51
 去年の年末に、来年は晴れて高校生になるのだから、身なりもしっかりとしたものにしなさいよと、決して羽振りの良い家ではなかろうに、可愛い娘のためにと、一万円以上もする服のコーディネートを親からプレゼントしてもらった、キョーコさん。

 お洒落に目覚める年頃なのだろう、いくつあっても足りないわと、またもや高額な衣服を今度はお婆ちゃんにねだって、新年早々買ってもらってご機嫌で踊るような筆致で報告をする、彼女。

 学校の仲間で集まって勉強の計画を立てることになった。

 でも自分ひとりでは全然勉強をしていない。どうしてよいのかわかりませんと、自分の意気地のなさに自分で呆れて、この瀬戸際において、人と笑っているのが好き、歌ってギターやオルガンを弾くことの方が勉強よりずっと好きなのよと、現実逃避に拍車がかかる。

 ペンは進まずに、みじめで辛い、助けてよ、と、口から出てくるのは泣き言ばかり。

 しまいには、まだやらずして、一浪になるかも、一生を決めるかもしれないのにと、悲観的になる一方のキョーコさんに、救いの手、或いは、自発的にやるような気力が内面から吹き出して来るようなことが   一体、試験日までに、いや、それでは遅いので、その運命の日のある程度前までぐらいには   あるというのだろうか。
 


5
   今日は  19 7 9    1 月 5日     (6 日 )   1:55

 昨 日   日記 書 か な か っ た の ネ !
 昨日 は  兄ち ゃんが  帰 りました 。  史之舞 も 帰り
 ました。  私は兄ちゃん を  お くり に 駅 ま で 行き
 ました。  ば ば ちゃん が  ジャ ケ ッ ト を か っ てくれ
 ま した。 ( 4 9 0 0 円 もす る や つ を  わ た し が えら ん
 で  ば ばち ゃんが 買 っ て くれ ま した 。)
 今日 は  お 昼 か ら  おか あ さん が
 しき 浜 に 1 泊 二 日  の  旅行 に 行きま した。
 しき 浜 とい っても  すぐ ひらと の と な り だ けど . .. 。
 あ~   ~ あ 。  宮脇 君 に会 い たい 。
 金山 君  、 山角 君 に会 いた い 。
 今日も  ろく に 勉 強 しな か っ た 。
 あと  1 4 日~  1 3 日 く ら い し か 冬休 み が
 ない  .  ど う し ょ う  . 気ば か り あ せ っ ちゃう
千春たす けて ・ 私 ど う した ら い い の  。
 宮脇 君  ・  千春 _ 山角 君  、 金 山 君  お しえ て
 本で も 読ん で  寝 よ う か  な 。 お  や す み.

お兄ちゃんは東京に帰った。内地の大学は北海道とは違い7日ぐらいからが始まるので、この日の帰京でもギリギリだったと思われる。勤め人の姉史之舞も当然いつまでもブラブラ実家にいられずはずもなく、同じく家をあとにした。

>私は兄ちゃん を  お くり に 駅 ま で 行き ました。  ば ば ちゃん が  ジャ ケ ッ ト を か っ てくれま した。 ( 4 9 0 0 円 もす る や つ を  わ た し が えら んで  ば ばち ゃんが 買 っ て くれ ま した。)

おそらく、キョーコさんとお婆ちゃんがお兄ちゃんの見送りに、最寄りの駅ではなく、となりの街の駅まで行った。特急の見送りついでに、『今年はキョーコも高校生なんね。好きなもの買ってあげようかね』とばばちゃんに言われ、最近服に目覚めた彼女は、欲しいのがあるの、と、目をつけていたジャケットを天にも昇る気分で、店頭で手にしたといったところだろう。

1979年の中学生が4900円もする高額のジャケットを手に入れた。可愛い孫のためにお婆ちゃんが決して多くない年金から切り崩して買ってくれたのだ。一万円コーデもそうだが、数十年後、家を出る際、日記は置いて行かざるを得なかったとしても、ご両親の労働の結晶のような、服のセット、そして、お婆ちゃんの置き土産的なジャケットだけは、特にこのジャケットは身につけたままで、出ていったと、そう、心の奥底から願いたい。

>今日 は  お 昼 か ら  おか あ さん が しき 浜 に 1 泊 二 日  の  旅行 に 行きま した。

一年中、牧場で働きっぱなしのお母さん。旅行に行く暇があるのは正月明けぐらいのもの。でもそれはたったの一泊二日で、海外旅行なんて夢のまた夢の話のようだ。

>しき 浜 とい っても  すぐ ひらと の と な り だ けど . .. 。

いやこれ、すぐ隣どころではなく、歩いて行けそうな、目の前のご近所にある一応宿泊施設。これを旅行と言うのだろうか。

すぐ近くの場所にごく短期の旅行とは、苦しい家計が手に取るように察せられる。貧乏暇なしと。豪華な服ばかり買ってもらっているキョーコさんにその実感はない様子。

>今日も  ろく に 勉 強 しな か っ た 。
 
むしろ、やってやった、と胸を張って言えた日は今まで何日あったのか。

>あと  1 4 日~  1 3 日 く ら い し か 冬休 み が ない  .  ど う し ょ う  . 気ば か り あ せ っ ちゃう
逼迫する家計、緩やかに近づく、一家の運命。キョーコさんに今できる最大限の抵抗は、勉強をしてせめて高校を卒業することに違いない。気ばかりが空回りをする。

>千春たす けて ・ 私 ど う した ら い い の  。

口とは裏腹に、芸能人に助けを乞うぐらいなのでフザケていてまだ余裕がある証拠。期日が迫るまで、必死にならないタイプ。

>本で も 読ん で  寝 よ う か  な 。 お  や す み.

せっかく買い求めた参考書もホコリを被ったまま。読むのはきっと新井素子の小説か。差し迫る危機にまるで無頓着で他人事なキョーコさんが、今日もまた、呑気に安らかな眠りについた   



6a
   1 9 79 年    1 月 6 日  (土)   11:3 0

  今日 は 土曜 日 で し た 。
  梶 原 さ んの家 に  西 村 君 と 私 と の  3人 集 まり まし た 。
  今日は  計画 を 立 てた だ け で し た 。
  明日 私 の 家で や り ま す 。
  私は 全々 勉 強 して い ま せ ん 。
  南に しま しょう . 南だ っ て あぶ な い ん だ も の  . . . .  。
  私は  ど う してよい か  わか りませ ん。
  宮脇君 , 金山君  、山角君  . 私 を たす けて く だ さ い 、
  いくじ の な い 私 で す  .  弱虫 な 私 で す 。
  強く してく ださ い  ・   こ んな 弱気 な 私の 心  を  た た き
  なお して くだ さ い 。  私 は  た よる 人が 必 要 で す 。
  私 は 人 と笑って . ジョー クを 言 っ て い る の が 好 きで す 。
  そんな 私  な の で す ・  勉 強 にも 手 が つ き ませ ん .
  ***** こ れ で は こま りま す . 金 山 君!
  私は 勉強 に手が つき ません ・ 歌 う こ と が す き で す  .
  ギ タ ー を 弾 い た り  ・ **オ ルガ ン を弾 い たりする こ と の方が
  勉強 より は ず っ と 好き なので す ・  

キョーコさんの日常では極めて稀な、同級生との集まり。梶原さんの家に西村君も来てキョーコさんも加わり、三人で計画を立てたのだという。たぶん、学校主導でグループ学習をするようにとのお達しがあったに違いない。グループ学習の進捗状況や成果を定期的に学校に報告するようになっているのと、効果的に進めていくために計画表の提出をしなくてはならない。初日は計画を立てるのに三人があれやこれやで揉めて、勉強までは進めなかった。

>明日 私 の 家で や り ま す 。

三人が持ち回りでそれぞれの家で順番に行うらしい。

>私は 全々 勉 強 して い ま せ ん 。

学校もキョーコさんみたいに自発的にやらない子を手をこまねいて見ているだけではなかった。グループ学習を取り入れて、協調性や競争意識でやる気を促そうと策を講じたが、彼女には今ひとつ届いていなかった様子。

>南に しま しょう . 南だ っ て あぶ な い ん だ も の  . . . .  。

もう高望みは出来ない。南でいい、とは言うが、その南でさえ、危険水域なのだと言う。

>宮脇君 , 金山君  、山角君  . 私 を たす けて く だ さ い 、

キョーコさんは欲している。気軽に悩みを打ち明けられる異性の同級生を。恋人がいて、一緒に受験に臨めたなら、私、どんなにか頑張れるのか。ひとりは寂しい、孤独は虚しい。一生、恋人なんて無理なのかも。草原の中にひとりぽっち。辛い道のり、愛で乗り切りたい、と。

>いくじ の な い 私 で す  .  弱虫 な 私 で す 。 強く してく ださ い

幸い、自分を客観視出来ている。いくじがない。この弱い自分を強くして欲しい。

>こ んな 弱気 な 私の 心  を  た た き  なお して くだ さ い 。  私 は  た よる 人が 必 要 で す。

キョーコさんには、引きずってでも連れて行ってくれるような、多少強引な男の子を必要としていた。大きな肩で包んでくれる人がそばていてくれたらなと。

>私 は 人 と笑って . ジョー クを 言 っ て い る の が 好 きで す 。

小さい頃から、家の周囲に草ぐらいしかない場所で育ち、話し相手といえば、ヤギに牛に馬かネコ。人と競争することなんて考えもしなかった。受験なんて争い事は野蛮にさえ思えてしまうのか。人と笑っていたい、ジョークを言って穏やかに過ごしたい。争いのない世界で毎日好きな服を来てにこやかにお喋りをして過ごしたい。

>こ れ で は こま りま す . 金 山 君!

これから大人になるにあたり、そんな戯言が通用しないことは、浮世離れしているキョーコさんでもさすがにじゅうぶん自覚していた。

>歌 う こ と が す き で す  .  ギ タ ー を 弾 い た り  ・ **オ ルガ ン を弾 い たりする こ と の方が  勉強 より は ず っ と 好き なので す

大人になりたくない。草原の中の一軒家に閉じこもっていたい。ずっと、歌って楽器を弾いて時を過ごしたい。

キョーコさんは現実逃避という名の沼の淵で喘いでいた。



6b
B U t こん な の で は

 い け ないの で す .  いけ ない と い う こ と も 知 って いる し
 心得てい るの で す .  で も  . . . .
 勉 強 しな け れ ば い け ませ ん 。 今のまま で は 高校に
 な ど 入れませ ん .  高 校に入り たい で す 。 高校生になっ
て . 高校生活を楽 しみ たい . あ じわ い た い の で す .
高校 お ち たく あ り ま せ ん 。*  落ちて  一 ろ う し て
 また 授験 など も  みじめ で した く あ り ません 。
 みんな と同じ 高校生で い た い し ドン パ で いたい  。
 その た め に は  勉強 しな ければ いけ ませ ん ・
 しか し    い っ こ う に 勉強 に は手が つ か な い の で す .
あと  三学期 始 ま る まで  10 日 ち ょ っ と し か あ り ませ ん
冬体 み は  2週間 あ るか な いか しか の こ っ て い な い
 の で す .  あと  2週間 あ るか な いか しか の こ っ て い な い
 の で す .  あ と 2週間 です  .   1 4 日 間 で す 、
 勉強 .  習字 ,  自由 験究  ,   まだ,ど れ*も 終 ってな い の で す
 今年 の 冬 休 み も い つ も と 変わ らぬ  冬休みで 終 っ て し ま う
 の で し ょ うか  _    そうであ っ て は い け ない の で す .
今年の冬休 み は 今まで と同 じ で は い け な い の で す よ 、
*今年の冬休み は 私 の 一生 を 決 め る の か も し れ な い ・
 だ か ら こ そ .  みんなに  私 を すく っ て ほ し い . 私 の 弱 い心 ・・・ お やすみ

踊って歌って楽器を奏でながら一生暮らせるとは、まさかキョーコさんもそれが可能だとは思っていやしない。泣き言を言っていたのだ。それを聞いて『子供みたいなことばかり言ってないで、ほら、勉強をやろうじゃないか』と隣で諭してくれるパートナーが欲しかったのだ。

>今のまま で は 高校に な ど 入れませ ん .  高 校に入り たい で す 。

閉塞感のある今の状況を変えたい。私だって羽ばたきたい。高校に入れさえすれば、人生を変えられるのだと。具体的に、どう変えるとかまでは、考えていないようだが。

>落ちて  一 ろ う し て また 授験 など も  みじめ で した く あ り ません 。

危機感は彼女なりに持っている。一浪、つまり中卒浪人の言葉まで口にする。仮にそうなってしまったら、ますますあの草原の家に引きこもってしまうことは確実。ミスタードーナツでのバイトなど、夢のまた夢に。

>みんな と同じ 高校生で い た い し ドン パ で いたい  。

耳慣れない言葉、ドンパ。キョーコさんの住む狭い地域で使われていたのか。中学からの同級生達と一緒に高校に行きたい。ドンパ(タメ(同じ歳))でいたい。一浪してクラスメートから先輩扱いなんて、顔から火が出るほど恥ずかしくて、耐えられないと。

>しか し    い っ こ う に 勉強 に は手が つ か な い の で す .

夢と目的ばかりが先行してしまい、足元には克服しなくてはならない問題が山積みになっている。なぜ、私は、勉強をやならいのか。今日も朝から晩までそんなことを考えていると、一日が終わろうとしていた。明日こそは部屋を出て仕事を探そう、というニートにも似てきた、キョーコさん。

>あ と 2週間 です  .   1 4 日 間 で す

うだうだしていたら、冬休みはあと二週間しか残されていない。人生を変える、二週間。今となっては、変わらなかった、二週間。

>今年の冬休 み は 今まで と同 じ で は い け な い の で す よ

今までずっと、寝て食べての冬休みを送ってきた。今年は違う、人生がかかっているのだと、並々ならぬ危機感を募らせる、キョーコさん。

>今年の冬休み は 私 の 一生 を 決 め る の か も し れ な い ・

その眼差しの向こうには、もしかして、あの変わり果てた姿の廃屋が明滅して見えていたのか。そんなはずはないが、彼女の言葉にはどこか裏付けられたような重みが感じられた。

>だ か ら こ そ .  みんなに  私 を すく っ て ほ し い . 私 の 弱 い心

恋人はおろか、心を許せる親友もいない。遊び相手はいつも姉の史之舞か親戚のトコちゃん。キョーコさんには、進学や恋で悩みを共有できる仲間を必要としていた。孤独という絶望の淵から救って欲しい。今を乗り切れば、高校ではそいう環境(仲間と恋人)を手にできることだろう。やるしかない、と。


 
 自分を変えよう。まずは日記の執筆開始時間を早めることにした。

 おかげで体内時計が狂ったのか、黙っていても鼻水が垂れてくるような風邪をひいてしまう。

 規律正しい生活を送ろうと思っていたが、今まで以上に松山千春のラジオに夢中になってしまった、彼女。

 現実世界に相談相手がおらず、話し相手もいない。心の拠り所は自然と、ラジオの中の目下絶好調の新進気鋭のスターへと向かっていったのだろう。

 この一番大事な時に、今まで以上に松山千春にのめり込んでしまい、チーサマ、チーサマと、狂ったように反動であるかのように、日記数ページに渡って、夥しい数のチーサマを羅列させる彼女なのであった   


 

つづく…

「気が触れたようになった少女」廃屋に残された少女の日記'79.03

こんな記事も読まれています