相模湖-337
 倒木をすり抜けた際に木とこ擦れてジャケットに付いた木くずを僕が手で振り払っていると、もう待っていられないとばかりに、牧場に放たれた仔山羊のように、交互に高く上がる膝は腰上以上、フルパワーで元気一杯、踊り跳ねるようにして、ローヤル正面前の広場へと猛然と駆けて行った、同行者のSさん。

 そして、両腕を下におろして控えめに掌だけを外側に反らし飛行機の羽のようにして飛行するかのように、旋回をするような緩い放物線を地面に描きながら、Sさんは軽快に廃墟ホテル前の広場を悠然と駆け回った。まるで子供のように。

 よっぽど、楽しくて仕方がないのだろう。

 青森のねぶた祭りを観に行った時のこと。祭りの準備は整いつつあり、踊り手も、さぁそろそろだなと、身構えていた直前の時、自分を抑えられなくなったのか、あるひとりのお爺さんが踊り手の隊列から飛び出し、まだ山車や音楽が無いままに、観衆の前で勝手にひとりで踊りだしたのを目撃したことがある。そのお爺さんは大喝采の拍手を浴びていた。その馴れた仕草から、毎年そうやっていそうにも思われた。僕は子供心に『我慢できなかったんだろうな、子供のような人だ』と、運動会を明日にして庭でかけっこを繰り返す孫を見て幸せそうな笑顔を浮かべるお爺さんのように、僕はそのお爺さんをいたわるようにして遠目から優しく見つめていた。

 Sさんも、眼前の祭りを前にして、心も躍動して、いつかのねぶた祭りの子供みたいなお爺さんのように、飛び跳ねてしまっているに違いない。

 僕は、土煙をたてながら飛び回るSさんの飛行機を、しばらくの間眺めてみることにした。



相模湖-350
 「薬膳料理 天湖」とある。

 いかにも女性客をターゲットにしたようなレストランだが、ラブホ内でスレトラン? その無神経な発想には疑問を抱かずにはいられなかった。いや、先進的なオーナーが、従来の淫猥なラブホテルのイメージを変えるために、客同士人目を忍ぶような作りを改めて、オープンにしようと、新感覚のコンセプトのラブホテルを打ち出したのではないだろうか。

 ただ、コメント欄に寄せられた当時の宿泊者の証言によると、夕食もさることながら、朝食に至ってはホテル内レストランで強制だったこともあり、連れの彼女は、強い拒否反応を示したそうだ。

 そのコンセプトは、幅広くは受け入れられなかったようです。



相模湖-336
 肩をすくめて、ペンギンみたいにして控えめだったSさんの自走飛行機は、今見ると、開かれた両腕はほぼ水平となり、今度は大きな八の字を地面に書いて広場をまだ飛ぶように駆け続けていた。

 無防備な姿を見せ続ける、Sさん。僕に余程の信頼を置いてくれているのだろうか。



相模湖-341
 やり切ったらしいSさんが僕の傍らに来た。

 額には霧吹きで吹いたような汗。

 溺れているような激しい口呼吸をしている。

 彼は少しして息を整えると、下から睨みつけるような見ようによっては鋭い目つきで、こう言ってみせた。それは僕に考えを促すような、えらく挑発的な態度にも感じられた。

「一階が塞がっているなら、二階の空いた窓から入れそうですよね?」
 
 こんなふてぶてしいSさんの顔をみたのは、一緒に廃墟探索をするようになってから初めてのことだった。

 守りに入っているとでもみる師匠格である僕を、歯痒くでも思っているのだろうか。

 あまりにも気持ちが先行して、彼は暴走しかかっている、僕にはそう思えてならなかった。



相模湖-338
 これは子供の遊びでは決してない。毅然とした判断を彼に示さなければならないと、そう思っていた時、いつの間にか建物の裏手に回っていたSさんによる、空気を切り裂くような甲高い叫び声が辺りに響き渡った。


「カイラスさん!マジこれ、見てくださいよ!!」     
 
 


つづく…

「開かれた鉄扉」湖畔にそそり立つ、巨大廃墟ラブホテルへ.3

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