峠ドライブイン-62
 少なくともこの季節だけは、人による管理がなされていないだろうことを、ベランダに堆積する落ち葉の量が密やかに物語っていた。

 雨の日は空を恨めしく見上げて、無念さを滲ませながら、このベランダでリフティングの練習でもしていたのだろうか。

 一度は胸襟を開いてくれ、その後途絶えてしまったご関係者の方。

 静かに見守っていくというスタンスなのであろうか。

 ここまで詳細に、旭山ドライブインの歴史を振り返り語り継いでいってやろうという気概のある人がいるのかと、写真付き年賀ハガキの紹介をみて驚かれたのかもしれない。

 この人は本気だ、写真映えといった表面的な見せかけではなく、旭山の骨の髄まで絞り出して、陰と陽の旭山の軌跡を未来に伝え残してくれて、皆の心に刻み込まれるような、この世にニつとない旭山ドライブイン史を編纂してくれるだろうと、無言で背中を押されているのだろうと、もうここまで来たら、そう解釈するしかない。

 当然、この時の僕はそんなことは知るわけもないが、探索時の姿勢は揺らぐことなく一貫しているので、やることに少しも変わりはない。

 旭山ドライブインに関わった全ての人の想いを胸に携えて、館内をまた進み出した   



峠ドライブイン-68
 山を眺める位置に椅子が置かれている。

 後期は人がまばらだった旭山ドライブイン。御主人がタバコを吸いながら、山の景色を愛でるぐらいしか、やることがなかったのかもしれない。



峠ドライブイン-64
 倉庫だろうか。

 食器ばかりで、家族個人の思い出を喚起するような物は見当たらなかった。



峠ドライブイン-65
 やはり、シケモクっぽいのが椅子のすぐ下に落ちていた。フィルターしかほぼ残っていないようなやつが。物の不自由な時代に育った、物を異様に大切にするご高齢者に見られがちなタバコの吸い殻である。



峠ドライブイン-67
 椅子に座るお爺さん。

 後で肩を揉む、カズ少年。

 たった、十数年前に見られた光景だ。

 胸が押し潰されそうになり、投げかける言葉も浮かんでこない。

 期せずして、夢を途中で諦めざるをえなかった、お二人。

 カズ少年がいつかここに戻って来て、新しい商売を始める。

 そんな夢のような奇跡が、ここ大垂水峠の廃墟で、起こらないものかと、冷えきった椅子の背中を半ば放心状態で見つめる、僕。

 何度も言うように、当時の僕はそんな人間模様を知っているはずもなかったが、寂しく佇む椅子をみれば、寂しげな背もたれにも自然と目がいくものなのである。



峠ドライブイン-66
 カズ少年。天気の良い日にでも、お爺さんをここに連れて来て、この椅子に座らせてあげて、山の景色を何時間もみせてあげてやって下さい。

 最終章では、その後姿を捉えた写真を掲載できれば、僕にはもうこの旭山でやり残したことは何も無いと言えるでしょう。



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 二階に上がった。

 敷地は封鎖されていて、バイクでも侵入は無理。

 歩道にバイクを駐めてあるので、それが抑止となり、他の侵入者は僕がいる間ははまず来ないだろうと思われる。



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 最盛期は二階も活用していたのだろうか。



峠ドライブイン-75
 手前の一室に入ってみる。

 旅館の客間みたいな造りだ。



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 ゲストハウスぐらいだったら、明日からでも営業出来そうだが、今のお爺さんにはもうそんな私利私欲は無いのでしょう。



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 ドライブインの団体客用のお座敷だろうと入る前に検討をつけていたが、どうやら違う様子。

 ご家族の部屋であるとしたら、椅子などはよく旅館に備えてあるやつであり、違和感がある。

 当初旅館もやろうと計画していたが、頓挫。造りは旅館部屋がそのまま残り、たまにくる息子夫婦や孫が泊まっていたのだろうか。お爺さん夫婦は下にあった部屋よりこちらの方が数倍良いだろうから、こっちに住んでいた可能性は高い。



峠ドライブイン-71
 箪笥を空けてみたら、シニアの方のものと思われるスーツが並んでいた。

 オーナーであった、お爺さんのに違いない。



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 ビニールシート素材のバッグの中に鞄が入れてあった。が、ビニールシートが自然粉砕されてカバンが露出。

 革鞄。中に特筆するものは無し。



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 並びの隣の部屋へ。



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 さっきまで寝ていたようなぬくもりさえありそうな寝具の乱れがあった。



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 箪笥には女性用の着物などが。

 ちなみに、僕が開けたわけではない。つまり、もう物色した人がいるのである。

 お婆さんの部屋だろう。

 ということは、老夫婦が別々の部屋で寝ていたのだろうか。

 売上が落ち込んで夫婦の喧嘩が絶えなくなり、夫婦関係は破綻していたのかもしれない。

 晩年はお爺さん一人で旭山ドライブインを切盛りしていたとの証言があるが、気になったのは、食品衛生責任者や、破産申立書の名前は、全て妻の名前であったということ。

 破産申立を妻がする。まもなく他界。一人残された夫であるお爺さんが、ドライブインを続けるといったことがあるのだろうか。食品衛生責任者を死んだ人の名前のままで。


 お婆さんの部屋を出る。

 二階廊下の中程には断熱のためか、廊下を中央で区切るドアがあった。

 そのドアを開けて進んで行った時、向こうにもしや人影があるのかと、驚嘆し、心臓を掴まれでもしたように心臓がキュッと収縮して一瞬息が詰まり、飛び上がらんばかりに、廃墟で一人、声をあげそうになるぐらいに、慌てふためき膝下から崩れ落ちそうになってしまった。



峠ドライブイン-80
 幼児が下をうかがっている?

 首を吊っているようにも見えた。



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 これに出くわして、驚かない人はなかなかいないのではないだろうか。

 臀部の膨らみがやけにリアル。



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 動揺を隠しきれず、宙を歩くような足取りで、二階のトイレも含む他の部屋にも行くことになった   




つづく…

「お孫様の哀切なお言葉」解禁、カズ少年の見守る峠の廃墟ドライブイン.5

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