7
 想いを重ねるほど胸掻きむしられるほどに愛しい、雲の上の天使のような憧れのスーパーアイドル「南野陽子」と、眠りに落ちるまでのひと時、そして、夢空間でさえ、一緒にいられたらどんなに幸せかと、決して裕福でなかっただろう家のなけなしのお小遣いから工面した僅かばかりの硬貨を汗混じりに固く握りしめて、一時の恥を忍び、女子小中学生が群がる地元の半分自宅のような侘しいファンシーショップで買い求めた、まるで話しかけてくれているようであり、荒んだ心を癒やして包み込んでくれるような彼女の極上の笑顔がたまらないポスターを、仰臥の状態からお互いに”しっとり”と見つめあえるようにと、恥も外聞もなく、枕元の真上の天井に堂々と貼り付けた、思春期真っ盛りの部屋主の少年。

 その南野陽子のポスターも、今では、内地から来た飛び込みの廃屋好き侵入者の僕を、まるで敬礼をしてお出迎えでもしてくれているような、湿気によりベロンと剥がれ落ちて垂れ下がり、僕と向き合って微笑んで、僕がそっとまぶたを閉じ爪先立ちをしようものなら、キスも届こうかという位置に、その姿を留めていたのであった。



11
 気になっていた下駄のお土産品は、狩勝峠でのもの。「643M」との表記がある。

 通行手形だったり、義経と弁慶が対決をした五条大橋の記念品ならまだしも、狩勝峠で下駄の意味がまるでよくわからない。部屋の目立つ所にぶら下げるぐらい本人が気に入っていたのなら、僕が文句を言う筋合いはないのだろうけど。

 一番左は、今は亡き「本田美奈子」さん。申し訳程度ではあったが、しめやかに、軽く黙礼をすることを忘れなかった、腐ってもアイドルファン歴の結構長い、僕であった。本田美奈子さんのファンではなかったですが。

 北の大地の僻地の廃屋の二階でいい年をした大の大人がたったひとりで、何をやっているのかと、情けなくもなり、目頭も若干潤まずにはいられなかった。この顛末をブログで発表することが決まっていたなら、大げさに言えば、これは仕事なんだとまだ割り切れるが、この当時は個人の完全な趣味としてやっていたので、これだと、田舎町で不法侵入を犯して、廃屋の二階の女性アイドルピンナップの前でただ泣いている、気味の悪いおっさんでしかない。確固とした目的意識が芽生えた現在、その発表の場を築くことのできた今、本当に、良かったな、おまえ、救われたな、と、ひしひしと胸に迫ってくるものを感じずにはいられない、今   

 人気が下降していく時に、何を思ったか、ロックバンド「MINAKO with WILD CATS」を結成。アイドルとして同時期ぐらいにデビューをした菊池桃子の「ラ・ムー」に触発されてしまったのだろうか。勿論、本人ではなく、社長やプロデューサーが。本田美奈子は歌も踊りも上手ではあったが、唐突にロックバンドといわれても、会社からやらされてる感が強いのは否めなく、何かのメッセージ性があるわけでもなく、従来からのファンには引くに引かれ、菊池桃子同様、後年、語られること無い、封印された歴史となってしまった。

 本田美奈子の横が西村知美。現在、この並びの中では一番の成功者でしょう。中山美穂に、吹けもしないサクソフォンを手にポーズをとる荻野目洋子。わらべのポスターは見切れではなくピンで、萩本かなえこと「倉沢淳美」だった。



15
 今でも週刊プレイボーイは、アイドルから言わせるとグラビア仕事の最高峰のようなので、この山をみただけでも、どれだけ彼がアイドル道に傾倒をしていたかがよくうかがわれる。

 性欲を単純に一次的に処理をするエロ本を選んだのでは無かった。青春を捧げた、グラビアページ、可愛いという憧憬の念と神聖さを併せ持つ美意識、甘酸っぱい憧れと夢で満たされた希望が入り混じった、純粋なアイドル道への耽美。

 中頃にある中途半端な内容の政治記事などには目もくれず、ただひたすらに、こんな眩しいクラスメートが横にいてくれたなら、どんなにか俺、頑張れることかと、文字通り擦り切れるまで、グラビアページに目を通し、時には、二流タレントのヌードページに浮気をしながらも、やっぱりこの天使のような笑顔よ、ヌードなんかやるのは、所詮ちょいブス年増の無名タレント、つまるところ、顔と性格と新鮮さなんだよと、人気という"箔"も絶対に必要、同程度の若干ブス気味なのが二人いたら、誰でも、おニャン子クラブ所属の方を選ぶだろ? 人気アイドルのページに戻っては、東京で就職をして、アイドルと絶対つきあうよ、いや、マネージャーでもいい。CMのスポンサーの広報部に入って、俺が選ぶ方になったろか・・・


12
 注意深く見てみたところ、帯状の、二股のアンテナのようなものが柱を這っていた。東京のラジオ局が発する、アイドルの深夜放送ラジオ、愛しのアイドルの甘い囁きを、何よりも楽しみにしていたに違いなかったことだろう。

 彼のベッドの枕元に視線をやると、これまた、筆舌に尽くしがたい奇妙な光景が辺り一帯にひろがっていたのであった   




つづく…

「20年間アイドル少年」廃屋、80'sアイドルファンの館.5

こんな記事も読まれています