同行者のSさんの姿が消えた。彼の声が遠くから聞こえてくる。
手の鳴る方へというわけではないが、彼の声追って建物横の崩れた戸の間をくぐり抜けて行った。
全てが息を止めているようなこの廃墟の地にて、唯一のエネルギー反応ともいうべきものと顔を合わせることになった。
ホテルローヤル横に電気メーターが設置されていたが、試しに覗き込んで見ると、メーターのコマが、ギュインギュインと、肩どころかケース全体を震わせながら、透明ケースを突き破って飛び出しかねない凄まじい勢いで、そのコマが高速回転をしていたのだ。
人里離れた湖畔の廃墟ラブホテルのどこにそうも電源が流れているというのか。
答えは、一つしかない。
裏側に回って建物の縁の張り出し部分を歩いて行く。
裏庭と言うべきか、湖畔側の空きスペース。
ラブホテル「ローヤル」がまだラブホテルに身を落とす前、観光ホテルとしてテレビCMを流していた時期があった。ローカル色豊な素人の手作りのようなクオリティのCMではあったが。
スーツ姿にサングラス着用のサラリーマンがモーターボートで相模湖を突っ切り、この辺りに上陸。
目の前にある階段を登ったのだろう。上から吊るされたロープを掴んで建物をよじ登って行くという、バブルの頃の世のノリの勢いだけで制作されたようなCM。
派手なテレビCMは不発に終わった。宿泊客数が伸び悩み、経営方針を転換。ラブホテル「ローヤル」として再オープンを果たすことになったのだ。
それから、如何ほどの年月が経ったのだろうか。
今では破壊しつくされて寒々とした心まで荒廃してしまうような重苦しい風景がただひろがるのみ。
世の終わりが、相模湖の湖畔にありました。
Sさんが、まるで、アチチ、アチチ、と、熱せられたフライパンの上を歩くように、このコイルスプリングのマットレスの上を飛び跳ねて進んで行った。高揚感もあったのだろう。必要以上にを跳躍していたのを僕は見逃さなかった。かねてからの夢、廃墟ラブホテル潜入探索を前にして、はやる気持ちを抑えられなかったようだ。
満員電車のようにひしめき合い跳ね返されながらも進んで行ったが、この先は行き止まりであった。
この時の僕は、これらをただの醜悪な廃棄物の堆積としか見ていなかった。服が汚れるので、近寄りたくもなかったのだが・・・
Sさんが声を枯らしていた理由は、これだった。
大人一人入れる窓サッシがパックリ開いており、そこから難なく中に入れてしまったのだ。サッシの幅は狭くてバーが邪魔をして、大柄な人だと引っ掛かってしまうかもしれないが。
「ネット上には散々適当なことが書かれてましたが、あっさり行けましたね。先を急ぎましょう」
肩を揺らせながらSさんが前方の鉄扉まで小走りに駆け寄った。少しためらってからノブを回す。
やおら左手で、外人の「Yse!」の時みたいな、握りしめた拳を頭の横まであげて残像を見せつけるようにその拳を激しく震わせてみせたのだ。
重そうな鉄の扉が開いた
なんと、扉の向こうは、ホテル正面の端の外部分へと出てしまった。外に出た瞬間、二人してほんのり顔を赤らめてしまった。おっさん二人で、廃墟で即興劇でもやっているのかと。
今の部屋はおそらく燃料貯蔵庫かボイラー室なのだろう。ホテル「ローヤル」とは外から見れば同化して繋がってはいるが、火災時には延焼を防ぐため、中からはコンクリートの強固な壁で完全に分離されているものと思われる。
Sさんが突然、訊いてもいないSさんの親父さんの失敗した商売の話などを語り出した。
あまりにも落胆して、忌まわしい記憶が蘇ってきて、それを他人に聞かせて、その場の気まずい空気共々一緒くたに覆いかぶせたかったのかもしれない
僕は黙ったまま、不執拗に上下する、Sさんの眉の動きをいつまでも観察し続けていた
僕は再び、この地に立っていた。
ひとりで。
ある部屋の窓から僕は、
対岸の「アイネ イン」を厳しく睨みつけていた。
つづく…
「視界ゼロの館内」湖畔にそそり立つ、巨大廃墟ラブホテルへ.4
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コメント
コメント一覧 (17)
別荘、もしくは湖の管理関係の何かのような感じでしょうか?
ちなみにアイネのほぼ真ん前にも何かありますね。
ストビューからだとトタン屋根部分しか見えないですが。
集団心理で切り込みをかけていける彼らは廃墟界の1番バッターといったところでしょうか?笑
カイラス
がしました
部類としては新しい廃墟に入るのか、休業中なだけなのかは分からないですが。
既にヤンキーたちによって侵入経路が出来ている可能性もありますね。
カイラスさんが時々書かれてるように彼らの情報入手速度はかなりのものですから。
カイラス
がしました
カイラス
がしました
新規でご愛読、本当にありがとうございます。
>廃墟に突然興味を持ち今夏は関東近辺を回ってみようと思います。
僕きっかけでこの世界に入っていただき、光栄の誉れであります。
ここは凄かった、なんて場所がありましたら、ご報告いただけたら幸いです。これからもよろしくお願い致します。
カイラス
がしました
廃墟に突然興味を持ち今夏は関東近辺を回ってみようと思います。今後も参考にさせて頂きます。
カイラス
がしました
私も若かりし頃は無茶して潜入していました
真冬の廃墟に一泊いいですね、楽しみにしています
年取って(年取ったことを言い訳にして)しまい行動力が減衰しています
廃墟系youtuberは、コンプライアンス的に困難ですが
生放送など期待せざるを得ません
ご自愛ください
カイラス
がしました
そうです、堆積を台にし・・・ゲフォッ、ゴホゴホゴホゴホッ!・・・
昔、クイズの本で、冷凍室に閉じ込められた男が、氷を切断して積み重ねて、上部の窓から逃げるという回答を思い出しました。そんな感じです。
>いつか、カイラスさんがどこかの廃墟にご宿泊されることを期待しています。
キャンプブームらしいですが、車中泊じゃ駄目なんでしょうね。誰も来る可能性の無い、真冬の北海道で、やってみたいと思います。
カイラス
がしました
冬は全てのものを初期化する季節なので好きです。
自分が冬に生まれていることもあるのですが・・・。
堆積ですか・・・。潜入できない廃墟はなかなか無いですよね。
パロディCM良いですね、ぜひ拝見したいです
いつか、カイラスさんがどこかの廃墟にご宿泊されることを期待しています。
無理難題であることは承知なのですが・・・。
カイラス
がしました
どうも、ご無沙汰です。
冬になって周囲の緑が深まり、荒涼感がまして文明崩壊度が極まってました。いいものですね。
>どうやって潜入されたのかも大変興味が御座いますが・・・
僕も無理なものと思ってましたが、親切な方がメールで知恵を授けてくださいました。文中にヒントを入れておきました。
堆積がどうのこうのと言っている部分。一階は鬼門なので・・・。
>CMのようにロープを使用されたのでしょうか(;'∀')
いつか、パロディCMを撮影してみたいと思います。
カイラス
がしました
ローヤルいい雰囲気ですね、続編期待しております。
どうやって潜入されたのかも大変興味が御座いますが・・・
CMのようにロープを使用されたのでしょうか(;'∀')
カイラス
がしました
いはちさんの見解によれば、あのタンクは水に関する設備ということですか。水をさらにボイラーで熱してお湯にといったところでしょうか。
>中にある白い物体は次亜塩素酸ナトリウムが凝固したものでしょうか?
詳細は知りませんが、まさか、相模湖の水を汲み上げて機械で浄化してホテル内に給水していたりして。
>電気メーターが回っている? 居留守を使う住人から取りたてのためにアパートの電気メーターの動きを見て
隅々まで行きました。館内、ブラックアウト状態です。廊下では懐中電灯が必須。なぜ勢いよくメーターが回転していたかというと、ホームレスが居留守しているわけではなく、一階に、センサーが設置されているからなのです。
>アイネもチェーン営業しているラブホですね。私はここはお世話になっていませんが
八王子では使った様なきがします。
意外に、ラブホ網羅してますね。アイネって、チェーン店なんですか。この後、ジェイソン村という場所に行く時、アイネの横を通りました。しっかりとこちらは営業中のようでした。
カイラス
がしました
並べられていますね。ここは上水道では無かったのか?とおもいました。
中にある白い物体は次亜塩素酸ナトリウムが凝固したものでしょうか?
長いあいだ放置されることで水分が抜けてしまったのでしょうかね。
電気メーターが回っている?
居留守を使う住人から取りたてのためにアパートの電気メーターの動きを見て
「居留守使ってもだめだ。電気メーターがまわってるぞ。」なんて言う事があるのを
思い出しました。無人でも電気メーターが回っているという事は・・
アイネもチェーン営業しているラブホですね。私はここはお世話になっていませんが
八王子では使った様なきがします。
カイラス
がしました
面白地方CMの特番を狙って、見事外したといったところでしょう。動画がYouTubeにも残っていないくらいの話題性の無さです。
>あのマットレスの上で何組のアベックが戯れたのでしょう?
ここきっかけで、生まれた子供もいるかもしれません。口外はしていないでしょうけど。
>同行者Sさんも意気揚々とスキップするかの如く、マットレスの伸縮性を巧みに操り進んだのでしょうね(笑)
彼、楽しんで弾けてました。天にも昇る心地とは、あのことなんでしょう。中に入れなくても満足だったと思います。最後に「ありがとうございました」と、感謝されてしまいました。
>高速で車のタイヤが脱落し目の前をピョンピョン跳ねながら転がる場面が想像されます。
真夏の鳥取砂丘で、小学生がアツアツ言いながらスキップを繰り返していたのを見たんですが、揺れといいそれに近かったです。僕は靴の隙間から熱せられた砂が入って来て、靴を脱いで靴下になって持っていた少年ジャンプの上に乗っかりました。マジで焼けるように熱いんです。
カイラス
がしました
カイラス
がしました
あのマットレスの上で何組のアベックが戯れたのでしょう?
同行者Sさんも意気揚々とスキップするかの如く、マットレスの伸縮性を巧みに操り進んだのでしょうね(笑)
後ろから見たら、ユウチューブに上がってる、高速で車のタイヤが脱落し目の前をピョンピョン跳ねながら転がる場面が想像されます。
カイラス
がしました