相模湖-335
 同行者のSさんの姿が消えた。彼の声が遠くから聞こえてくる。

 手の鳴る方へというわけではないが、彼の声追って建物横の崩れた戸の間をくぐり抜けて行った。



相模湖-349
 全てが息を止めているようなこの廃墟の地にて、唯一のエネルギー反応ともいうべきものと顔を合わせることになった。

 ホテルローヤル横に電気メーターが設置されていたが、試しに覗き込んで見ると、メーターのコマが、ギュインギュインと、肩どころかケース全体を震わせながら、透明ケースを突き破って飛び出しかねない凄まじい勢いで、そのコマが高速回転をしていたのだ。

 人里離れた湖畔の廃墟ラブホテルのどこにそうも電源が流れているというのか。

 答えは、一つしかない。



相模湖-339
 裏側に回って建物の縁の張り出し部分を歩いて行く。



相模湖-340
 裏庭と言うべきか、湖畔側の空きスペース。

 ラブホテル「ローヤル」がまだラブホテルに身を落とす前、観光ホテルとしてテレビCMを流していた時期があった。ローカル色豊な素人の手作りのようなクオリティのCMではあったが。

 スーツ姿にサングラス着用のサラリーマンがモーターボートで相模湖を突っ切り、この辺りに上陸。

 目の前にある階段を登ったのだろう。上から吊るされたロープを掴んで建物をよじ登って行くという、バブルの頃の世のノリの勢いだけで制作されたようなCM。

 派手なテレビCMは不発に終わった。宿泊客数が伸び悩み、経営方針を転換。ラブホテル「ローヤル」として再オープンを果たすことになったのだ。

 それから、如何ほどの年月が経ったのだろうか。

 今では破壊しつくされて寒々とした心まで荒廃してしまうような重苦しい風景がただひろがるのみ。



相模湖-345
 世の終わりが、相模湖の湖畔にありました。



相模湖-342
 Sさんが、まるで、アチチ、アチチ、と、熱せられたフライパンの上を歩くように、このコイルスプリングのマットレスの上を飛び跳ねて進んで行った。高揚感もあったのだろう。必要以上にを跳躍していたのを僕は見逃さなかった。かねてからの夢、廃墟ラブホテル潜入探索を前にして、はやる気持ちを抑えられなかったようだ。



相模湖-343
 満員電車のようにひしめき合い跳ね返されながらも進んで行ったが、この先は行き止まりであった。



相模湖-344
 この時の僕は、これらをただの醜悪な廃棄物の堆積としか見ていなかった。服が汚れるので、近寄りたくもなかったのだが・・・



相模湖-346
 Sさんが声を枯らしていた理由は、これだった。

 大人一人入れる窓サッシがパックリ開いており、そこから難なく中に入れてしまったのだ。サッシの幅は狭くてバーが邪魔をして、大柄な人だと引っ掛かってしまうかもしれないが。

「ネット上には散々適当なことが書かれてましたが、あっさり行けましたね。先を急ぎましょう」

 肩を揺らせながらSさんが前方の鉄扉まで小走りに駆け寄った。少しためらってからノブを回す。

 やおら左手で、外人の「Yse!」の時みたいな、握りしめた拳を頭の横まであげて残像を見せつけるようにその拳を激しく震わせてみせたのだ。

 重そうな鉄の扉が開いた   



相模湖-347
 なんと、扉の向こうは、ホテル正面の端の外部分へと出てしまった。外に出た瞬間、二人してほんのり顔を赤らめてしまった。おっさん二人で、廃墟で即興劇でもやっているのかと。

 今の部屋はおそらく燃料貯蔵庫かボイラー室なのだろう。ホテル「ローヤル」とは外から見れば同化して繋がってはいるが、火災時には延焼を防ぐため、中からはコンクリートの強固な壁で完全に分離されているものと思われる。
 


相模湖-348
 Sさんが突然、訊いてもいないSさんの親父さんの失敗した商売の話などを語り出した。

 あまりにも落胆して、忌まわしい記憶が蘇ってきて、それを他人に聞かせて、その場の気まずい空気共々一緒くたに覆いかぶせたかったのかもしれない

 僕は黙ったまま、不執拗に上下する、Sさんの眉の動きをいつまでも観察し続けていた   



相模湖-356
   あの実りの無い探索の日から、何ヶ月が経っただろうか。

 僕は再び、この地に立っていた。

 ひとりで。



アイネ
 ある部屋の窓から僕は、

 対岸の「アイネ イン」を厳しく睨みつけていた。


 

つづく…

「視界ゼロの館内」湖畔にそそり立つ、巨大廃墟ラブホテルへ.4

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