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 高校入学をせんがために、キョーコさんが打ち立てた固い決意のもとでの計画が、やはりというか、早々に崩壊の兆しをみせているようなのであった。

 もう前も後も無い。これが本当に最後の冬休み。

 それなのに、僅か数日目にして、兆しどころか、本人が言及している通り、計画は崩れてしまったのだという。

「こまったなぁ」と、肩の力も抜けて、他人事のように語る、どこか呑気な彼女。

 一転、この冬休み、今のまま過ごせば「この世の終わりだろう」と、まるで自分の未来を見て来たかのような、激烈な一言をポロリと漏らしてしまったり。

 高校に受かって、早く開放されたい。一日を思いっきり生きてみたい。

 雪も積もって、もうお正月はすぐそこ。

 生まれ変わったように、がむしゃらに勉強に燃えるような日は、やって来るのだろうか   



27a
 1 9 7 8 年  12月 2 7 日    (2 8 日)    1:06

 べ* つ に あ りませ ん ,  で も  冬*休 み の 計 画 は ボ ロ ッ と
 くず れ て し ま い そう .  も う く ず れ た け ど  。  今 日 か ら もう くず れて
 い る も ん ・ 二 日 も  くず れ た ・  こま っ た な あ , 今 の冬*休みが
 い ち ば ん  大切 な の に  ,  たぶ ん こ の冬休みを ただ 今 の よ う に す ご したら
 まず おわ りだ ろう .  だめ だ ろ う  ・   こ の 世 の お わ りだ ろ う_
 みんな 一 生 けん め い に やっ てるだ ろう な あ  . . . .  。
 そう考え は考 え るほど あ せ っ て しまう .   だめ だ と 思 っ て しま う. 自身 が
 なく な っ てし まう .   そして 時 が  すぎ て 行っ て し ま う  .
 ど う し たら  いい の だ ろう  ・  私 に は わか ら な い .  ただ 計画 ど う りに
 や っ て はたして  う ま く い く の だ ろ う か ・  私 に は わ か ら ない _
 わか ん な い んで す . 私 に は .  宮脇君  . あな た に な ら わか るで しょう.
 ど うす れは い い の  . 山角君 .金山君  . 金山君 ・ お し え て よ ・
 ギターを 弾 く ことは 好き . で も勉強 は 好き に な れ な い  ,
 ギ ター を ひく ことは 心 の やすらぎ と なる け ど   勉強 し て も や す ら ぎ
 には ならな い  ・  ギ タ ー を お ぼ え る よ う に 勉 強 を お ぼ え る こ と は
 出来ない ・ ど うす れば いい の ・ 金山君 ・  運動 ・・・・ 体育 を する の と

この冬休みを今ままでのように無益に過ごしたら、取り返しのつかないことになるということは、キョーコさんも充分承知の上ではあるが、まだ時間に猶予があると、動く気配をみせない、彼女。

>たぶ ん こ の冬休みを ただ 今 の よ う に す ご したら まず おわ りだ ろう .  だめ だ ろ う  ・   こ の 世 の お わ りだ ろ う_

キョーコさんがあの二階で、大地震に巻き込まれる。見ると、庭には裂け目ができていた。足を滑らして、人ひとり分の幅のある裂け目に落ちてしまう。現代にタイムスリップをしてしまった。裂け目の横で横たわるキョーコさん。背後の我が家を見ると、内蔵を腐らせた動物の死骸のような、かろうじて柱の骨格だけでギリギリ建っている、見るも無残な、私の家。タイムスリップを受け入れられないのなら、変わり果てた我が家を見て、今、核爆弾でも落ちたのかしら?と思うことだろう。タイムスリップを受け入れたとしても、我が家のあまりの変わりように、絶句したに違いないが。

あなたの言う、この世の終わりを避けるためにも、キョーコさんは、猛烈に今からでも、受験勉強を本気でやるしかないのだよと、僕の声が、どうにかして届かないものだろうかと、熱く念じてみるが、それがただ虚しいだけであるのは、自分でもよくわかっている。

>みんな 一 生 けん め い に やっ てるだ ろう な あ  . . . .  。

他の人は皆やっているということを、自分に言い聞かせて、自分を追い込もうとするが、毎度、追い込みが足りない。

>そう考え は考 え るほど あ せ っ て しまう .   だめ だ と 思 っ て しま う. 自身 が なく な っ てし まう .   そして 時 が  すぎ て 行っ て し ま う  .

焦り、自我喪失、そして、ウマルことジャーナリストの安田純平氏もスラムダンクの名文句になぞらえてこう言っていた。「諦めたらそこで試合終了」であると。時が過ぎるのを見過ごさないで、果敢に攻めてくれ、キョーコさんよと、声が届くものなら、絶叫でもして、伝えたい言葉が僕には山ほどあるのだ。

>ど う し たら  いい の だ ろう  ・  私 に は わか ら な い . 

受験の勉強法を酪農家の両親から教わるのは無理だろう。姉の史之舞もしかり。東京の大学にいっている兄なら役に立ちそうなものだが、たまにしか家に帰って来ないということもあり、レクチャーなど受けられない様子。要するに、自分で全てを切り開くしかない。

>千春 サマ お しえ て よ  .  千春 サマ 私 に 自身 を つ け させて くだ さ い.

自信をつけたいようだが、「自身」と連呼してしまうところに、頼りなさを露呈させる、キョーコさん。

>宮脇君  . あな た に な ら わか るで しょう. ど うす れは い い の  . 山角君 .金山君  . 金山君 ・ お し え て よ ・

妄想の恋人にすがるしかない、彼女。

キョーコさんが、もう一歩踏み込める人であったなら、三人のうち、誰かは落とせていたはずだ。

付き合いがあれば、自分を見失いそうになった夜、電話の一本でもすれば、彼からのアドバイスを貰えていたことだろう。受験勉強も格段に捗っていたに違いない。

>ギ ター を ひく ことは 心 の やすらぎ と なる け ど   勉強 し て も や す ら ぎ には ならな い

草原の風の中で暮らすキョーコさんには、勉強をするという人間同士の知的生存競争には、基本的には体が受け付けないのである。ギターが奏でる音色には安らぎを感じるが、勉強は風の流れをかき乱す忌まわしい呪詛のようなものでしかない。風に揺らぐ旋律、”安らぎ”を彼女は欲しているのだ。

>ギ タ ー を お ぼ え る よ う に 勉 強 を お ぼ え る こ と は 出来ない ・ ど うす れば いい の ・
ギターのコードを覚えることは容易いのに、勉強は右の耳から入って、すぐ左に抜けて行く。この大事な受験勉強の瀬戸際において、まだこんな悠長なことを言うキョーコさんに、真の危機意識はまだ芽生えていないようなのだった   



y
いらいらや不安なしに生きる秘訣は自分の生涯を
考えないことじゃ・・・・・・・・・




27b
 も .  ちが う .  体育 の 時 の よう に たの しむ こと も出 来な い し
 ね っ ち ゅうす る ことも 出来 ない .  ど う した ら い い の ? 山角君 、
 遊 び の 時 の よ う に おも し ろ く  す る ことも 出 来 ない  ,
 ほんとう に ど う し た ら い い の よ .  宮脇君 お しえ て .
 今の 私には な に を や っ て も 自身 が な い もん 、 たす け て よ  ,
 宮脇君 ,  千春サマ  .  お し え て く だ さ い 、  お しえ て . . . . . . 。
 宮脇君 を なぜ 好 きな ん だ ろう .
 彼は スポ ー ツ マン  ( 金山 君 の 次 のね) おもし ろ そう な人 . . . ... 。
 顔も そんな でもな い し ・ (金山君 よりも 良 い) つき合 い やす い 人 .
 そんな人 だ け ど  。  ほ んと う に 好 き な人は 今 は い な い の で は
 な い か と 思 う .   宮脇 君 で も . 金山 君 で も ・ 山角君 で も 好きだ
 と 言 う し ・  その 中で は 宮脇君 が い い と 言 う  、 松山 千春 も
 好 きだ と い う_  ほ んとう に 好 き な人はい ない  .
 私は  . . . . .  わ か ら な い  .
 一言 だ け  . . . .   ほ んとうに わか ら な い  ,
 おしえて ほしい ・  どう し たら  い い か  ,   そ し て な き た い .
 一日を お も っ き り 生 き てみ たい .  たのしみ たい , しあ わ せ な
 一 日 をす ご した い  好 き な 人と .. き っと 今まで の ど んな 日 より も
 心にのこ っ て 一 生の思 い出の 一番 の ものとな る だ ろう .

ギターを弾くように、体育のように楽しみながら、勉強ができたらどんなにか楽しかろうと、まるで、幼稚園から小学校に進み、そこで立ちはだかる勉強という壁を前にしてうろたえている新入生の小学生のような、弛緩しきった考えをこの時点においても持ち続けている、キョーコさん。ある意味、草原の中の一本の木のように、伐採されず、登られず、手付かずのまま、過ごしてきたからなのかもしれない。

>ほんとう に ど う し た ら い い の よ .  宮脇君 お しえ て .

北の辺境の地の中学校、狭いコミュニティ。現代だったら、恋人でなくとも、LINEぐらいでは繋がっていただろうから、気軽に、宮脇君に質問を投げかけていたことだろう。『地道に参考書を解くしかないっしょ!』と、呆れながらも返事が来て、納得して勉強に励もうとする彼女の姿があったはずだが、当時の閉鎖的な環境ではそうはいかない。相談相手が誰もおらず、日記に書いてもだえ苦しむだけ。もしかしたら、日記に書くことで、その場では矛を収めることができていたのだろうか。日記が無かったら、精神的苦痛を抱えきれずに、だから努力をして、同級生に対して、もっと会話を持てるような、多少は能動的な少女になっていたのではと考えてしまうと、こういった内面を映す鏡のような日記という存在は、負の側面もあったのかもしれない。

>今の 私には な に を や っ て も 自身 が な い もん 、 たす け て よ  ,

自信喪失。助けてよ、を繰り返すキョーコさん。友達にも、親にも、勿論姉にも、言えず、今では床が抜け落ちて吹きさらしの倒壊目前のあの二階の一室で、毎晩のように、助けを請い求める儚げな少女がいたのかと思うと、胸が苦しくもなってくる。だからこそ、この先を見届けてあげなくてならないのだと、時折辞めようかとの考えが頭をよぎりながらも、彼女を支えてあげなくてはという力が、未来にいて妙だが、連載を続ける動機になっていると言ってもいい。

>宮脇君 を なぜ 好 きな ん だ ろう .

キョーコさんは、立ち止まって考え込む。宮脇君のどこを好きになったのだろうか。

スポーツマンといっても、金山君よりは下。顔は金山君よりはマシだが、そんなでもない。ある夜を境に、金山君から宮脇君に突き動かした力は、何だったのだろうかと思い返すが、見つからない。理由が見当たらない。結婚をして彼の子供を生みたいとか、全く想像すらつかない。口では松山千春を好きだというけれど、絵に描いた餅のような電波の中の人の、どこを好きだというの。本当に私が好きな人、この世にいるのかしら。勉強に恋愛観、完全に自分に自信を無くしてしまっている様子。

>一言 だ け  . . . .   ほ んとうに わか ら な い  ,

窓から飛び降りてしまいそうな悲壮感を漂わす、キョーコさん。実際、そんな夜もあったと思うが、それをやってみても、足を捻挫する程度だろうし、心にも穏やかで長閑な周囲の自然環境が、ギリギリの緊張状態をほぐしてくれていたに違いない。

>おしえて ほしい ・  どう し たら  い い か  ,   そ し て な き た い .

恋人の前に、キョーコさんには同性の相談相手が必要のようだ。それがいないばかりに、日記に泣き言を書き連ねるばかり。高校入学を待たないと、何一つ進展しないのだろう。

>一日を お も っ き り 生 き てみ たい .  たのしみ たい , しあ わ せ な 一 日 をす ご した い  好 き な 人と ..

木造の二階の狭い部屋で妄想するぐらいしかない毎日。中学三年間ずっとそうだったのだから、こんなセリフも出てくる。勉強をして進路を少しでも理想の方向へ近づける、それしかないわよねと、悟るまでには、いや、わかってはいるけれど、実際体がそのように動き出すのは、まだもう少し時間が必要のようである。

>き っと 今まで の ど んな 日 より も 心にのこ っ て 一 生の思 い出の 一番 の ものとな る だ ろう .

屋根の数だけ、その下に営みがある。北の端の大草原の中の小さな家の下にも、少女のこんな他愛もない夢が、果実のように実っていた。

やがて完熟して、種まで綺麗に食べつくすのか。腐ったまま落ちて、実は潰れてしまうのか。この先、どう転ぶも、彼女次第なのだろう。



27c
そ ん な 日 を

す ご して みたい  .  今 の 私 に は 出来 な い こと ・・・ だ け ど ...  ,
明 日 も ただ 生 き ると い う こ と   し か 出 き な い  .
 何か 一 つ 変化 が ほ し い  、  宮脇君  ・・ ・ ・   会 い た い なあ .
みんな の 顔 が 見たく な っ て しまっ たなぁ  .  元気か なあ.
 正月 も 近* い  ・  あ と 何 日 だ   ・・・  。
 今日** 多少 雪 が  ふ っ た ,  . . .  . い や  . ふ って い る  、
 明 日 ど うなっ てい るか なあ ,   つ も っ て な い だ  ろ うなあ _
つも って い ない ほ う が い い の いに な あ  .   つ も る な よ  ・
 雪 の な い 正月 を す ご し て み た い な あ . じ ゃね ・ お やす み .

愛する人の横にいて、一日を過ごすだけでいい。寝転がって、腐りかけた天井の板のささくれを凝視して、いつの間にか、視点はぼやけていき、睡魔に誘われてゆく。そんな毎日を送る、今の自分には到底無理よ。昨晩は、天井の左端から木目の数を数えていったっけ。

>明 日 も ただ 生 き ると い う こ と   し か 出 き な い  .

屋根が崩れそうで押し潰されそうな二階で、息を吸って吐くだけの日々。目的意識がいまだ薄弱なので、惰性で毎日が続いているだけ。抜け出さなきゃと、その気力だけは持ち合わせている。

>何か 一 つ 変化 が ほ し い  、

石のようなキョーコさんを動かす変化とは。自然災害に、人間関係。親の経済破綻。兄弟の不幸。北の過疎の町にいては、そう派手な変化は起こりそうにない。あってもその変化は、不幸を伴いそうでしかなさそう。進学しかないのだが、それに取り掛かるための気力を絞り出すために、変化が欲しいと彼女は無い袖をしきりに振ろうとする。

>正月 も 近* い  ・  あ と 何 日 だ   ・・・  。

周囲に牛とヤギしかいないような、あの木造の当時でも震度四程度でガタがきそうな家の玄関にも、正月にはしめ飾りが飾られたのだろうか。誰の家にも正月はやって来る。廃屋の数十年前、賑やか家族の家の正月は歓喜で包まれていたことだろう。あと数日ということだ。今年もその家に正月は当然やって来るが、そこには悲しいことに、骨のような木と柱と屋根、残骸を残すだけ。

>今日** 多少 雪 が  ふ っ た ,  . . .  . い や  . ふ って い る  、

窓には雪。ますます閉じこもる、キョーコさん。

>つも って い ない ほ う が い い の いに な あ  .   つ も る な よ  ・

快晴でも閉じこもる自分なのに、雪が積もってしまっては、足に鎖を繋がれた受刑者のように、家から一歩も出なくなるのは確実。晴れていさえすれば、宮脇君の家に歩いて行き、手紙の一通でも渡す可能性は残されてる。ドカ雪が積もったら、その可能性は限りなくゼロに追い込まれてしまう。それを理由に、一層やらなくなるのが彼女という人間だ。積もらないでおくれと、キョーコさんの悲鳴に近い内なる叫びが聞えてくるようだ。

>雪 の な い 正月 を す ご し て み た い な あ . じ ゃね ・ お やす み .

年を跨げば、自分は変れる。新しい自分が来年にはここに座っているだろう。その足かせとなるような雪よ、降らないでおくれと、キョーコさんは天に声高に祈るのだった。



 楽しい正月を迎えたい。

 1978年を振り返る、キョーコさん。

 この時期、学校の宿題でもないのに、ある世界的文学作品を読破した、彼女。

 何か思案しての、作品選びがあったようなのだ。

 その世界的文学作品のタイトルから察するに、ニューイヤーのキョーコさんは、全く違う新しい一面をみせてくれるに違いないと、大いに期待を持たせてくれるものがあったようなのであった   




つづく…

「孤独だと咽ぶ少女」実録、廃屋に残された少女の日記.94

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