オカルト茶屋-56
 一階の食堂跡の床には、めいじや食堂長女の和子さんの物と思われる学生カバンがぞんざいに放おってあった。

 二度と帰らない青春時代の眩しい記憶が詰まったかけがえのない学生カバン。

 本来なら二階の和子さんの部屋に然るべくしてあったはずのものだろう。

 侵入者が遊び半分で二階の部屋から持ち出して、ボール遊びに興じるかのように、屋根や壁に投げて、跳ね返ったのを誰が取れるかなんていう、アメフトもどきのようなプレイに熱くなったのか。

 和子さん、大変申し訳ありません、彼らも根っからの悪人ではないのです。普段、学校や職場で虐げられていて、夜中に心霊スポットに来て騒ぐぐらいが唯一の生き甲斐なのです。彼らとは知り合いでもなんでもありませんが、彼らの気持ちはわからないでもないです、と、心の中で丁寧に彼らに代わって陳謝し、無造作に床に置いてあった学生カバンを大切に抱きかかえて、隅の壁にそっと立て掛けておいた。


 
オカルト茶屋-57
 手動の製麺機があった。

 インスタントや出来合いの麺ではなく、自家製麺にこだわっていた、めいじや食堂。



オカルト茶屋-58
 その健気な姿に毎回胸を打たれる、廃墟で咲き続ける、とても可憐とは言えない花。

 空いた調味料の瓶に花を挿すセンスは、親父さんによるものだろう。麺の湯切りぐらいしか出来ない不器用な男が、柄にもなく、殺風景な食堂にいくらかの華やかさを演出しようと思いついたのだ。

 ここで死にました、などと、非礼極まりない落書きにさぞ胸を痛めている親父さんだろうが、こういった彼が残していった報われない想いを細かに汲み取ってあげることで、そこに気づいてくれたかと、この広い世の中、誰か一人ぐらいはみてくれているものなんだね、と、満面の笑みで昔を振り返ってもらえれば、僕の役割はほぼ達成できたと言えるに違いない。
 
 

オカルト茶屋-59
 世界のどこかでこれを見てくれている親父さんを笑顔にしてあげられたかなと、半ば確信を持って、出口のある二階へと続く階段を上っていった   



オカルト茶屋-60
 最後に、廊下から和子さんの部屋の見納めをする。

 畳の上にちゃんちゃんこ。

 幼き日の和子さんが暖かい日差しを浴びて昼寝をしているようにもみえた。

 写真や手紙ぐらいは、取りに来たらいいのにとは思うが、やはり、あのメッセージが本当であるとするなら、とてもじゃないが、ここに戻って来れるような心境にはならない、といったところなのだろうか。

 生気を抜かれたように顔面蒼白のSさんに、もうやりきったのでここを出ようと言い、足取りの重いSさんを先頭にしてめいじや食堂を後にした。

 Sさんはこの直前に訪ねたエロ本寮の階段で、霊的な存在か何かに無理矢理ズボンのポケットに入れていた手を弾かれたと、パーンと、つい先程、絞り出す様な声で告白をしてくれたばかりであった。

 現場(エロ本寮)でそのことを口にすると完全に取り憑かれると思い、今の今まで、黙っていたのだと、目も虚ろで語ってくれたのだ。

 そんなことがあったのに、さらに、僕の仕掛けたドッキリの遺影写真とのご対面や、一階の首吊り現場かもしれない場所に遭遇など、Sさんの症状は酷くなるばかりだったのだろう。

 帰途、勝手にウェルシアの駐車場に入っていくので、どうしたんですか? と聞くと、「あの心霊現象をまだ引きずっていて、頭痛がしてたまらないんです。頭痛薬を買います」と、彼は店内に駆け込んだ。

 僕は彼は半分冗談で言っていたと思ったので、そこまで重症だったのかと驚いた。

 薬を買い込んできたSさんに「そういう薬って眠気の成分とか入ってそうですけど、運転大丈夫ですか?」と聞くと、「頭痛で運転する方が危険を感じるぐらいにキリキリと締め付けられるように痛むんです。やり切ってみせますよ!」と、拳を高く突き上げ、下唇を噛み締め、二回ほど続けざまに小刻みにピクピクと頷いた。

 めいじや食堂から出ると、東京を背にして車を廃墟ロープウェイの方角へ走らせた。

 少し行くとまた古い廃屋が見えてくる。

 一階の閉じられた雨戸の幅が広いので、木造ニ階建ての家というよりは元商店といったところか。



オカルト茶屋-73
 店先に車を駐車。

 中へは簡単に入れた。

 陳列棚に事務机がある。何らかの物を売る店だったようだ。

 オーディオ機器が多いので、電器屋だったのだろうか。



オカルト茶屋-74
 ミロって、興味が湧いて買ってはみるものの、飲み時がよくわからず、いつまでも残らせてしまうことが多かったが、他の家でもそうだったみたいだ。他の廃墟でも消費しきずに残されている飲料の筆頭である。



オカルト茶屋-62
 祝 卒 業

 1 9 6 9

農 林 卓 球 部


 卓球少年が奥多摩周遊道路沿いに店を開いたが、経験は活かされず、長続きはしなかった。

※農林卓球部というのは、2009年まで東京都青梅市にあった「都立農林高等学校」の卓球部と思われます。「青梅太郎」様、補足ありがとうございました。



オカルト茶屋-81
 遠慮気味のSさんの背中を押して、軋む階段を二人して二階に上がって行った   




つづく…

「秘境の名もなき外国人労働者」湖のきわ、廃墟、オカルト食堂.7

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