吉祥寺-192
 初詣などもう十数年もいっていない僕。

 廃墟探索にかこつけてお参りもできたらさぞ都合が良いだろうと、そんな虫の良い物件はないものだろうかと探してみたところ、無理して遠出をすることなく、わりと近場で廃寺なるものが存在することがわかった。

 正直、今の僕には、『一生に一度でいいから軍艦島に行きたい』『マヤカンが憧れの地!!』というような心の中の聖地みたいな場所がない。そんなのが見つかれば借金をしてでも行くが、これといったのが無いので、ならとりあえず、近場の目ぼしい自分好みの所を虱潰しに行っておこうと、今回も近場を条件に探してみたのである。

 東北あたりの僻地の限界集落の村にあるお寺ならわかるが、横浜の東急東横線の白楽駅を降りてすぐにその廃寺はあるという。

 廃寺というだけあり、既に住職はお亡くなりになっている。後継者もおらず、寺の維持管理は近所の方によって細々て行われていて、堂々と寺を見学をしたい場合には、週に一度の公開日に行くと参拝者とともに敷地内に入れるそうだ。

 ただ、それで入っても本堂で手を合わせてハイ終わり、となるだけに違いないだろう。

 狙いは、旧本堂と元住職さんの住んでいた家。

 抱負な残留物で溢れているという話である。



吉祥寺-185
 僕は団体行動が本当に嫌いで、それが極まって、北朝鮮観光でさえ一人で行ってしまったぐらいなので、この廃寺「吉祥寺」とてそれは同じこと。

 平日の誰もいない静かな時間をみはらかって、神妙な面持ちで、この「吉祥寺」にお参りをさせてもらうことになった。

 年明け一発目の更新だったので、初詣と話を合わせてみたが、実際にここに訪問したのは十二月の下旬。その時、来年の初詣のことなんか実はこれっぽっちも僕の頭の中には無かった。

 新しい年を迎えるにあたり、続き物のシリーズで幕を開けるのは手抜きのような気がするし、よくある去年のまとめみたいな記事にしてお茶を濁すのはせっかく読んでくれる人にたいして不誠実であるような気がして、あぁ、そういえば廃寺に行ったっけか、ならその記事を初詣と絡ませて更新すれば世間は今まさにその最中だし注目度も高くなるだろうと、新年のスタートに廃寺訪問を持ってきたというわけなのだった。



吉祥寺-170
 境内はかなり広いが、まず人は入ってこないだろうから、心にはゆとりさえ生まれる。

 ちなみに、正門は閉鎖されていた。



吉祥寺-163
 赤い前掛けをつけたお地蔵様が並ぶ。



吉祥寺-169
 新石器時代のインドでは既に卍模様は生まれており、仏教やヒンドゥー教で頻繁に使用されてきた。卍はサンスクリット語でスヴァステイカと呼ばれ、吉祥(良い前兆)の印として仏教でも「幸せ」「めでたい」という意味を持つ。

 今回の目的は本堂ではないので、遠目から眺めておくだけにしておいた。



吉祥寺-176
 どんな意味があるのか、全くわかりませんが、住職の廃屋にお邪魔する前に、少しだけ、敷地内見学を。



吉祥寺-186
 これは、ネコの仕業でしょうね。



吉祥寺-179
 無縁仏が増えているそうですが、日本中のお寺もここみたいになってしまうのでしょうか。



吉祥寺-168
新四国八十八ヶ所講

 巡礼ができるようになっている。



吉祥寺-173



吉祥寺-182



吉祥寺-171
 大正九年九月。



吉祥寺-172



吉祥寺-167
 この建物とその並びにあるのが今回目的の物件。

 まあまあ擦られているこの物件。

 僕独自の結果を出すことが求められるだろう。



吉祥寺-174
 建物裏に回る。

 中途半端な長さの灌木の千切れたのは洗濯用の物干しか。



吉祥寺-2
 紙みたいな材質がめくれ上がっている壁。



吉祥寺-3
 お悔やみ広告が掲載されている新聞の断片だが、相当古い時代のものだ。



吉祥寺



吉祥寺-21
 戸口は盛大に開かれたままになっていた。



吉祥寺-10
 旧本堂、及び並びに建つ住職の廃屋にて、執拗かつ丹念な探索作業の結果、聖職者とはいえ男なら誘惑に負けてお読みになるのも致し方ないだろう、艶めかしい本の数々、そして、貴重な大変古い時代の写真アルバムも新年に相応しく今回発見の運びとなった   




つづく…

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