相模湖-146
 風呂場を出る。

 一本の廊下が端から端まで伸びていて、それに沿って部屋がいくつかあった。

 物色し終えた後のような品々で廊下の床は埋め尽くされていた。



相模湖-74
 廊下の窓際には小さな箪笥があり、引き出しが開いていた。

 その中には、銀行通帳まで入っていた。

 Sさんは『何でこんなモノが・・・』と、顎が外れたように口を開いたままでいるが、僕はもう何が出てきても驚かなくなっている。



相模湖-149
 小さな箪笥の横には本棚。

 昼間家にひとりでいる昭和の主婦がよく訪問セールスで引っ掛かって買わされていたような百科事典。僕の家にもあったが、内容が薄くて全く活用する機会は無かった。広辞苑の一冊でも用意しておいた方が良いでしょう。



相模湖-73
 一番手前の部屋に入ってみる。

 布団の煤け具合、ここ数年でこうなるもんじゃない。

 何十年、このままなのだろうか。



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 和歌子ちゃんの憧れの男性アイドルか。今でも通用するような髪型と顔をしている。

 彼の名前は竹本孝之。1981年に「てれてZin Zin」で歌手デビューをしている。当時、サンミュージック所属。



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 廊下から部屋に入ったすぐ上の壁には、少年が貼ったらしい、コブラとあしたのジョーのポスター。

 裕之君のお気に入りなのだろう。



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 あしたのジョーに影響され、ボクシングに興味を持ったらしい。



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 和歌子ちゃんが昨日までこの部屋にいて、読んでいる途中のような漫画が置いてあった。

 少女ホラー漫画「恐怖の復活」。

 1980年2月15日発売。秋田書店。プリンセス・コミックス。

 今もAmazonで絶賛入手可能です。




相模湖-136
 子供部屋ではない。勉強机が無い。ミシンに衣装箪笥がある。

 夫婦の部屋だったのではないだろうか。それにしては狭いが、子供たちに自分達の夢を託して、広い部屋を与えて思う存分勉強をしてもらい、自分らは寝るだけの窮屈な部屋で我慢をしていた。

 その結果の未来が、こうなのだから、胸が押し潰されるようで息苦しくもなってくる。



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 夫婦の部屋だろうと思った最大の理由は、この、和歌子ちゃんの目に入れても痛くない眩しい笑顔の幼少の頃の写真があったからだ。

 この写真はアルバムの中にも入っていた。夫婦大のお気に入りで、引き伸ばして額に入れたようだ。

 どんなにお宿の仕事で疲れた夜でも、この今にも溶け出しそうな穢一つ知らない笑顔をみれば、疲労はスーッと嘘のようにひいていったことでしょう。

 火事でもあれば、一緒に抱いて逃げるようなこの大切な写真が、何十年もここに飾られたままであるという、不可解さ   

 僕だけが、これに着目をして、撮ってあげることが出来た。様々な理由があるのだろうけど、当人からでさえ、見捨てられてしまった、今にも笑い声が聞こえてきそうな、いつまでも目蓋裏に笑顔が残って消えないような極上のかけがえのない一枚の写真。

 ここに(ブログ)ずっと残ってますよ!!  新たな道に進もうとして、ふと過去を振り返ってみたくなった時、いつでも見に来て下さい!!!

 とはいっても、個人のサイトやブログは管理をする会社が撤退してしまえば、いともたやすくデータは消されてしまう。未来永劫ネット上に残ると思われた個人の創作物などは、実は運営会社の手に委ねられていて、時代遅れで儲からないと判断されると、簡単に抹消されてしまうものなのだ。ライブドアだってこの先どうなるかはわからないが、僕の目の黒いうちは、あらゆる手段を講じて、なんとしても保存活動を続けたいと思う。



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 スーツを着慣れないご主人のネクタイもある。



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 最後の選択を迫られた夜、ご主人はこの椅子に深く腰掛け、腕組みをして何時間も俯いたままでおられた。

 進むも地獄、留まるのも地獄。家族に従業員、どうしたらいい!!


 その手がかりを追い求めて、隣の部屋にも行ってみることにしよう   





つづく…

「姉へのラブレター」廃墟、家族崩壊のお宿.10

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