尺別牧場炭住-12
 階段踏面に散らばるコンクリートの砕片を踏みしだきながら、一段一段、上へ。想定外の大きさの砕片を踏み体の安定性を失うと、姿勢を保とうとして、体の重心からの鉛直線のずれを垂直に修正しようと、荷重の掛かっている脚と逆の脚を、下段突き払いのようにして、まぁ真横、若干斜め前方向に出し、平衡性を保つように努める。



尺別牧場炭住-20
 ほどなくして、数少ない残された尺別炭住の二棟のうちの一つ、コンクリート壁面の方の二階へと到着。



尺別牧場炭住-17
 絵のような風景の自然はますます深まっていき、色づいていくというのに、それを飾る額だけが、経年劣化とともに、やがて崩れ落ちていき、しまいには消えてなくなるという、無常さに、言葉も出ない   



尺別牧場炭住-25.m
 いちいちモザイクをかけるのももう面倒になってきた。この車公にする時期に来ているのかもしれない。

 廃墟巡りをするにあたり、最適な車は何であるのかと、三日ぐらい寝ずに近い形で、熟考に熟考を重ねた時期があった。

 まだ見ぬ廃屋と巡りあうために、飛び込みで得体の知れない林道や獣道にへ入って行くこともあるだろうから、車幅は狭い方がいいのは当然だ。日本の林道は大概がとても狭く、いくら四駆性能が高かろうと、ランクルやパジェロなどもっての外。エクストレイルでさえ、僕の経験上、とてもデカく感じてしまうのだ。

 車を買おうと、車種選びをしていた時は、懐具合に余裕があったので、当初は、スバルのフォレスターのターボ付きがいいだろうと、第一候補に上げていた。

 僕は高校に入ってすぐ免許を取り、原付きスクーターで林道をよく駆け巡ったりしていた。時には荒れた林道で、スクーターを根性で抱きかかえて岩の段差を乗り越えたこともあった。山の中で迷って方向を見失い、見当もつかず棒立ちになっていたところ、オフロードバイクに乗ったお兄さんが偶然にも通りかかったので助けを求めたら「君、こんなスクーターでココまでどうやって来たの・・・」と、絶句され、息をゴクリと呑みこんだまま(相手が)一分半ぐらい見つめ合ったという、おそらく、僕がやばそうな奴なので、無視して逃げてしまおうと、考えを巡らしていたに違いない。結局、彼は懇切丁寧に、最短で行ける林道の出口の道を教えてくれはしたが。

 スクーターでさえ、そうなのだから、車なんて、小さければ小さい方がいい。車中泊が出来て、荷物をたくさん積みたい。となると、軽自動車の1BOX車がいいだろう。年末になれば、ヤマト運輸に持ち込みをして、お歳暮のバイトも出来そうだと。

 ということで、まず、ダイハツのアトレーを購入した。軽の1BOX、ワゴンタイプ。北海道まで下道で走るのはしんどい。少しでも助けになればと、ターボ付き。岩山を乗り越えるまではしないが、あるには越したことないので、4WD付き。

 これが、とても遅かった。軽自動車にターボが付いていても、ここまで走らないものなのかと。高速の追い越し車線でベタ踏みしたら、『スカッ』と空気圧の抜ける音がしただけで、景色はとまっているかのようだった。

 知り合いのいる名古屋にそのアトレーで行ったところ、途中、座席シートが焼けるように熱くなり、発熱してんのか?と点検をしてみたら、この時、運転席の真下にエンジンが収められていることを初めて知る。軽の1BOX車てそういうことなのかと。フロントノーズが無く、見切りが良いのは  一般普通車ならエンジンは運転席の前の張り出しているノーズの部分にあるが  軽の1BOX車は、運転席の下にエンジンがあるからだ。座席シートに断熱材がかましてあったが、そんなのは焼け石に水であった。トヨタのハイエースも作りは全く同じ。

 町廻りだけならそれでもいいが、長距離移動とはいえ真冬だったのに、ケツが熱っあつになってしまうとは、僕の必要とする実用に堪えられるもんじゃない。

 新車で買ったアトレーターボを、一ヶ月もしないうちに、買い換える必要に迫られることになった。

 ジムニーにしたいのは山々だったが、いかんせん軽自動車なので遅い。ボディは全く同じで「シエラ」という普通車のジムニーも存在するが、これがまた輪をかけて遅い。ターボをブーストアップをしたライトチューン仕様の軽自動車のジムニーの方がまだ速いぐらいだろう。

 フルモデルチェンジをしたジムニーが大人気ですが、試乗のレビューを読むと、前のモデルより遅くなっているとの指摘を多く見る。絶対スピードを必要とされない車種とはいえ、たいして四駆性能を求めない人がお洒落で買ったりすると、鈍重、燃費の悪さなどに、後々後悔をするはめになるでしょう。

 そこそこの4WD性能、コンパクトな車体、まあまあの動力性能、車中泊可、そんな理想の車種、ないのかなと、各社のカタログを読み漁ってみたところ、『こんな車、知らなかった。あったんだ・・・』というような、僕の希望するスペックにぴったりの車と巡りあうことになった。超不人気車なので、中古の値段もいい具合にこなれていた。



尺別牧場炭住-25
 ダイハツ「テリオス」のOEM車、トヨタの「キャミ」のターボ4WD。ワンオーナー車の中古で、オプションがてんこ盛りで付いてきた。

 ダイハツの軽SUV「テリオスキッド」のボディの荷室部を少しだけ延長して、今時のダウンサイジングターボではなく、軽のボディに普通車のハイパワーターボ付エンジン(1300cc)を搭載した、ホットバージョン的位置づけ。

 見た目軽自動車ながら、普通のエンジンの2000ccクラスワゴンのノアやボクシー、セダンよりも、余裕で速いし、当時のスイスポより馬力があるので、まっすぐだけなら、このキャミターボの方が速い。今のスイスポには負けると思いますが。

 ターボのブースト圧をあげるために、古典的な貧乏チューンとして知られる、金魚鉢のエア調整に使うツマミも自分で取りけ、ブーストアップ。バックタービン化も。オートマのシフトパターンが全然引っ張らない設定なのでハイパワーのエンジン性能を持て余しているため、電子スロコン追加で調整するなど、長距離でもストレスの溜まらない仕様とした。

 後部座席の座面を外してシートアレンジの調整すると、ほぼフルフラットにもなる。旅行中は、助手席側を車中泊用のベッドとして固定仕様とする。道の駅で深夜に地方のヤンキー達に襲撃を受けた場合、すくっと起き、すぐさま助手席のベッドスペースから運転席側へと飛び移り、即座にに車を発車させ、逃げ出すことが可能。

 ジムニーほどではないが、意外にもこのキャミは、最近のなんちゃって4WD車種と違い、四駆性能は高い。泥沼で空転してしまい抜け出せなくなってしまった時は、センターデフロック機能が装備してあるのでONにすると、四輪の動力が直結されるので、ひとつの車輪だけがスリップしている状態の三倍増しとなり、脱出も容易となる。

 このキャミターボ、ここ数年、自分以外に乗っている人を見たことがない。富裕層向けの車種でもないのに、時代に逆行をした多少過激な性能なので、燃費が悪いと、敬遠されるのでしょう。



尺別牧場炭住-18
 この車が無かったら、こんな山奥の廃墟炭住まで、やって来なかっただろう。

 人里離れた過酷な自然環境ゆえ、定住者の心配もない。他に車を見ないので、見回すことの出来る半径数百キロ、僕しかいないのではないかと思うと、口元もおのずと締まりがなくなってくる。



尺別牧場炭住-23
 こんな小窓が、流入経路に。中も外も、埋め尽くされ、やがて、飲み込まれてゆくのでしょう。



尺別牧場炭住-19
 打ち砕かれた、和式便所。これも立派な水洗です。



尺別牧場炭住-22
 板一枚の上で、踏ん張っているんですね。



尺別牧場炭住-29
TOYO TOKI

 東洋陶器とは、現在の「TOTO」の創業当時の社名。

 このマークは資料によると、1928年から1961年(昭和3年から昭和36年)のものらしい。



尺別牧場炭住-30
 当時の残留物がほとんと残されていない中、偶然にもこのサンダルを発見。

 右手で掴み、持ち上げ、胸に押し当て、遠い昔に思いを馳せてみる。

 石炭で真っ黒に汚れた作業服をお母さんが、ゴシゴシと、来る日も来る日も毎日、手洗いしていたのでしょう。
 


尺別牧場炭住-28
 そうして誘導されるようにして、ある壁の前に立った時、そこで見た子供たちの残していってくれた痕跡に、それは僕にとってもあまりにも懐かしく、これこれ! 俺もやったよなと、愛しくて、膝から崩れ落ちんばかりに、暫くの間、男がたった一人、薄暗い廃墟の一室にて、上を見上げたまま、のしかかる月日の重みに、立ち上がれないほど、打ちのめされることとなった   




つづく…

「少年が残した夢の壁」牧場に取り残された廃墟炭住アパート.3

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