奥多摩の寮-30
 心温まる昭和の家族の団欒とは対極に位置する、性風俗雑誌。

 弱酸性でもある鳥の糞が、日光や温度に晒されて水分が蒸発する事で徐々に酸性度が濃くなり、カラーグラビアページを変色させ紙を突き破りもした。

 ミニ写真アルバムの中のある一枚の少女に至っては、現在、外資系のメガバンクにお勤めであるという大変喜ばしい情報も寄せられたので、環境が人を堕落させるとは一概には言えないようである。



奥多摩の寮-56
 三浦和義のロス疑惑事件で名を馳せた、当時ロサンゼルス市警察刑事「ジミー迫田」が真相を語るというトップ記事が掲載されている「週刊現代」。

 表示は樋口可南子。

 巨人の選手が放出される記事など、今ではなんのニュース性も無いが、それが表紙の目立つ所にマル秘扱いで見出しになっているぐらいなので、いかにこの寮の時間が昭和の時より静止したままであるかを、改めて思い起こさせてくれるのであった。



奥多摩の寮-57
 今ではすっかり中国共産党の忠実な広報大使と成り果て、かつては、親日家を標榜し、何度も映画の宣伝のために来日し、当時世界市場を席巻していた日本企業をさんざん利用していたのは、結局、彼のお財布でしかなかったのか、近年ではやたら日本への厳しい政治的発言が目立つ、カンフー映画の大スター、ジャッキー・チェンが、ビールの宣伝を飾る、表紙裏。

 では、ジャッキーのお隣は、ユンピョウ? となるところだが、よく見ると驚いたことに、榊原郁恵の旦那でもある、デビューまもない頃の痩せていた、渡辺徹だ。

味もA、夏もA。

 くだらないコピーが書いてあるが、当時の日本ならこの程度でも、コピーライターは何千万円も貰っていたのでしょう。

 彼らは、湯水のように金を使い、バブルの時代をもて遊んだ。

 電通によるコピー・ライターのスター化、神格化の戦略が上手くいっていたとはいえ、もう二度と、消費者に無駄金を使わせるような、バカなノリの轍を踏ませないように、消費者はもっと厳しい目をテレビに向けなくてはならない。

 渡辺徹は後に肥満体型になり、太ったり痩せたりを繰り返す。

 現在では、週に人工透析を三回も受ける、重度の糖尿病患者となり、テレビ出演もままならない状態であるという。

 少し前に写真雑誌に現在の姿を撮られていたが、ゲッソリと痩せこけ、別人のようであった。その刻まれた深い皺もあって、ハリーポッターのドビーのようにも見えてしまった。

 特に芸も無く、もう華もなく、弁も立たない、榊原郁恵が、大手芸能事務所の功労者としての既得権益をガッチリと活用して、クイズ番組の回答者などで、これからも渡辺徹を支えていくのかと思うと、もう後進に譲って引っ込めとも安易に言えず、陰ながらねぎらいの言葉をかけてあげるしかないのだろう。



奥多摩の寮-58
 世の中、こんな高額商品があるという特集記事。

 昔の記事なのに、今と物価はたいして変わってないようだが、日産の最高級自動車「プレジデント」が576万円とは安過ぎる。給料やバイト代は据え置きに近いのに、車だけはやたら高くなっている。



奥多摩の寮-59
 江口寿史「ストップひばりくん」のボードゲーム。

 作者が遅筆で幾度も連載に穴を開け、人気が出てテレビ放送が始まったと同時に、雑誌連載が終了となってしまった、伝説の漫画。

 江口寿史はどう頑張っても、週刊誌の連載一話を十日間かけてしまっていたという。

 連載の続行が不可能となり、編集者から終了を告げられた時、

「他の先生は七日間で仕上げているのだから、十日もかければクオリティの良いものが出来て当たり前」と言われ、『それもそうだな』と納得したとか。



奥多摩の寮-52
 まだあった、写真アルバムの続き。

 味噌汁をいただきながら、誰もいないはずの奥の座敷の方を注視する、畑山さん。

 彼女の視線の先には、畳の部屋に、窓があって、その外は電灯も無いような淋しい山の細道。何かしらの気配を感じての、一連の浮かない顔であったのだろうか。

 一年に三度ぐらいの、めかしこんだ近藤さんは、努めて陽気に振る舞っている様子。



奥多摩の寮-53
 とし君

 淳 君

畑山さん

すいか
 おいしい!


 吹けど踊らずの、沈鬱な表情を続ける畑山さんを、無理に盛り立てようとする、撮影者のお母さん。



奥多摩の寮-54
 今、この川には賑わいも無く、夏でも家族がバーベキューをやるような雰囲気はこれっぽっちもない。

 若い家族が近くに住んでいた。それが活力のあった理由の全てだったのでしょう。



奥多摩の寮-60
ビートたけし、良家の女子大生との愛発覚!!
 
 滑舌が悪くて何言っているのか聞き取りにくいし、高視聴率をとっているわけでも無いのに、無駄にレギュラー番組が多い。変に生けるレジェンド化してしまい、周囲の誰もが痛々しさを指摘してあげられないでいる。映画制作費捻出のためとはいえ、晩節を汚してますね。

 もう死んだ大橋巨泉だけは、たけしはつまらなくなったのに、映画のためにいつまでもテレビにしがみついていると、唯一、批判をしてくれる人だった。ラジオの本番中にそれを言い、爆笑の太田が困ったように取り繕っていたのが印象的だった。

 大橋巨泉はオーストラリアから時折日本にやって来ても、自分が面白いと認める人の番組にしか出演せず、しばらくは島田紳助の番組に帰国しては顔を出していたが、紳助が引退をすると、爆笑問題の番組にへといった感じで、意地でもビートたけしの番組に出なかったのは立派の一言であった   


 またもや、写真アルバムや週刊誌を読み耽ってしまい、さぞ楽しかっただろう、あの頃の時間に浸りきっていた。

 ふと立ち上がり、はて、畑山さんの見つめる先には何があったのだろうかと、詳しく調べてみることにした   





つづく…

「酷い団欒の場」森の奥の、廃墟エロ本寮.7

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