峠ドライブイン-151
 バイク少年どもの去った夢の跡、大垂水峠の廃墟化した「旭山ドライブイン」。

 ちなみに、「カズ少年の見守る~」とあるカズ少年とは、このお子さんのことではない。

 カンのいいお方なら、それとなくお察しになっているかもしれない。

 掘り出されてゆく残留物の中から次第にそれは明らかになっていくことだろう。

 コメント欄にはついに、「旭山の祖父母の孫です」という何とも心強い援軍までご登場してくれた。

 旭山ドライブインの老夫婦オーナーのお孫さんから「是非、旭山ドライブインを語り継いでいって下さい。お願いします」という温かいお言葉を直々に貰えたのである。

 通りすがりの野次馬気分で土足にて乗り込み、興味本位でいたずらにシャッターを押し、軽薄な一言二言で済ましてハイ終わりの自称廃墟探索者とは全てが根本的に違う、不本意ながら、時の流れの中に永遠に身を横たえることになった黙して語ることの無い、決して歴史的建造物でもない朽ち果てた廃墟。その裏には、無念さに打ちひしがれる幾人もの関係者の涙が流れ、悔しさが溢れていることだろう。

 うちらのやってきたことは、目の前の瓦礫の山が残るだけで、この日本という土地に、なにも記すことができなかったのか。あの汗や笑いや歌声で毎日忙しかった決して短くなかった年月はどこに消えたの。

 政治家でもない、町の名士でもない、ごく普通の庶民の方が奮闘された歴史を言葉に残そうと、廃墟巡りをしているこの僕の、崩れた屋根の下の泥土に染み込んだ血と涙を書き綴った珠玉の活動記録。

 ここにまた、関係者の力強い後押しもあり、新たな昭和の遺産が付け加えられることになったのだ   



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 啓太君の通知表を開いてみた。

 五段階評価なのだろうか。学力は可もなく不可もなくといったところ。



峠ドライブイン-30
 サッカーと勉学との両立に苦労をしのばせる、啓太君。

 遅刻が九回もあるのは、前夜に旭山ドライブインに泊まった影響だろうか。



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 成績が普通なら、字も綺麗でもなく下手でもない。

 スポーツを頑張った少年時代。



峠ドライブイン-31
 僕はひとまず立ち上がり、食堂のカウンターの方へ向かった。

 食品衛生責任者には、妻の名前が。

 これを見て、旦那さんに先立たれて最後の経営者は妻だったと理解したのだが、どうなのだろうか。

 親父さんは商売に取り組む姿勢は真剣そのものだったが、調理は大の苦手で、調理師免許などは妻に一任していたとか。



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 廃墟にある冷蔵庫の庫内が整理されて綺麗だと、それはあたかもオーナーの衛生観念を映す鏡のようであり、厨房や店内の隅々もまた清潔感に包まれているものなのである。

 人によったら、廃業したのだから、ケチャップでも先割れチーズでもドレッシングでもかまやしない、面倒だから入れっぱなしでいいだろ、なんていう人も少なくない。実際、多くの汚れた冷蔵庫を廃墟で観察してきた。決して気分の良いものではない。

 この口をしておこがましいが、開けるこっちが不快になるものなのだ。

 廃業をした店の冷蔵庫を綺麗にして立ち去る人こそ、人に親身になれる気遣いのできる優しい人であると僕は考える。



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 美智子さん、返す言葉もありません。

 こういう視点を持つ僕だからこそ、讃えられるべき庶民の功績をまた一つ、表舞台に汲み上げることができた。

 目尻に細かい皺を寄せながら、静かに温かく、扉を閉めた僕であった。



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 こちらもやらなければ、片手落ちだろう。

 表面をステンレス鋼で覆い威圧感のある、業務用巨大冷蔵庫。



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 女性らしいまるでアクセサリーを陳列するような細やかな秩序を保ってしとやかにに整頓されている。

 丼は「旭」の毛筆書体も誇らしげに。



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 演歌が好きなご夫婦だったようです。



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 絞って乾かそうとカウンターに置き干しされたままの布巾がいまだそのままに。

 夫婦で数十年、カウンターの向こうには、2ストオイル臭いライダー少年達の熱い笑顔が咲き並んでいた。

「おっちゃん、カツ丼にとろろソバね!」

「あいよ、新しいヘルメット格好いいな」

「土方のバイト半年やって買ったんだ。やっぱAraiじゃないと笑われるからさ」

 バイク少年が一人減り、三人減り、末期に入店した人の話によると、店内一人っきりだったこともあったという。



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 食器類など、明日から再オープンできるぐらいに揃っている。

 口には出さなかったが、それ(再オープン)が心の奥の意思としてあったのでは。



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 厨房を出る。

 開閉式の網戸を開け、木製の半開きのドアを抜ける。

 本館から付随した施設の別館へと移動することになる。



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 そのまま置かれていた不動車のスズキ「ベクスター」。

 原付のように見えるが、この車種には125ccと150ccがある。ケツ部分が原付とは違いデップリしている。これは白ナンバーなので、高速道路も走れる中型の車種の150cc。

 僕が以前、マジェスティSVというまだ発売間もなかった250ccのスクーターに乗っていた頃、交差点でこのベクスターの150ccと並んだことがある。

 ベクスターはマフラーを換えてあってやかましい音を撒き散らし、僕のマジェスティと勝負する気マンマンのようだった。クラッチや駆動系もキリキリと弄ってあるのだろう。

 チューンを施しているとはいえ、まさか原付に毛の生えたようなスクーターには負けないだろうと、シグナルダッシュをしたら、時速70キロまでは一台分ぐらい向こうが先行してしまった。排気量が違うので、伸びはこちらの方がいいから、最後にはジリジリと引き離しはしたが。

 250ccのスクーターって、ボディがハリボテで不必要にデカく重たくて遅いのを痛感。

 他にも場所をとって駐車しにくいなどデメリットが多々あり、マジェスティを買って半年もしないうちに、ジレラ ランナーというイタリア製の2スト180ccのスクーターに買い換えてしまった。

 このランナーは、大型の600ccのスクーターよりも加速が良くて楽しいが、耐久性に不安があり遠出には乗って行けない。自分で修理出来ればいいが、僕にはせいぜい駆動系の交換が精一杯。エンジンのトラブルは対応出来ない。冬に山奥の廃墟でエンジンが死んだら、一緒に死ぬ可能性だってあるのだから、スクーターと心中するわけにはいかないのだ。

 売って日本製のスクーターを買おうかなと思いつつ、外車のスクーターは足元を見られてどうせ二束三文で引き取られるので、売ろうにも売れず、今まで来てしまった。

 車種選び、大事ですね。



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 中央建物の左にある離れの平屋の建物。居住用ではないかと思う。

 一般家庭の生活の中で出されるゴミとともに、男子用の黒ランドセルもあった。



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 平屋の建物に入る前のコンクリートの床には、塀の上にあったのと同じく、怪しげなナンバープレートが転がっていた。



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 啓太少年はとある通いのため、時折お爺さんに車で送ってもらうために旭山ドライブインに泊まっていたという話だが、記念のランドセルまで置いたままにするのだろうか。



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 テプラが証明する、啓太くん所有のランドセル。



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 孫に愛された、老夫婦のことを思うと、廃墟でひとり、言葉が出て来なかった。



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 幼い孫、まさみちゃん直筆のお手紙。

 僕にも、純粋に濁りの無い心で、人に思いを伝えるような時期が、あったのだろうかと、胸に手をあててみた。



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カズに賭ける夢―セリエAからワールドカップへ  1994/12

 カズ少年がいかにしてカズ少年であったのかを裏付ける残留物が、イエローストーン国立公園の間欠泉のように、後から後へと湧き出てきたのである   



 
つづく…

「カズ少年の大きな夢の残滓」解禁、カズ少年の見守る峠の廃墟ドライブイン.3

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