津久井-73
 今、僕がいるのは「会堂」と呼ばれる場所。

 正面から入って左に「霊前」。中央に「神前」。右に「お結界」がある。

 お結界のさらに右には障子戸が立っていた。

 障子紙は破けていて中が見渡せた。

 中は住居のようにも見えるが、損壊が激しくて判別は不能であった。

 障子戸を開けてみようと、障子の桟を掴んで、目一杯力を入れて動かそうとしたが、ピクリとも動かない。

 足も使って強引に踏ん張ってみれば開きそうな気もしたが、障子の木の強度が極端に弱っていそうなので、ガッシャンと壊れそうでもあり、遠慮しておいた。



津久井-77
 金光と毛筆で書かれた色紙。円形額縁入り。

 津久井のこの近所にいるだろう、昔信者だった人などが、家に持ち帰って飾ればいいのにと思うが、誰に手に取られることなく、時折吹き込む風を受けて、パタッパタッと、反転未満の小さな動きを繰り返すだけであった。



津久井-63



津久井-79
 会堂の外に出る。

 たった今のぞいていた障子の向こうの住居らしき部屋の玄関にあたる部分。この構えは家だろう。

 金光教の神父と家族が住んでいたに違いないと思ったが、

 右に振り向くと、



津久井-87
 目にも鮮やかな・・・ほどでもない、紫陽花があり、



津久井再-1
 同一敷地内の奥には、そんなに老朽化していなさそうな、瓦屋根の現代風日本家屋が控えていたのだった。

 こりゃ、住人に通報されるかもと、一瞬、神経が張り詰める。

 今にも二階の窓から人が顔を出しそうだが  実際、開けっ放しのようにも見える  繁殖し放題の庭の草木を見れば、まぁ、この状況で住んでいることはまずないだろうとの確信深める。

 北海道の雄別の森を思い出しながら進む。

 頭に手に胸に背中に、絡みつく草やら種子に蔓。密集度は濃い。ここ三年ぐらい、僕ぐらいしか訪れていないような荒れ様だ。



津久井-86
 原生林に自生する背丈以上のやがて自重でしなってしまいそうなぐらいに伸び切った名の知れぬ植物で覆われ、昼でも陽が届かない薄暗い居間の窓の前。

 レース越しに中を観察すると、幼児用のすべり台や木馬などが窓際に置いてあった。

 神父さんとそのご家族は相当なご高齢で、跡取りも無く家系は途絶えてしまったとばかり思っていたが、そんなに古くも無い家に子供用の遊具とは、どういうことなのだろうか。



津久井-84
 家を放棄する場合、防犯のことも考えて、普通は雨戸を閉めるものだが、それをする暇が無かったということは、世帯一緒に不慮の事故、なんて可能性もある。

 あり得ないだろうが、まさかお住みではないかと、窓に耳を吸盤のようにしてあてがう。

 熱帯魚を飼っている場合、年寄りの唸り声のような低音で一定の機械音がするが、それもせず、無音であるようだ。

 窓の鍵は施錠されていた。



津久井-85
 家の四囲を自主巡回。

 防犯上の不都合は無いようだが、金光教の教会のあの惨状と、自宅の程度の良い廃墟、謎の糸口も掴めない。



津久井-81
 自宅の脇に、物置小屋みたいなのがあった。



津久井-82
 炬燵に古タイヤなど。

 物干し場だったのか。

 戸は同様に開かない。



津久井-83
 森のようになってしまった庭の向こうに、少し前まで僕が探索していた会堂がチラリと見える。

 往復すれば、全身籾殻のような植物のカスだらけになるが、電車ではないのでもう甘んじて受けるしかない。



津久井-80



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 この様子では、近い内に屋根が落ちてきて、この入口を埋めてしまいそうだ。

 その前にもう一回ぐらいは来てみようと思うが、それまで、それからも、ずっとここは廃墟のままで時間が過ぎてゆくのだろうか。

 
 

おわり…

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