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 北の最果てにて、アイドルとの恋愛に日夜、夢膨らませていた、恋多き少年の、燃えたぎるような心の内を可視化させたような、甘く切ない壁が、僕と対峙する。

 ベッドの枕元の壁である。

 アーティスト化する前の、アイドルの仕草がぎこちない「中森明菜」。同じ雑誌を買って、同じ部屋に同じポスターを貼っているのか、先程も全く同じ物が貼られていた「荻野目洋子」。

 特大サイズのポスター「工藤夕貴」。一番のお気に入りというわけではなく、たまたま大きいのが手に入ったのだろう。

 テレビドラマ「スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇」で主人公の浅香唯の妹役を務めて知名度を上げたが、アイドルとしては二流程度の活躍であった、それぞれ一時代を築いた強者揃いのこの中では格落ち感のある「大西結花」。

 左隅、一番下、大人びたしっとりした澄まし顔が出来るようになった頃の「菊池桃子」。アイドルとして頭打ち感が出てきた時期でもあり、ラ・ムー落ちになる目前。

 ベッドの棚の上にはいくつもの100円ライターが転がる。よっぽどのヘビースモーカーだった。

 中学時代から何食わぬ顔でタバコを吸いだし、そのまま合法となる歳まで至ったといったところか。

 一昔前の地方のヤンキーなら、ごく普通の嗜みであったろう。

 アイドル少年はアイドルファンでありながらも、実生活では周囲のヤンキー並に、制服のスカート丈の長い彼女もできた。

 淡いピンクの目覚まし時計は、そんな茶髪の彼女からの誕生日プレゼントではないだろうか。

 少年の香ばしい青春時代のはちきれんばかりの情熱が充溢した部屋、ベッドの脇で、廃屋探索者が目を瞑ったまま無言でたった一人。しばらくすると膝を折りしゃがみ込んだ。

 川が逆流するように、自分の中学時代の楽しかった記憶が押し寄せて来たのであった。

 しゃがみ込むと同時に、両手で耳をふさぐポーズをとった。

 ここが北海道であるということを、一瞬忘れさせてくれたが、それはほんの五秒にも満たない短い時間であったのだ。



6
 今、この格好で江ノ島の岩場で寝そべっていたら、公然わいせつ罪で捕まりそうなぐらい、際どい水着。ほぼ半裸。

 少し上体を起こせば、乳輪がはみ出そうだし、下の毛の部分を剃っておかないと、階段を登るだけでも、チラッチラッと見切れてしまうのは必至。

 セミヌードより恥ずかしい姿の大胆露出水着で頑張っていた「杉本彩」。

 少年は、ふぅ~と、深いため息をつきながら、じーっと、小さい布の部分を凝視して『1cmでもいいからずれてくれないかなぁ』と、毎日飽きもせずに眺めていたことでしょう。中学生というのは、そういうことばかりを考えている年頃。

 やがて、高校に行ったかはわからないが、地元に就職。

 クラブ↑ではなくてクラブ→の常連となる。クラブとは、座席に座るとホステスの女の子が客をもてなす、キャバレーのこと。

 現在も同名の店が帯広に存在するので、そこに通い詰めて、ネームプレートを貰ったのか、或いは、彼女がホステスであったのか。

 いつまでもアイドルに夢うつつではなく、現実世界に踏み出したことは、喜ばしいと言えるだろう。



5
 こんな、北の原野の地平線まで続く一本道の只中にあった、朽ち果てようとしていた、廃屋にて、少年の恋愛物語の一端を知ることができるなんて、今の日本に、そんなロマン駆り立てる旅の巡り合いが、そう、ありますか? そう、転がっているだろうか。

 その、尊い、一つ一つを拾ってゆき、咀嚼して、自分だけが感銘にうち震えているのではなく、それを皆に伝えたい、こんな恋もあるんだよと、埋もれて消えてゆく話を世に出したい、そして、分かち合いたい、共有したい。

 そんな使命感に改めて心踊らされる僕なのである。



3
 タンスの扉には、メタルテープで文字が書かれていた。

 ホステスはあくまでも遊びだったのか。

 現実の恋人は「美和」さんか。

 付き合っている恋人の名前をタンスに大書きするのも妙なアピールなので、藤谷美和子のファンであった可能性もある。

 LOVEのOの字をテープで表現するために、複雑な八角を用いるなど、がさつそうに見えて案外繊細さも兼ね備えているようだ。



16
 ドラマが立て続けにヒット。アイドルとして円熟味の増してきた頃の「中山美穂」に、デビュー当時から40代ぐらいまでは、そう容貌に奇跡的に変化の無かった「南野陽子」。彼女はここ五年ぐらいで急に老け込んでしまったが、仕方がない、頑張った方だろう。

 80'sの女性アイドルで満たされたまま、部屋主はここから巣立って行ったと思われたこの部屋に、驚いたことに、唯一、時代の違う、アイドルがいたのだ。

 時代があまりにも開き過ぎている。



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 広末涼子の2002年のカレンダーが座布団の上に置かれていた。

 二十年ぐらい時代に開きがある。

 1980年台から昏睡状態になり、2000年に入って、目覚めたとか。巣立って行った80'sアイドル少年が、生まれ育った我が家の廃屋を懐かしく思い訪問。アイドルに熱を上げていた当時の自分に『今俺が中学生なら、これだな』と、このカレンダーを置いていったとか。

 または、少年はこの部屋で死んでしまった。2001年の年末か、2002年の初めに、両親が墓参りのついでに、少年の思い出の詰まったこの廃屋にも訪れた。

 大の女性アイドル好きだった少年のために、部屋に広末カレンダーのお供えをした可能性もある。


 解釈が尽きないのは当たり前。これが現実に残されたままの、手心の加えられていない素の話なのだから。読み手に委ねるしかないだろう。

 80'sアイドル少年が引きこもりになった。二十年後、彗星のように現れた広末涼子に突如恋をして、部屋を出るきっかけになった   

 様々な想像が頭を駆け巡るが、当然ながら、何一つ最終結論には達することはない。

 揺らぐ階段を降りて一階まで行く。家の奥を振り返りながら、玄関から外に出た。

 数時間ぶりの車に乗り込む。エンジンが掛かり、車は走り出した。

 道に僕以外の車は走っていなかったので、合流も何もない。

 水平線を背にして、次の大きな街を目指して進む。もう夕方で疲れていたが、途中に廃屋があれば、また立ち寄るつもりでいた。

 

 
おわり…

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