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 荒い治療をする婆さま歯科医に心身ともに痛めつけられ憔悴しきったキョーコさん。

 こんな時に癒してくれるのは、心の恋人しかいないのだと言い、「あこがれの愛」と「やすらぎの愛」についての持論を長々と解説してくれる。

 廃校となる地元の小中学校。

 どういう基準なのかキョーコさんの説明だけでは不明だが、まもなく消滅する地元の学校では、今まで落ちこぼれが0(ゼロ)だったということなのである。

 話の前後から推察するに、それは受験をする希望校に落ちた人が今まで誰もいなかったということのようだ。

 最後の最後に地元の母校の伝統に泥を塗りたくない。それならば、無難でもないがまだ合格する可能性の高い、キョーコさんにとって入りやすい方の高校を普通なら目指すべきである。

 しかし、あえて高い山に登って、山頂で喜びを味わいたい、人生を決めるゲームに賭けてみたいのだと意気込むキョーコさんは、ついに、明確に、大胆な最終決断を下すことになったのだ   



16a
  1979 年(昭 和 54年) 1 月 1 6 日    1 1: 55

  今日 も 歯医者 へ 行 つ て きま した . 歯が 痛 か っ た ヨ!
  コワイ 。 (恐 い) オバチャン に や られ た .  恐 い, 恐 い 。
  あの  グ ル グ ル  ま わ る  や す り .   シュ    ン , シュ    ン
  と な るの ・  痛 い の よ .   と っ ても  .  コ ワ イ .  コ ワイ  .
  宮脇君 ,... .  金山 君  _.. .. .   私 に とって  た よる も の は  .
  人 を 愛 す る こと , 人を 好 き に な る こ と が  私* に と っ て
  大切 なもの .  自分 の 心 を  知 ら れ なく て も   、
  私は  人 を 愛 し てしま う  . 自分 の 心 は だ れに も 知
  ら れたく ない、  特 に  私の 一 番 好き な  ... ... あ こ が れ
  てい る 人 に は 。  私が 人 を 好き に なる の は
  2通りの考 え 方  . ...  こ の み が あ る ,
  一 つ は .   あこが れ の 愛  .   .
  も う 一 つ は  .   やす ら ぎ の 愛 .   た よれる 人 で 何で
  も 話 せて  . 私 の 心 を わか っ て く れ る 人  . や さ しく
  つつ んで く れ る 人  , 私 をさ さ え てくれ る 人  . そ し て
  じ ょ うだ んな ど を 言 っ て 笑 わ で て くれ る 人 .
  あ こ が れの 人  に も   , さ さ え てく * れ る 人 に も

ここ数ヶ月通い詰めでもまだ終ることのないキョーコさんの歯科医院通い。医師は崇められ神格化さえされていた時代。庶民に情報がじゅうぶんに行き渡っていない時代のこと、今以上に治療を引き延ばされて、余計な出費を余儀なくされていた様子。

>オバチャン に や られ た .  恐 い, 恐 い 。

子供だからといって甘い言葉を投げかけることなく、田舎歯医者の殿様商売、遠慮のない荒療治を施されたようだ。

>グ ル グ ル  ま わ る  や す り .   シュ    ン , シュ    ン と な るの ・  痛 い の よ

ここまで痛がっているということは、虫歯による歯痛を伴いながら治療をしてもらっていたのかもしれない。自家製お菓子作りに、喫茶店のパフェ、あたりが原因か。

人それぞれの過ごし方にもよるが、寂れた町に行くと、パチンコぐらいしか娯楽が無いとよく耳にする。キョーコさんはまだパチンコをできない年齢。カラオケボックスが普及した後だったら、また違っていたのかのも。

受験勉強をやらないといけないのに、暇で食べるぐらいしか楽しみがないと言い、甘いものをバクバク食べていた結果が長期に渡る歯医者通いだろうか。

>宮脇君 ,... .  金山 君  _.. .. .   私 に とって  た よる も の は  . 人 を 愛 す る こと

婆さん歯科医に打たれて身も心もクタクタになったキョーコさんは、いつものように、見果てぬ愛を語ることで、心の安らぎを得ようとする。

一見不毛に思われた、連夜の妄想愛語り。

恋人のいる受験生だったら、当時なら交換日記でお互いを励まし合って、苦難を克服していったことだろう。

とんだヤブ医者で歯が痛いったらありゃしないの、と言えば、男が『痛くない医者なんてあるもんか。同じように辛くない勉強だってないのさ。二人で頑張って乗り越えて行こうぜ!』となるところが、今のキョーコさんは痛みや悩みを共有する相手がいない。

胸が押し潰されそうになる時、唯一、心を開いてくれるのがこの日記帳。書いて妄想して訴えかけることで、なんとか己の精神の安定を保ってきた。

これより先では何としても救われて欲しい。あの何冊もの日記帳には、青春時代のパートナーとの目も眩む人も羨むような日々が書き綴られていて欲しいと、別の廃墟で偶然手にした交換日記を読んで、そのあまりのケタ外れの違いに、しばらく言葉を失い、今まで以上に彼女を僕のやり方で支えていってあげなければと思いを新たにするのであった   



16b
 今 は ,  私の 心を * 知 っ て も ら い た く はない
今は まだ  ・  い つも ふ*通 の 友達で い た い か ら .
 相手 が  な に も  知 ら な け れ ば   私 も  友 達と し て
 顔をわ せ る ことが で きる  ・ たと え 自分が 相手 を
 意 しき して い よう とも  .   B U t  相 手 が私 の
 心 を*  ・ お も* い を 知っ た ら  . .. .. 私 は つ ら く なり
 友達 としての つ き合 い は出 き な く な り  好きな人
 との つ きあ いとなる の で  相手 も いや が るだ ろう
 とな と  ・  い っ そう   顔 を合 わせ ること が 出き な くな る
 もし    い や が られた ら  、  き ら わ れた ら  .
 そう , お も う と ・  私 は ・ や はり  自分 の 心 の うちは
 知られたく は な い と お も って し ま う  ・
 たとえ だ れを 好き に なろ う と ・  私は
 友 達 と して つき*あ い たい . 私 は い く ら
 好き で も  あく まで も 友達と して  、 ...
 で  とうす だ ろ う ・  い つ も  , い つ も  見つ め る だ け の
 愛 , 私 は  それで いい.  まんぞ く, と ま で は
 い か ない け れど  今 の まま の が  良 い と 思 う、
彼を好きだ か ら . 宮脇君 も . 金山君 も, 山角 君 も , そして松 本君 も
                         お やすみ

キョーコさんは相手に告白して拒絶された場合に自分が傷つくことを極度に恐れている。嫌悪感を示されたら…なんとも私を思っていなかった人から却って嫌われることになったら…嘲笑されてしまったら…学校中に言いふらされてしまったら・・・と。

学生時代の異性への告白など、大人になってみれば取るに足らないことだと誰しも思うもの。恥も外聞もなく乱打していたら、案外高嶺の花のようにに想っていた人と付きあえていたかも、なんて思うのは、時を積み重ねた今だからこそ吐ける言葉だ。

やり直しのきかない青春時代の只中にいるキョーコさんから、すすり泣くような、相手の反応を甚だしく気にしている、ガラスのように傷つきやすい心の葛藤が伝えられる。

>相手 が  な に も  知 ら な け れ ば   私 も  友 達と し て 顔をわ せ る ことが で きる

告白してもし断られたら、恋人はおろか、友達としてさえ接するのはもう不可能だと決めてかかる、キョーコさん。告白された相手は多少キョーコさんを意識をするだけで、顔を合わせれば雑談ぐらいは普通にするぐらいの心持ちだろうが、彼女の方は羞恥心が湧き上がって、顔もまともに見られず、彼から逃げ回ることになるのだろう。友達としての仲が成立しないと勝手に思ってしまっているのは、キョーコさんの方なのだ。

>相 手 が私 の 心 を*  ・ お も* い を 知っ た ら  . .. .. 私 は つ ら く なり 友達 としての つ き合 い は出 き な く な り  好きな人 との つ きあ いとなる の で  相手 も いや が るだ ろう

相手に恋人がいて断られた場合、彼が嫌がるだろうという懸念を抱く。こっちが好意を持っているのを知った上で相手の男は女の子と付き合うわけで、何より自分が辛くなる、お互い変に意識しあって、友達でいられなくなると、キョーコさん。押しのけてまで恋人になりたいという気はなく、事を荒立てるぐらいなら、恥をかくぐらいなら、何もなかったように友達でいい、一生日陰の石でいいよと、切ない胸の内を語るのだった。

>い や が られた ら  、  き ら わ れた ら  . そう , お も う と ・  私 は ・ や はり  自分 の 心 の うちは 知られたく は な い と お も って し ま う

好意を寄せていることで、嫌われやしないだろうかと、なら黙っておこうとする、キョーコさん。フラれて当然だと壁を突き破れるのは、この今にも溶けて消えてしまいそうな弱々しい文章をみている限り、一生無いのではとさえ思えてきてしまうが、一体・・・。

>い つ も  , い つ も  見つ め る だ け の 愛 , 私 は  それで いい.  まんぞ く, と ま で は い か ない け れど  今 の まま の が  良 い と 思 う

満足をしているわけではないが、恥をかいて傷つくぐらいなら、見つめるだけの愛、ずっと今のままで良いと、自由奔放な取っ替え引っ替えの愛を派手に楽しむ姉と正反対の心に蓋をしたままの彼女がそこにいた   



17a
  19 7 8 年     1 月  1 7 日     (1 8 日) 0:0 5

 今 .  チ ー サマ の アタ ヤ ン  聞 い て お り ま す  。
 千春 ・ 顔 は 良 い とは 言 えな い け ど   心 は  ど ん な 人 より も
 すて き .  私 は  千春 が 好 き ,
 今日 は  自分の 家で 日 記を書 い て お ります   .  の じ ゃ 。
 おとうさんに  むか えに来 ても らったのだ !
 まだ  とま っ て い たか っ た 。 な*ぜ か 知 ら ん けど ネ!
 あと  始 業式 まで   2日 しか ないけ ど ・・・  どう に
 か なる で し ょ う ・   私 , ど こ を 受けたら い い のか な
 西澤も . 南 も  か く じ つ に 入る わ け じ ゃ ない  .
 どち らも あぶ な いのだ  .  ただ  南 の 方が またましという
 所 .   自分 としては で き る  ことな ら 西澤に 行きたい .
 そして  入れる ように ガン バ リ た い  ,    ケ ド モ ・ ど う しても
 勉強 を す る 気 になれな い  .  今 に な っ ても  こんな
 感じ じゃ どう しょう も な い  じ ゃ な い か  . な !
 こまる なあ . ダ メだ  なあ . い や だ なあ .
 高校な る べ く 入 り たい  ・  ぜ っ たい 入りた い . 南 しか
 ないか ・・ ・・  西 澤 に で き る なら  入り たい  .

チーサマこと松山千春の深夜ラジオに夢中なキョーコさんが、彼の魅力について語り出すが、それは当時としてなら意外に感じられるものであった。

>千春 ・ 顔 は 良 い とは 言 えな い け ど   心 は  ど ん な 人 より も すて き .  私 は  千春 が 好 き

この時代の松山千春は、まだ頭髪が薄くなる前の長髪をなびかせていたお世辞ではなく男前の範疇に入る顔立ちであったはずだ。スタイルは中肉中背、身長はそこそこあり、当時の写真をみても、言動は今と変わらないだろうが、女子中高生からちやほやされるような美男子であったといっても決して言い過ぎではない。

彼の心根はともかく、性格をキョーコさんの言う心と捉えるなら、粗暴で尊大なところもあったりで、心が優しいといった感じではなく、むしろ猛々しさに惚れてしまっているというのが本当のところではないだろうか。

北の地の原生林ように荒々しい気質を持ったチーサマこと松山千春がラジオで一瞬みせる優しさ。リスナーからの相談ハガキで親身になって受け答えする時がきっとあったのだろう。普段との落差もあって、すっかり心を鷲づかみにされてしまったと。

さだまさしやばんばひろふみ、その他数多の当時の若手シンガーソングライターの中でも上位にランクしていただろう顔立ちの松山千春のことを、なぜわざわざイマイチな顔であると表現しなくてはならないのか。

金山君のことは猿顔の不満が募って宮脇君に心変わりしたということがあったので、間抜け顔が格好良く見えるというわけではない。では一般的に美顔とされる顔(松山千春)が彼女にとって不細工と映るのか。

おそらくキョーコさんは、顔で人を選んでいると思われることが、人から軽薄で尻軽女と見られてしまうと怖れを抱いたのだろう。人を顔の良し悪しで選びませんよ、私は内面を好きになるのですと。それを既成事実化するためには、松山千春の顔はまずいのだと、彼の美貌を打ち消しておく必要があったのだ。

>あと  始 業式 まで   2日 しか ないけ ど

日記に書かれる内容が彼女の行動の全てではない。もしかしたら、この冬休み、ひたむきに勉強をしていたのかもしれない。やっていなさそうに彼女が語るのは、テストの時に目を充血させながら「徹夜?テストの勉強なんて全くやってないよ」と同じで、必死に勉強していたのに受験に失敗した時の憐れさと羞恥心から逃れるための、やっていないアピールなのかも。

>西澤も . 南 も  か く じ つ に 入る わ け じ ゃ ない 

二つの高校に絞られた。ハードルが高いのは西澤だが、南も楽に行けるわけではない。日記の内容が事実に則しているなら、二校全滅もあり得るだろう。

>自分 としては で き る  ことな ら 西澤に 行きたい . そして  入れる ように ガン バ リ た い

山は高ければ高いほど登りがいがあるのよと、意外な上昇志向をうかがわせる、キョーコさん。

>ケ ド モ ・ ど う しても 勉強 を す る 気 になれな い

予防線を張っていないとしたら、この期に及んでちっとも勉強をしていないことになり、学校を選んでる身分ではないはず。

>高校な る べ く 入 り たい  ・  ぜ っ たい 入りた い . 南 しか ないか ・・ ・・  西 澤 に で き る なら  入り たい

二つの高校の選択以前に、高校受験そのものの失敗さえ考えられる。しかしキョーコさんのこころざしは根拠が無いほどに高かった。今の自分に登ることの出来る最高峰の山を目指してやるんだと。山頂にたどり着いた瞬間に絶命しようがかまわない。高い山に登ってやる。

しかし、キョーコさんのそんな無謀な賭けを思い留まらせるようなある伝統が、今の学校に昔から連綿と存在してきたようなのであった   



17b
 な や む な あ  ・
 今年  最後の 行間辺 小中学 校 の 卒業生 の私
 だけど  どうして い い か わ か ら な い  .
 おちこぼれ ゼロ **** という  今までの 行間辺 の
 伝 とう だ っ たけど 今 私 は こわそうとしてい る .
 今年 は最 後  .  今まで の 人たちの よ う に あき らめ
 るか  .   それ とも  この最 後 と いう言葉 に か けて
 西澤 を お も い き って 受 けるか  .
 私は ただ 母校 を な くす のは い や だ ・ 何 か 一つ
 大きな こ とを して  う し ないたい .   そ の た め には
  かけようか   ・ か けよう  ,  高校 に お ち て , う す ど ろ の
 道 を あ ゆむか  .  又 は  .  高 校 に うか っ た  よ ろ こび
 を あ じ わ い  ・ 高校生活 を して ゆく か  .
 お も い き って  か け て み よ う .
 今まで  こ ん な こ と  一 度 だ っ て し た こ と は
 なか っ た け ど   こ の 受 験 と いう 一 つ の
 私の 人生 を決め る ゲ ー ム に  か けてみ よう、
 決 ま りだ ・  西 澤  ,  お ちても .  受 か っ て も ・

受験校選びに苦悩するキョーコさんが、今までこんな私ってあったかしらと、昼間でも死んだように沈んだ街の空に垂れ込める暗雲を突き破るような、目の覚めるような気炎を上げることになった。

>おちこぼれ ゼロ **** という  今までの 行間辺 の 伝 とう だ っ たけど 今 私 は こわそうとしてい る

おそらく行間辺中学校で培われてきた伝統とは、受験した高校に落ちた人がいなかったということに違いないだろう。

その伝統を、西澤に落ちてしまうことで、壊してしまいそうだと、キョーコさんは危惧している様子。

>今年 は最 後  .  今まで の 人たちの よ う に あき らめるか

キョーコさんは最後のメモリアルな卒業生。

どうやら、伝統とやらを死守するために、今までの人達は、高望みをすることなく、ガチガチの鉄板でないと、高校を受けさせてもらえなかったようだ。いや、そういう空気に圧せられて抗うことなく従っていたのだろう。

>何 か 一つ 大きな こ とを して  う し ないたい . 

母校が失われるのは悲しい。そこで、キョーコさんは何か一つ、どでかいことを成し遂げて、我が母校の歴史の最終頁に名を刻みたいと鼻息を荒くする。

>高校 に お ち て , う す ど ろ の 道 を あ ゆむか  .  又 は  .  高 校 に うか っ た  よ ろ こび を あ じ わ い  ・ 高校生活 を して ゆく か

キョーコさんによる、叙情味溢れる比喩がまた一つこの日記より産み出された。受験に失敗して、中学卒業。フリーアルバイターとして、もしかしたらミスドで接客スマイルで顔は陽気だが、本人曰く、「うすどろ(うす汚れた泥)」のような青春時代を送ることになるのか。又は、難関を突破して、喜びを味わいながら近所の人も羨むような高校生活を送るのか。

>今まで  こ ん な こ と  一 度 だ っ て し た こ と は なか っ た け ど こ の 受 験 と いう 一 つ の 私の 人生 を決め る ゲ ー ム に  か けてみ よう

中学三年生の決して長くはない人生ではあるけれど、今まで、こんな大それた決断をしたことがなかったと、キョーコさん。

あの今では草原の中に朽ち果てた廃屋が一夜で再生されるわけもないが、人生を決めるゲームに賭けてみようと、高らかに深夜の静まり返った草原に響き渡りかねない勇ましい決意表明をしてくれたのである。若干、十五歳の少女が、人生を決めると、口にすることの言葉の重み。遠い未来を予見していたはずはないだろうが、街の衰退や家業の不振をみるにつけ、ここで自分がやらなきゃ、という使命感は少なからずあったのではないだろうか。

>決 ま りだ ・  西 澤  ,  お ちても .  受 か っ て も

伝統なんてくそくらえだ。泥を塗ったっていい。私は西澤を受験するのだと、ここに断言をした、キョーコさんであった   



17c
 く い の な い よ う に  お も っ き り  .  勉 強 し ょ う
 それが 私 の で きる こ と   .   ど こ まで で き る
  か わか ら な い け ど  一 生 け んめ い  ガ ン バ ロ -,
 何 も か もが 最 後 _ この 一 時 に か け よう .

 今 日 歯医者 に 行 っ て  私 ごの み の 人が いた 。
 顔 は リ ー ゼ ン ト  .   だけど 不 り ょ う 的 で は な い .
 な んとな く . . .. そう , お と な しく て  _  ちょ っと や さ し さが あ る
 み か けだ け の  つ っ ぱ り っ て か ん じ  ,   心 の 中 は
 ひ と 一*部  やさ しそ う ・  じ ゅん じ  ょ うそう   、
 なか んじ に  う け と っ た  、  一 目ボ レ と は
 この こ とを 言 う の だ  .   又  会 える と い いの に  .
 高校生 ね  . たぶ ん  .  ほんと に会 い た い  。

 み な さ ん に 会 い た い . ナ ァ             !
 あと  2 日 を  め  い い っ ぱ い す ご さ な き ゃ
 い け な い  ・  毎年  か わ ら な い の は 、  い つ も
 始業式   2・  3 日 前 に して あ せ っ て 、 の ころ
 のもの を や る こ と, ちが うのは ・ 私の 心 だ け , お やすみ  .

周りの従業員はお爺さんお婆さんばかりの港の缶詰工場で働くことになっても仕方がない。出し切って悔いのないようにしようと、キョーコさんは我が身を奮い立たせる。

>何 も か もが 最 後 _ この 一 時 に か け よう

あの北の端の当時でも少し大きい地震にでも見舞われればすぐ倒壊しかねない頼りげない造りの家の二階で、一人の少女が人生を賭して道を切り開くのだと、堂々、明言をしたのである。大学でさえ、遊ぶ時間が欲しいからという理由で進学をする人間が大勢いるなか、こんな明確な悲壮な覚悟を持って高校受験に臨む少女がいますかと、そっと自分の胸に手を当ててみた。

>今 日 歯医者 に 行 っ て  私 ごの み の 人が いた 。顔 は リ ー ゼ ン ト  .   だけど 不 り ょ う 的 で は な い

今じゃほとんど見かけないが、リーゼント頭で歯科医院に通院する人がいるおおらかな時代もあった。

>お と な しく て  _  ちょ っと や さ し さが あ る み か けだ け の  つ っ ぱ り っ て か ん じ  ,   心 の 中 は ひ と 一*部  やさ しそ う ・  じ ゅん じ  ょ うそう

勝手な推測にしか過ぎない感想を述べる、キョーコさん。肯定的に捉えようとしているいじましい努力。すでにそこに愛情が芽生えていた証左か。

>一 目ボ レ と は この こ とを 言 う の だ  .   又  会 える と い いの に

一目惚れだった。

後日、彼のフルネームを知ることになる。



 キョーコさんは、あるハリウッド映画を観に行くことになった。

 先日、歯科医院で一目惚れした彼のような頭をした人が大勢出てくる映画である。

 こんな面白い映画はないと、彼の姿をスクリーンにダブらせていたのか、取り憑かれたように単なる青春映画でしかない凡作映画を大絶賛する、キョーコさん。

 歯科医院でまた彼と遭遇。

 そこで歯科医院ならではのことで心の底から嬉しいと、彼のフルネームを知って大喜び。

 そんな髪型から革ジャンまで羽織ってイキっていた彼だったが、お婆ちゃんと今日も歯医者に来ていたらしく、そのギャップがまた女心を打つのであろうか。

 すっかり彼にべた惚れしてしまった彼女。

 しばらくの間日記には、歯科医院待合室のリーゼントの彼のことが、切々と書かれていくようなのであった   




つづく…

「リーゼント頭の彼を愛した、少女」廃屋に残された少女の日記'79.07

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