田浦-32
 多くのエロ本を隠し持っていた少年の部屋や応接間はそんなに崩れてはいなかった。

 しかし、廊下を行った先の台所と、台所に隣接する続きの数部屋は、屋根の崩落をきっかけにして、情け容赦ない被害を被っていた。

 首を傾げる。

 ひとつ屋根の下、崩壊の度合いにここまで歴然とした差が出るものだろうか。

 戸惑いをもっと強調するべく、右手の親指と人差し指で下顎をつまみ『何故に?』のポーズをつくり、廃村の静寂の中でただひとり、深い思慮に駆られる自分を演じてみた。

 同時に耳を澄ましてみたが、僕の鼓動と風切り音以外は何ひとつ聞こえて来なかった。



田浦-35
 僕の廃墟でのお楽しみの一つ、冷蔵庫という名の、主婦のタイムカプセル。

 場合によっては、バターが入っていたりするが、ここのお母さんはきちんとした人だった様子。



田浦-31
自己に 挑戦

こそ人生、
 勝利の道
    なれ

 平成七年二月二十四日

山口宗典ちゃん


 台所の流しのシンクの横、調理台に置かれていた、土埃のたっぷり積もった色紙。

 宗くんに色紙を贈った人は田浦の町会議員とかだろうか。
 
 翌月にはオウムのサリン事件があった年。

 廃村にさまざな思い出を置いていってくれた彼は、人生の勝利者となったのか、機会があれば、一席を設けて、酒でも酌み交わし、じっくりと話をしてみたいものである。



田浦-33
 台所の片隅に積んであった雑誌「丸」。勉強部屋につづき、ここにも中学生か高校生ながら早熟な、右傾化の兆しがみられる雑誌。

 「丸」とは、軍艦や戦車、戦記などが掲載されている雑誌。時代が違っていれば、ネトウヨ少年になっていた可能性が大だ。

 いや、そういう極端な右寄りのイデオロギーに陶酔しているのではなく、兵器とは、血の通っていない機械でありながら、お国のために尽くすという国民の意思が籠もった人間臭い鉄の塊。身を挺して戦うその姿に、現代の人が、戦勝国であるアメリカの地でメジャーリーガーのピッチャーから特大のホームランを放つ大谷選手の大活躍する姿に熱狂するように、眠っていた、或いはそれまで気づかなかった愛国者精神を、激しく搖さぶられていたに違いないだろう。



田浦-36
 デベロッパーか、国策なのか、宗君の愛国心は、打ち砕かれてしまったのか   



田浦-30
 さらに台所には、母親宛と思われる手紙の入った封書も。

第一婦人になるお母さんは千種さんのことを色々考えて、一年おくらして学校に通わせたり、九大に入学させ脳下垂体のXXを試みられたり、東京にやったり、のざくにやったり、うみの子以上に世話をなさるよいお母さんでした。

 冒頭はこのように始まりながら、

   いもの皮むき

 
となって、また話が続くので、知り合いか家族の誰かが小説家を目指していて、その作品の感想を求められていたのかも。便箋の下には(12)とあるので、手紙にしては長過ぎる。小説にしては、普通の手紙を書く時の文体だ。



田浦-34
 台所の一角には、風呂場。

 ステンレス製の風呂。

 目がチカチカするようなタイルの配色が特徴だ。



田浦-37
 かつてここには壁があった。

 それらの壁が崩れ去って、空中にコンセントだけが残った。



田浦-40
 精気を吸い取られてしまった、ドライフラワー。

 このドライフラワーを日々家族がチラリとでも見て、一家に活力と潤いがもたらされていたことが、かつてあったのかと思うと、田浦の廃村が多くの住人に残した罪は計り知れない。
 


田浦-38
 畳はしなって、底が抜ける。多くの廃屋で見てきた光景だ。

 アスベスト粉塵の温床でもある。

 命と引き換えに、探索をしていることを、肝に銘じなければと思う、瞬間でもあった。



田浦-39
 宗君の家は大体見終わったので、入って来た時と逆に、宗君の部屋の崩れた壁からお邪魔しましたよと、出ようとした時、先程は見過ごしていた瓦礫の山と僕の足がぶつかる。その山は一部が崩れ、中からはまた相当な数の彼の思い出の雑誌が、名残惜しいように僕の足元に転がり落ちて来た。



田浦-46
漫画スワッピー

o嬢の物語


 ある年代から、スワッピングやSMといった、過激志向へと流れていった様子の窺われる二冊を発見。

淫乱ムード大繁盛突撃発射!!
欲望爆発!!卑猥な愛液タレ流し!!


 目を覆いたくなるような見出しが踊る。
 
 o嬢の物語とは、恋人から複数男性の共有性玩具になるように調教される女流ファッション写真家のOを描いた小説。

 右傾化に、サディスト。

 書物などから段々と激しい征服欲が少年の心に芽生えていってしまったようだ。

 宗君の赤裸々な資料をあと何冊か検証した後に、現存する田浦廃村の最後の姿を記録するべく、総決算として見届人との任命を受けてまるで後押しされているかのように、足取りは軽いながらも、割れ木や瓦で埋め尽くされた廃屋と廃屋の間をピエロの玉乗りのように不安定な歩みで、右に左に、かつてない大探索をやり遂げようと、内なる闘志に火が”ポッ”とつきかけたようなのであった   



 
つづく…

「廃村少年との永遠の別れ」廃村に行ったら取り壊し直前だった件.5

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