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 陽気な親戚の男の子、ケンちゃんやいつものトコちゃんと楽しく過ごしたお正月。気がつけばダラダラと過ごして勉強らしいことは何もしなかったお正月。

 年始は瞬く間に過ぎていき、今から遡ることちょうど40年前の明日、あっという間に、1月9日(1979年)になってしまったことを他人事で傍観者のように若干わざとらしく驚いてみせた、キョーコさん。

 教育者でありながら、新年が明けて今頃になって年賀状を送ってくるだらしない先生に呆れたのか、だからそうなのよとばかりに、今も独り者かなと、かつての担任だろう男の先生に皮肉混じりに優しい言葉を投げかけてみせた。

 冬休みはもう終わる。時間が無い。

 志望校は高望みは出来ないと、もうそっちでいいよと、低い方の高校方の名前を連呼する。数十年後に、芥川賞作家を排出することになる、あの高校の名を・・・。

 現状を直視したくないばかりに、受験勉強以外のことが頭の中に次から次へと浮かんでくる。

 発狂したかのようにチーサマを連呼した次は、なぜか唐突に、忘れえぬ思い出の人、あの彼の名を口に出す彼女なのであった   



9
   1979年    1 月 9 日  (1 0) 0:26

  も う  9 日 (1 0 日) に な っ て し ま っ た 。
  早いものね .  ア! と いう ま よ 。
  今日  .  長谷 川 先生 か ら  年賀 状 が 来ま し た 。
  長谷川 先生 . 元気 か しら  .  今 も  ”一人 者  ” か な  ?
  ガンバ っ て ほ し い も ん で す ね!  ” ア ~~ ホ ガ  ョ ”
  ア ハ !  チ ー サ マ の 口 ぐ せを 書 い た よ!
  私 , チ ー サ マ が 好 き  .  そ う よ 、 * チ ーサマが 好きだ か ら .
  宮脇 たち も , 元気か しら 。 会 いたく な っ ち ゃ っ た 。
  私 っ て バ カ な 女 よ  .   ヘ ン タイ 女  _  死 ン じ ま え ヨ !
  ナド ト  。
  冬 休 み の  の こ り は 少な い  。   10  . 11 .  1 2  . 13 .14. 1 5 . 16 . 1.7.18.19
  あ と   9 日 しか な い ガ ン バ ラネバ ネ!  ↑_( 1 0日あ っ た 。)
  き っ と  1 0 日  も  す ぐ すぎ て し ま う だ ろ う .
  始業式 は近い   .    南に し ょ う   !
  南で い い よ  ,   南 で  . .  .  .  ね! そ う し ょ う ,
  チ    サマ ! お しえてよ  ・  南 で い い ヨ ネ !
  チーサマ  . . . . 。 南で い い の か なあ  . . . 。チーサマ 。  おや す み 。
                           good   n♥ight ♥

                 とんで  . とんで , と ん で  . とんで  . とんで  . と ん で  . とんで . とんで
                                 まわって . まわって . まわって , まわ る ~~~ う  .


普段この日記を書き起こししている時には現実と日記の中の年月の差はそう気にとめることはない。

日記内に登場する有名タレントがタモリや松山千春だったりして彼らは今も現役で活躍していることから、色褪せたような古臭さは特に感じない。すでに死んでしまっている人にキョーコさんが熱狂していたとしたら、それはまた違った印象を受けるかもしれないだろうけど。

平成も終わろうとしている今からほぼきっかりとちょうど40年前の今月この日、辺り一面銀世界の大雪原の中に取り残されたようにたたずむ地味な木造ニ階建ての屋根下の部屋にて、キョーコさんは正月が過ぎるのは早いものね、もう9日よと、ボヤいていた。

>今日  .  長谷 川 先生 か ら  年賀 状 が 来ま し た 。長谷川 先生 . 元気 か しら  .  今 も  ”一人 者  ” か な  ?

三が日もとっくに過ぎた9日になってから年賀状を送りつける長谷川先生とは教育者でありながら相当だらしない人だとキョーコさんは感じたに違いないと思ったが、北海道では冬休みが長いため、まだ始業式までは日のある9日ならそんなに遅れて出した年賀状とは思われないのではという気もする。東京だと学校がすでに始まっているため、チンタラと9日にポストに年賀状、しかも教師からだとしたら、その教師は常識を疑われるに違いないだろう。

こうも考えられる。

キョーコさんはおそらく以前の担任である長谷川先生に恩義を感じていて律儀に正月に届くように年賀状を出していたのかもしれない。まさか数年前の教え子から年賀状が来ると思っていなかった長谷川先生は、三が日が過ぎてから郵便局に行って年賀状を買ってからキョーコさんに出したと。正月に受け取ったならさっさと出せばもっと早くキョーコさんに届きそうなものではあるが、そこは東京とは違う冬期の北海道時間による価値観のズレもあり、年賀状の到着が9日になってしまったと。

>長谷川 先生 . 元気 か しら  .  今 も  ”一人 者  ” か な  ?ガンバ っ て ほ し い も ん で す ね!

地方のしかも四十年前の教師といったら、大学を卒業して教師になりものの数年で結婚していたことだろう。地方の保守的な村社会では、教師が三十路前後で独身だったらどこか精神に異常でもあるのかと、陰口を囁かれてとてもじゃないが思春期の子供の担任などさせてくれないような空気があったはずだ。

よって、長谷川先生は三十歳まではいかない、『先生、まだお嫁さん来てくれないの?』と生徒にからかわれても笑いで済むような、当時としては結婚に行き遅れた感のあった27~29歳ぐらいの男の先生だっとみる。

> ” ア ~~ ホ ガ  ョ ” ア ハ !  チ ー サ マ の 口 ぐ せを 書 い た よ!

皮肉の混じった冗談を言うが、相手(先生)を傷つけたくない、申し訳ないと、チーサマの口癖を借りて、私、アホだから許してねと、朗らかに笑いで場をおさめようとする、瑞々しい感性と思いやりを持ち合わせた、キョーコさん。巧みに文中に流行を取り入れたり、親友に話し聞かせるような話し言葉のような親しみやすさのある堅苦しくない文章、そんなところがこの日記が40年の歳月を感じさせないところなのかもしれない。

>宮脇 たち も , 元気か しら 。 会 いたく な っ ち ゃ っ た 。

憧れの一人、宮脇君を呼び捨てにする、キョーコさん。好き過ぎるために壁を取り払いたいと、せめて日記では君をつけないで呼び捨てにしたいとか、そういうものではないだろうと思われる。単なる”君”のつけ忘れかもしれないが、それにしてはここまで書いて気づかないのは清々しすぎる。

>き っ と  1 0 日  も  す ぐ すぎ て し ま う だ ろ う .

残された冬休みはあと10日だけ。あとたった10日で高校合格の確率を高められるような効果的な勉強などできるものなのか。

>始業式 は近い   .    南に し ょ う   !  南で い い よ  ,   南 で  . .  .  .  ね! そ う し ょ う ,  チ    サマ ! お しえてよ  ・  南 で い い ヨ ネ !

今の学力ではとてもじゃないが、もう一つの上の方の希望校「西さわ」は無理よ、南でさえ危ういのに。諦めるしかないのかな、南でいいわよね、それでいいでしょ、それしか残されていないんだからと、妥協するしかないが、どうしても「西さわ」を諦められない、今の所勉強に手をつけないにしては、意外に負けず嫌いのところがある、彼女。

>南で い い の か なあ  . . . 。チーサマ 。  おや す み 。

なし崩し的に南にいったら一生、後悔するかもしれないと、心にわだかまりを持ってはいるが、表には出さずに葛藤を続け、意思をひた隠しにしながら、機運をうかがっているようにもみえるキョーコさんが、40年後の夢はみられないかもしれないが、チーサマの夢をみられたらいいなと、眠りについた   



10-11
 1979 年   1 月 1 0 日  (1 1 日)    1:43
 チ ー サマ . 大好 き ♡
  ナど ト ,  ア! もう  2: 0 5分 に な っ ち ゃ っ た  .
 早 い ワネ    ~ !  (ホ ン ト)   な ど  ト と  ア! の
 間に ふけ お と しをし た っ け  こ ん な 時 間 に な っ て
 し ま っ た。  チー  サ マ 大好き  _  お やす み  ,

 1979 年   1 月 1 1 日    (12 日)  0:4 7

  べ つ に 書 く こ と  あ り ま せん 。
  何*か  ものたり ない 感 じ が  して ます 、
  何で し ょ う ど う な っ て ん で  し ょ う ・  も う い や で す。
  何 も か も が いや で す  _  何 か た り な いの で す  .
  わか り ま せ ん  ・  何 と な く つ ま ら な く て  変な の で す
  何 か へ ん です  . 今 日 は  それ し か  書  く 気 に な り ませ ん _
  ほ んとう に へ んで す  .
  何 か  .  ど う し て か   何 故 か   .  ..  。
  いつか  フ ッ  と 松本晃 に あう か も しれ な い ,  そんな 時私
                       は .  .... お や す み

年が変わったことに実感が無いのか、二日連続で1978年の8を9に訂正した、キョーコさん。おそらく、10日は見過ごし、11日に日記を書き終わってから、あら、受験の年だっていうのに我ながらバカ過ぎて情けなくなると、二日分の訂正をしたのだろう。

そういう僕も、2019年という表記を見ると、そうだっけかと、ドキマギして世間と感覚がズレていることが恥ずかしく思って顔が赤くなる。年始のあるあるでもあり、そういう人は多そうで、いくらかの共感を得ているものかと思う。

心を入れ替えますと、あれほど声高に、今年はその日の日記はその日のうちに書くと宣言をしたにもかかわらず、連日堂々と翌日の深夜にずれ込んで書いていてしまっている。数日前に心を改めたような神妙な口ぶりの固い決心であったのに、言い訳をするどころか、開き直ってそのことの言及さえ面倒なのかしない有様。彼女の生命線である日記の決めごとでさえこの調子なのだから、受験勉強もその道は限りなく険しそうな気がしてならないのも当然だろうか。

>な ど  ト と  ア! の 間に ふけ お と しをし た っ け

急に多用しだした「ナドと」。世で流行中というわけではなさそう。

キョーコさんだけが面白がっているマイブームにしては前兆も脈絡もなさすぎる。目下彼女が一週間首を長くして心待ちにしている、チーサマこと松山千春の深夜ラジオで松山千春が発する口癖に違いない。

いやそんなことより気になるのが、当たり前の行為であるかのようにサラリと言ってのけている「ふけ お と しをし た っ け」の意味。

最初聞いた時、寝る前に自分の部屋の軒先に積もった雪を除雪する(出来る範囲で)ことを、地域の独特の言いまわしで『フケ(雪)落とし』と言っているのではと思った。

でもそんな珍しい方言があったら、今の時代、一般にも知られているはずである。

極寒期の北海道。灯油の燃料代は家計への重い負担となる。零細酪農家の懐に余裕なんてものはない。北海道の冬なら毎日風呂に入らなくたって体臭など気にならないだろう。むしろ風邪をひきにくくなって好都合かもしれない。この日のキョーコさんはお風呂に入らない日だった。でもそこは年頃の女子中学生のこと。頭のフケが気になるので、目の細かい櫛歯の櫛で丁寧に頭髪をすいて「フケ落とし」をした、のではないだろうか。この行為は北海道の一部で行われているということではなく、先祖から受け継いだものか、親がやり出したのか、一家の生活の知恵として家族の中だけで行われている行為ではないだろうか。キョーコさんはそれが他の家庭でも普通にやっていることだと思っているが、いつか社会に出た時に自分の家だけの奇習だと知り、ハッとするに違いない。

昔はままありがちだぅたが、僕の家では麦茶を煮出して作る時に砂糖を入れるのが定番だった。他の家では麦茶に砂糖を入れないと知ったのは、パックで作る麦茶がテレビのCMでやり出してからだ。あれ!? 麦茶って、紅茶やコーヒーと違うんだ、と。キョーコさんも、風呂に入らない日に「フケ落とし」なる行為をすることが特殊なものであることを、人生のある時点で知って驚かれたことだろう。

いや、もしかしたら僕が知らないだけで、名前は違うものの、この「フケ落とし」、無入浴日を設けている家庭では、今でもやっている家があるのかもしれない。汗をかかなかった日に風呂ぐらい入らなくてもどうってことないが、あえてそれを口にするのは過度に潔癖な日本社会においてはばかれるだろうし、よって「今日は風呂入らないでフケ落としで済まそうかしら」という会話はタブーのような空気があって話題に出しにくいのではないか。

>何 も か も が いや で す  _  何 か た り な いの で す

>何 か  .  ど う し て か   何 故 か   .  ..  。

振り返って、今日一日自分のしたことに自信がない。さしたる結果を残せていないから、別に書くことがない、何もかもが嫌で何か足りない、どうしてか何故か、とこぼす、まるで、航海に出てはみたものの、行く宛もなく、気づけば漂流をしていて「ここはどこ?」と甲板の上で頭を抱えてへたり込んでいる、キョーコさん。

>いつか  フ ッ  と 松本晃 に あう か も しれ な い ,  そんな 時私は .  .... お や す み

連続小説のように次回に期待を持たせるような締めくくり方をしてみせた、キョーコさん。なぜ今、 松本晃なのか。辛い今から目をそらしたいばかりに、心の風穴を昔の良かった思い出で埋めたかったのだろうか。

もしかしたら、呼び捨てにするのが、今のキョーコさんの中でのトレンドになっているのか。せめて日記では、心理的垣根を取り払い、ファーストネームで呼び合うような、対等な遠慮しない関係でいたいと、大人の女を演じているような気になって、こういうの悪くないなと、ますますその傾向を深めていくように思われる、キョーコさんなのだった   



12a
  1979年  .  1 月 12日    (13 日 ) 1: 25

  早いもの で も う 12日  . 始業式 ま で あ と  8~ 7 日
  しか あり ませ ん  .   ア! ホ ン ト 1 週 間 しか
  ない! ど う しょ う 勉強だ っ て ま だ  -  ・・  。
  コ リャ ダ メ ダ ! もう ダ メ ! チ     サ マ .

  松本君 .   私 は   あ なた の こ と  を 忘 れた つ も り で した .
  も う  2年 で す .  あ なた を最 後に 見た その 日 ,
  スケ ー ト 大 会 で した 。  そう で す その 日 か ら  2年 も
  の 間 , 私は  ...。   1 年少々もの 間 私 は  忘 れ られ
  ず に い た .   あ と 約  一年 間  あなたを 忘 れたつ も
  りで した .  同* 年 の 人達, と  い っ し ょ に  い る
  だけで 忘れ ま した .  宮脇 君 を  . 金山 君 を
  山角君 を 好き に な っ た つ も り で し た .
  好きで す ・  好 きだ と知っ てい ま す .  で も
  あ なたへ の 思 い とは 違うの です ., も っ と つ よい の
  で す , 今 . 私は そう 感 じ ます  ・ 感 じ て い ま す  ,
  私は ま た  名前 だ けの  あな た  * を 愛 して

始業式まで残り8日だと焦ってみせてはいるが、悲壮感はなく心は上の空。キョーコさんの関心は焼けぼっくいに火がついたごとく、前夜より松本君との淡い思い出によってメラメラと燃え盛ろうと、いいや、自ら薪をくべようとしているのだった。

>松本君 .   私 は   あ なた の こ と  を 忘 れた つ も り で した .

金山、宮脇、山角、の三人衆の前に、松本君がいた。これだけだと、あたかも愛し合っていたようにも読み取れるが、あくまでも、キョーコさんの妄想の中の一方的な恋愛対象としてであった。

>あ なた を最 後に 見た その 日 ,  スケ ー ト 大 会 で した 。  そう で す その 日 か ら  2年 も  の 間 , 私は  ...。

振ったわけでも、振られたわけでもないのに、ただ見ていただけなのに、そうも繰り返し語るかねと、女子中学生の恋愛って、こうも純粋で清らかなのかと、精製された水のように透明なのだなと、40年も前の少女の汚れのない心に胸が張り裂けそうになる、僕。

>宮脇 君 を  . 金山 君 を  山角君 を 好き に な っ た つ も り で し た .

どこまで本当なのか、年上との愛に距離を感じ一度は同年代の宮脇君や金山君を好きになってみようと努力はしてみたが、自分に正直になってみたところ、一番好きなのは松本君であったと。近いから通院に便利という理由で病院を選んではいけない。大事なのは内面よと、キョーコさん。

>あ なたへ の 思 い とは 違うの です ., も っ と つ よい の  で す , 今 . 私は そう 感 じ ます

金山君ら三人も確かに好きだったが、恋愛の原点でもある松本君への想いとは違っていた。身近な彼らでお手軽に恋愛を突き進めよとしていたが、自分に嘘をつき続けるのが辛くなってきたから、洗いざらい話すわよと、キョーコさん。

>私は ま た  名前 だ けの  あな た  * を 愛 して

真綿のような雪で埋まった質素な木造家屋の二階の一室で、小さな胸を焦がしながら、まるで少女漫画の主人公のように立ち振る舞ういたいけな中学三年生の女の子が、この日、この時、今から40年前、確かに、あの今では廃屋となり底が抜けた畳部屋に、両手に抱えきれないほどの希望を持ち、明るい未来に眼を輝かしていた少女が確かにいたのだなと思うと、間違っていなかった、後世に伝えてあげられるだけでも、この日記公開は正しかったと、数年前のあの時のことをしみじみと振り返る僕が、数千キロ離れた彼方の、今、ここにいて、目をつむったまま、深く、頷いた   



12b
 います .   あ なた を 見なくな って  2年  ,  まる 2年
 間 も会 っ て はい な い あ なた を 愛そう と し て い
 ます . い え! 愛 し て い る の か もし れ ませ ん .
何故で す .  ど う し て な んで す ・  自分 で も わか り ま
 せ ん ,  あ なた は 私の 心 か ら の あ こ が れ の 人 な の です .
 き ら い だ  と 思 って も 何 か が それ をか え 昔 の
 あの 思 い 出 が よ み が  え っ て 来 る ので す  .
  今は 好き で はな く  とも , 昔 の こと が 思 い 出 され る と
  涙 が 出 て し まう の で す  .  あなた をまだ お もっ
 てい るので しょう か  .  な ぜ  2年 間 も の 間 顔を
  見せ て く れな いの ,  忘 れな さ い.  忘 れ ま す 。 お やすみ .

>まる 2年 間 も会 っ て はい な い あ なた を 愛そう と し て い ます .

まるでこれは「遠くの親戚より近くの他人」の逆説的な、金山君らでは満たされぬ心を切々と、雪原に向かって白い息を吐いては問いかける、キョーコさん。気づくとガラス窓が一瞬曇ってすぐさま薄氷を張るを繰り返していた。ドサリと、屋根先に積もった雪が押し出されて下に落ちて鈍い音を立てた。

>き ら い だ  と 思 って も 何 か が それ をか え 昔 の あの 思 い 出 が よ み が  え っ て 来 る ので す  .

金山君のサル顔が嫌いだなんていうのは、ただのフェイクに過ぎなかった。皺々の顔の向こうには、颯爽とアイスリンクでスケートを滑る赤ら顔の松本君の端正な顔立ちの横顔が仄見えていたのだ。

>今は 好き で はな く  とも , 昔 の こと が 思 い 出 され る と  涙 が 出 て し まう の で す  .  あなた をまだ お もっ てい るので しょう か  . 

正確には、今はそう愛してはいないのに、思い出すと涙が出てきてしまう。断ち切ったはずなのに、この涙、どういうことなのかしらと、キョーコさん。

>な ぜ  2年 間 も の 間 顔を  見せ て く れな いの ,  忘 れな さ い.  忘 れ ま す 。 お やすみ .

私の本当の愛はどこへ向いているのかしらと、過去の恋愛話まで引っ張り出してきて勉強そっちのけで、いまだ夢想に耽り続けることをやめられないでいる、入学テストを間近に控えた、人生最初の分岐点に今向かわんとしている少女が、眠りの中だけは誰にも邪魔されたくないと、今、静かに床についた   



 キョーコさんはいま一番やりたい事として、とんでもないことを口にしてしまう。

 テレビゲームを一日中して遊んでいたいと。

 そうは言いながらも、今のままだと、確実に落ちてしまうと、冷静な自己分析を試みる、彼女。

 このままではいけないと、自らを奮い立たせるために、「希望」「努力」「夢」などのともすれば軽薄な言葉を踊らせた、追い詰められたような鬼気迫る長文を披露することになった。

 久しぶりに登場の父から、残念な情報がもたらされる。

 キョーコさんが通った地元の小中学校が、消えて無くなるのだという。

 小中の思い出を振り返るキョーコさんの口から、この家に住んでから☓年という、えっ、その家で生まれたんじゃないの!? と投げかけたくなるような意外な一言が   

 加えて、姉の史之舞の部屋に泊まることになったが、そこで、史之舞の彼氏と初対面をすることになる。

 その彼氏は、歌舞伎役者か、大手芸能プロダクションが売り出す若手俳優の気合の入った芸名かというような、ちょっと今まで(僕が)聞いたことのない、気に障るぐらい派手な名前を持つ、男だったのである   




つづく…

「姉の恋人を見定める少女」廃屋に残された少女の日記'79.05

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