吉祥寺-35
 開け放たれたままというよりは、老朽化により、建物全体に撓みが生じ、戸口の枠が歪んだ。戸口に収まっていた戸が歪みにより弾き出されて、戸が倒れ伏したのだろう。

 以前訪問をした金光教の教会と全く同じだ。

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 当初は檀家さんが外れた戸を嵌め込んでいたが、次第に鴨居と敷居のずれが大きくなり、枠に収まらなくなったので諦めて全開のまま放置されたままになってしまった。



吉祥寺-5
 卓上の祭壇に雲水彫の御神鏡台に乗った御神鏡が祀ってある。

 ニワカ知識しか無いので当てずっぽうだが、この部屋は旧社殿で、襖の向こうの隣の部屋が旧本殿だったのではないだろうか。まだ隣の部屋には行っていないが、何があるのかはわかっている。

 ここ吉祥寺は、廃寺ではなく、本堂の傍らに、かつての本堂と前住職のご自宅が廃墟となって佇んでいるということなのだろう。

 我ながら思いがけなく見事な推察に行き着いたと思う。実際、そうである可能性が高そう。

 生え抜きの住職が途絶え、現在、別のお寺の住職が兼務をしていると。



吉祥寺-15
 無住職だからといってイコール廃寺ではないそうです。本当の廃寺は檀家も存在しない。

 ここ吉祥寺は檀家さんがいて定期的に手入れがされている。他の寺と兼務のご住職がいるはずだとのこと。

 吉祥寺は正式名を海浦院 新源山 吉祥寺と言い、新義真言宗寺院。

 明治の廃仏棄釈まで東神奈川駅前の金蔵院の末寺で、金蔵院歴代住職が隠退した際に住む隠居寺だった。

 開かれた年代は未詳。

 本尊は大日如来。門を入り左に庚申塔、右に稲荷社の祠が在る。

※他にも周辺地域の歴史をお調べ下さいました「久良岐のよし」様には感謝を申し上げます。



吉祥寺-8
 風邪薬かと思ったら、単三の乾電池。「ノーベル乾電池」は1950年から1984年まで続いていたブランド。

 ヨドバシカメラとかで安売りされている富士通の乾電池を見るたびに「業務用コンピュータがメインの会社なのに、なんで乾電池みたいな細々した小物で小遣い稼ぎみたいなことをしているのか。ブランドイメージが損なわれるのに」なんて思っていたら、この「ノーベル乾電池」を生産していた会社をその昔子会社化したことで、「富士通乾電池」の名前になったようです。



吉祥寺-7
 岡本太郎っぽいデザインが表紙の保険のしおり。1956年。

 横浜の街の駅前に、半世紀以上も経過した廃墟がその特殊な環境ゆえそのままにされている奇跡がここにもあった。

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吉祥寺-6
 学生カバンではなく、住職さんが使われていたビジネス用のカバンでしょう。

 こういう時、必ず中を確認させてもらいますが、大概カラです。

 今回もそうでした。



吉祥寺-9
 1963年の日本経済新聞のカレンダー。

 新聞は日経新聞、私用の書籍は経済物ばかりだった。

 株でもやっていたのでしょうか。



吉祥寺-22
 坊主にシャンプーは必要だったのか。妻用かも。



吉祥寺-17
 入って右に棚。

 押入れの襖を取っ払ったものかもしれない。



吉祥寺-12
 小箱の引き出しが気になる。



吉祥寺-24
 日の丸のハンカチが入っていた。何か見てはいけないような物を見てしまったような気がして、慌てて閉じてしまった。



吉祥寺-18
 小机があり、ダンボール箱。

 本堂に入る前に、釘に上着を掛け、荷物を小机に置いていたのか。



吉祥寺-70
 ナショナルやサンヨーの包装紙。

 昔は電器屋で蛍光灯を買ったりするとこんな紙に包んでくれたのでしょうか。

 紙類をむやみに捨てたりせず、壁などに貼って再利用するその節約の精神には頭が下がるばかり。



吉祥寺-14
 サッカーシューズのようで、加水分解した地下足袋か。

 ご住職が亡くなられて、本当に手付かずのようだ。



吉祥寺-19
 鼻の先が触れるぐらまで鼻を近づけて嗅いでみた。やはり数十年の歳月を経て臭いは脱臭されていた模様。ただの空気を吸ったのと同じだった。



吉祥寺-30
 明治の粉ミルクの缶。

 元気なお子さんを育てられたようです。



吉祥寺-13
 ラジオか蓄音機か。上部が本の置き場になっていたようなので、ラジオでしょうか。



吉祥寺-31
 1963年、5円の葉書。ちなみに現在の葉書は、62円。

 ご住職のお名前は「金子 泰一」さん?



吉祥寺-32
 昭和38年の暑中見舞いの葉書。

 お子さんもいられたようですが、こりゃいけないと、片付けに来たりしないのでしょうか。廃墟や廃屋でいつも湧き上がる疑問がここにも。



吉祥寺-34
 歌舞伎座で歌舞伎をみた帰り、銀座の不二家で住職が可愛い子供にケーキのお土産を買ったのでしょう……と思ったら、当時横浜(YOKOHAMA)にも既にあったようです。

 不二家の包装紙も几帳面に残してある。

 今気づいたが、初期の気持ち悪い顔をしたペコちゃんのイラストも上の折り目のところにしっかりと描かれていた。



吉祥寺-33
アイロソン錠

 ドロップのような缶に入った風邪薬かなにか。

※アイロゾン錠でした。よく見るとソに濁点があります。 抗生物質。細菌感染時に服用する薬ですが、通常は3~5日。長くても2週間程度の服用に停める薬です。成人では1日100mg錠剤を8~12錠ほど服用するようですが、それでも急性の感染症に対しては1缶(100錠なので成人10日間前後分?)は多い気がします。

ご指摘いただいた、Ruinsマニア様、ありがとうございました。


 興味は尽きないが、小物をいちいち取り上げているともうキリがないので、襖を開けて、隣の本堂に踏み込んでみることにする   






つづく…

「ご住職のもう一つの顔」廃寺参拝に行って来たよ!.3

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