にはいる。多くの信任を得たのも同然だろうと、なのに指先は小刻みに震えながら、引き出しが外れる目一杯まで、引き出してみた。

 入っていたのは、現像済みのフィルムの束。

 青年家主の青春時代の面影が、この小さな器ともいうべき引き出しに閉じ込められていたのだ。こんな物、どこの誰が置いたままにしていくだろうか。やはり、ここを去った理由は、不可抗力であったのだろうか。

 掘れば掘るほどに、謎は深まっていくばかりであった   



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夫婦岩前での男達

 これは有名な三重県伊勢市にある二見興玉神社の夫婦岩だろうか。

 学生時代は、硬派でバンカラな気風で押し通した家主。恋愛より男と男の友情を  大学生になってまでも  優先するとは、今日日そうお目にかかれるものではない。こういう付き合いは一生ものであるはずだが、手前の四人はご顕在でいられるのだろうか。

 このような発掘活動をしていて常々思うのが、意外や意外名乗り出て来ないものだなということ。以前、炭鉱近くにあった落書きだらけのアパートの記事を公開した際、元住人が「この部屋に住んでました」というのはあったが、それ以外は、梨の礫である。そこそこ読んでくれていると思ったが、まだまだ頑張らないといけないということなのだろう。

【併せて読みたい】廃屋、ジョージ交流館.1



家主の家-47
毎日夫人

 すわ、学生結婚か、と思うのは早計。若くして結婚をした家主が妻のため雑誌を買い与えていたのでは?とつい早とちりしてしまいがちだが、この「毎日夫人」は、毎日新聞の日曜版に付いてきたものらしい。つまり毎日新聞を購読していると、独身だろうが否が応でも、手元の残るというわけである。



家主の家-48
民主青年新聞 1月10日(1968年)号外 <定価一部2円> 発行所 日本民主青年同盟
 
 一部2円、安っ!というか、ペラ紙一枚で金とるのかよ!

 青年家主の政治的背景の一端が顔を覗かせる。

 日本民主青年同盟とは、共産党の下部組織。1969年頃の全共闘運動、大学紛争の時には、当時の反代々木派学生や新左翼諸セクトを「トロツキスト」と批判し激しく対立。ゲバルト棒で武装した民青の防衛部隊は「あかつき行動隊」と呼ばれ、数百の部隊で数千の全共闘を圧倒することもあったという。
 


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祭りに浮かれ、チークを施す

 となると、この男女混合メンバーは、日本民主青年同盟の人達なのであろうか。今までの家主史ではお目にかかれなかったような、かなり目を引く垢抜けた美人のメンバーも複数いる。ゼミの紅一点の地味な彼女とはえらく違うようだ。



家主の家-54
 本棚の横の襖を開けてみる。以前は光が全く差し込まずに真っ暗だった。

 青年家主の寝室のようである。もしくは、捨ててあるメッツのペットボトルが比較的新しいので、ホームレスの寝床化していた可能性もある。



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横並びで

 黄色のチェック柄のジャケットを羽織っていた彼が今はカメラを撮らされている。

 政治思想の同じ仲間が集まり、やがて、日本民主青年同盟に参加していったのだろうか。これだけの材料だけでは、なんとも言い難い。


 これより、青年家主の核心部分に触れる残留物に手をつけることになる。

 後方の本棚にある朝鮮人参酒の箱を、開けようかと、手を水平に伸ばしてみた   
 



つづく…

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