津久井-71
 金光教における”お結界”とは。

 ご神前の向かって右に、衝立で仕切られた「お取次ぎの座」という座卓がある。そこには原則的に教会長が座る。信者はお取次ぎの座で教会長と向き合い、人生の苦難を話し、あらゆる希望をお願いするのだという。

 ハリウッド映画でよくみる、カトリック教会で信者が神父にロッカーのような狭い小部屋の中で罪を告白するあの行為の、金光教版といったところなのだろうか。



津久井-68
 これがその”お結界”。

 教会長が座っていた、さぞふかふかだったろう座布団には砂埃がまんべんなく積り、くったりと沈み込みがち。机や箱などの表層も、指でなぞってみれば、一筋の軌跡とともに糠のような土が人差し指にこびりつく。



津久井-59
 印刷所から今日持ってきたような勧誘のパンフレット類なども置かれたまま。

 ある日突然、何が起きたか。



津久井-60
「神人の道」を一人ひとりの生活に (神人あいよかけよの生活運動パンフレットⅢ)

 ロードバイクに乗ったモルモン教の男二人組からはなぜかよく声をかけられる。きっと、僕の風貌に、勧誘手引書にあるチェックポイント事項が、ことごとく、どはまりしてしまっているからにに違いないからだろう。

 金光教の人には、そういうのをされたことがない。だからといって信者獲得は必須であり、このような教会を建てて、近所の人を集めていたと思われるが、カリスマ神父を失うと、存続が困難な体制は、考慮検討の余地がありそうだ。



津久井-72
 屏風があって、垂れ幕がよじれていたので・・・



津久井-76
 解きほぐしてみました。

 なるほど、もうわかった。

 真夏の熱い、宗教代理戦争   

 金光教の高校にそのイメージは無かったですが、出場していたようです。
 


津久井-75
第81回選抜高校野球大会 阪神甲子園球場 2009

 封を切っていないペナントもあった。

 金光大阪高校は一回戦目で倉敷工に10対11で惜敗。

 優勝は決勝で報徳学園を4対1で下した長崎県立清峰高等学校。ほぼ記憶に無い。松坂大輔並に目立った人でもいないと、大抵僕みたいな感想になることでしょう。早実の二宮でさえ、忘れかけていて、ネットで調べて思い出したぐらいです。



津久井-78
御取次成就信心生活運動

  願 い

頂く信心から生み出す信心へ

一、天地書附を体して

一、生活の真実を
  丁寧に親切に愛をもって語り

一、金光大神の道をたてぬこう


 特に興味は無いけれど、暇だったこともあり、全文を囁くように唱えてみた。

 一本道路を隔てた対面の家の人がじっとこちらを窺っている。いや、車を出そうとして、そのついでを利用して、控えめに僕を観察しようという魂胆か。不自然に暖機運転の時間がかかっていると思うのは僕の考え過ぎだろうか。

 資料撮影といった佇まいを崩さずに、常に落ち着き払った所作で振る舞うことを心がけるのは、街中廃墟探索の基本中の基本である。


 生活運動の張り紙の横の破れた障子紙の枡の目を覗くと、息も絶え絶えになった、生活形態を僅かに残す、住居部の、光が仄かに輪郭部を照らし浮かび上がる瓦礫の縁部、背筋を冷たい汗が一筋、霊的な荘厳ささえ感じる、暗闇で幻惑をするぼうっと発光するような枯れた堆積の山に、暫くの間、我を忘れ、見惚れ続けることになった   


 
 
つづく…

「お結界裏の廃住居へ」金光教の廃墟宗教施設を発見したよ.4

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