田浦-41
 宗典君が毎週のように買い求めていた、エロ本ほど過激ではない内容の、青年用風俗雑誌といった位置づけの「平凡パンチ」が見つかった。

 1980年9月22日と6月16日発売号。

 水着の股間部分の切れ込み角度がドリルかっていうぐらいにとても鋭角。これから1990年代のバブル期に突入するにつれ、グラビアタレントの水着の角度は、こんなもんじゃない、えげつないことになってゆく。

 バブル経済が崩壊をすると、水着のハイレグ度は大人しく緩やかになっていった。

 あの時の日本人は、本気で経済による世界制覇を目論んでいた。アメリカを越えてやると。勢いがあって攻撃的で懐が満たされていると、肌をを露出する方は余裕もあって出し惜しみせず大胆になる。見る方も、金はいくらでもあるぞと、刺激を求めてもっともっとと麻痺してしまい、剥き出しの欲望のなすがままに、半裸同然のハイレグ水着をモデルに求めていったのだ。



田浦-42
 草刈正雄「ブラバス」の表紙裏広告。

 僕が草刈正雄がカツラであると知ったのは、フジテレビでやっていた特番の「スター暴露トーク」みたいな内容の番組内でだった。当時はまだ世間で彼がカツラ愛用者だとは知られていなかったと思う。

 普通、こういう番組でのピー音が入る暴露トークは、空気を読んだ、当たり障りのない内容でお茶を濁すものだが、アイドルで売れなくなって女優として脇役でドラマに出演しだした頃の森尾由美が、まぁ、トークで爪痕を残そうと必死だったのだろう、「大スターのとんでもない秘密を知ってしまった」と告白をはじめた。

 出演したドラマで上司役の男性と一対一のシーンがあり、その人を間近で目を見ながらセリフを言わなければならないのに、額の生え際を見たらはっきりとわかるカツラだったので、まさか!?と思いビックリして目が泳いでしようがなかったと、スタジオ内のタレントも騒ぎ出すようなやり過ぎとも思える暴露トークを展開した。勿論、実名の部分はピー音が被せられていた。

 半月ほど前にその二人が出演するドラマは放送されていたので、僕もそのシーンは鮮やかに記憶していたから、名前はピー音で消されていたものの、カツラの主は草刈正雄で間違いなかった。

 まだネットが普及していなかったので、今みたいに爆発的に世間に拡散されない状況があったとはいえ、かなりの人が気づくような内容であり、次も番組に呼んでもらいたいと必死な森尾由美はしょうがないとしても、あれを放送してしまうとは、草刈正雄は裏方のスタッフなどに相当嫌われていたのではないかと、テレビをみながらひとりごちたが、今の時代になっても、草刈正雄は当時より俳優として活躍しているし、カツラ着用の事実は、疑惑の声がネット上で囁かれているだけで、決定的な証拠は無い。カツラ愛好者のタレントをやたら揶揄するビートたけしやたけし軍団も、草刈正雄が着用していることは知らないのか、疑惑の人として草刈正雄の名前を出すことはない。俳優だから気を使っているのかと思いきや、加山雄三のことはよく言っているので、そうでも(遠慮)なさそうだ。

 あのバラエティ番組での森尾由美のカツラ発言をおぼえているのは僕くらいしかいないのかな、それとも思い違いの幻だったのか、いや間違いないが番組が稀に見る低視聴率でたまたま僕がみていて、しかも記憶にとどめている数少ないうちの僕はそのひとりなんだと、ジーっとかれこれ数十年間、草刈正雄がテレビに出るたびに、彼の額と生え際の隙間を観察してやまない、僕がいる。



田浦-43
 ホンダのゴールドウイングのような、大型ツアラーバイク。

 暴走族の総長が後席でふん反り返って乗るような、族車っぽいラグジュアリー感がある。

 当時はカワサキでも出していたんですね。



田浦-45
 ラジカセにデジタル腕時計。

 宗典君世代の憧れの2大製品。



田浦-48
 宗典君が振り向き、手をあげて「よぉっ!」と今にも挨拶をしそうな姿勢のまま、ハンガーに吊るされているどこか憂いを帯びた黒のコート。

 この村から彼が出て行った時期は、コートのいらない季節だったのでしょう。



田浦-44
思いもかけぬところまで 撮影領域を拡げてしまう。

 バキーカーの上に妙な角度でリモコン式の一眼レフが載っている。

 パンチラ狙い?

 宗典君みたいな思春期の男の子に大金を払わせて買ってもらおうと思ったら、こういう使い方の提案もアリなんでしょう。表立ってではなく、示唆的ではあるけど。



田浦-47
人妻たちの性賓

 彼のサディスティックな性的嗜好は漫画の好みにもあらわれていた。

 先日、この廃村の記事第一回目の内容に、Googleからポリシー違反があるとメールで連絡を受けてしまった。

廃村に行ったら取り壊し直前だった件.1

 ネットで他の人のケースを調べてみると、どうやらエロ要素が抵触しているようなのである。

 宗典君が残していった、あのエロ漫画雑誌の表紙しかないなと、確認してみると、確かに、乳首が露出しているが、でもリアル描写とはいえ、スプレー画ながら稚拙な絵である。中森明菜に似せたヌードのイラスト。

 ポイントで指摘されたのではないが、その乳首の絵しか該当しているものがないと思われたので、乳首の部分をモザイク処理して対応。大げさそう(Googleの規約が)なので、エロ本の裏にあった判別し難い写真にもモザイクを必要以上にかけてみた。

 審査を申請すると、もう問題ありませんよという返事が来た。

 表現の規制、年々厳しくなってます   



田浦-49
 心血注いだ、科目ごとのノートまで彼は置いていってしまった。



田浦-50
   「近藤富蔵伝を読んで」
 近藤富蔵はとろいやつだと思った。それと近藤重蔵はかわいそうだと
思った。江戸時代はそれにおかしい時代だと思った。

 こんな感想文で先生に受け付けてもらえたのだろうか。近藤富蔵とは八丈島に島流しになった人だが、まさか宗典君一家が八丈島に移住の予定があり、普段読みもしない本の中から、自分に関連のありそうな内容のこの本を選んだとか。



 E 選択 どちらか一方を選ぶとき
      あるいは. または、 それとも
      広島の衣笠は人間ではなくゴリラまたは類人猿である

 F 転換 話しをかえるとき使う
      さてところで
      ファンジーは広島ファンだ、 ところで 話は変わるが
      ファンジーはねこごろしだ


 3 手をあげる けん銃をつきつけられたから手を上げた

          ファンジーは 丸井で知らないガキに手を上げた


 衣笠選手とファンジー?とやらの両人にはとても厳しい論調の宗典君。

 横須賀という土地柄、当時宗典君は横浜大洋ホエールズのファン。広島で大活躍をしていた衣笠選手を目の敵にしていたのでしょう。

 ファンジーという人は助っ人外国人かと思ったが、「広島ファンだ」とあるので、違うようだ。



田浦-51
 やたら攻撃的な性格の宗典君の、穏やかな一面を物語る、鮮やかなモルフォ蝶のデザイン額装が残されていた。

 蝶の妖しい優美さに心奪われていた、心根は清らかで澄んでいただろう、宗典君。

 本当の彼がこの額に集約されているような気がして、いつもの僕の儀礼通り、額に向かって軽く一礼をする。

 田浦廃村は失われますが、あなたが生きた証、思い出は、この先も、僕が語らせてもらって、よろしいでしょうか   
 

 宗典君、さようなら。



田浦-52
 宗典君の家の外観を最後に胸に焼きつけよう。



田浦-53
 彼が、生まれて、泣いて、笑って、激怒して、恋をした   

 全てをみてきた家が、この世からなくなろうとしている。



田浦-54
 僕とは縁とゆかりもないけれど。



田浦-55
 家族の物語の次頁はどこだろうかと、僕は次の家を訪ねるべく、廃村の中をまた歩き出した   




つづく…

「アドベンチャー青年の残痕」廃村に行ったら取り壊し直前だった件.6

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