廃墟ラーメン屋-94
 ついに、廃墟ラーメン屋「どさん子」の二階にある焼肉屋「もーもー亭」一番奥の座敷に到達する。

 吊るされているのは、恵比寿様か、大黒様のお面だろうか。

 どういう趣味を持つと、焼肉屋の客席にこんなお面が。

 もしや、遺体にはこのお面が被らされていたのでは、と、つい、とんでもない、まるで本意でない、不謹慎極まりない想像が頭を駆け巡る。

 心の中で丁重に幾度も頭を下げ、土足ではあったが小上がりの座敷にあがり込み、「どさん子」総決算とも言える、最終の大探索に、今、取り掛かかろうとしていた   


 
廃墟ラーメン屋-95
 人形のチョークの跡がないかと、卓上ロースターを備えたテーブルの下を仔細にに確認。

 手応えは無い。



廃墟ラーメン屋-96
 無理に残留物をどけた空間にも見える。

 畳に積もった砂埃に人型の乱れは感じられず。



廃墟ラーメン屋-97
 どさん子と違い、グラスやカップにお金をかけて高級感を演出してある。そこはまあ、評価するとしよう。

 が、コーヒーカップのソーサーと、アイスを出す小皿が全く同じなのはいただけない。女性などは不衛生さを覚えていたのではないだろうか。

 こういうところが、積もり積もって、ただでさえ瀕死のどさん子を廃墟たらしめる要因となっていったであろうことは間違いないところだと思う。



廃墟ラーメン屋-93
 素人がデザインしたような牛のキャラが描かれた箸袋の「いらっしゃいませ」が廃墟で虚しく胸に響く。



廃墟ラーメン屋-71
 居抜きで人に貸すこともできたのだろうけど、年齢的にもう無理を重ねたくなかったのでしょう。設備はじゅうぶん過ぎるぐらい整っていて、余力を残していた。



廃墟ラーメン屋-87
 二階、最深部、トイレ前。

 雑然とするが、ここで絶命したとする確然たる形跡は見当たらない。

 狭いし、彼も場所を選ぶことだろう。

 僕がこの奥座敷に到達する手前で、横目でちらりと、実は、ある物を視界に入れていた。

 それがそうであるならば、片道三時間もかけて遠方の千葉の果ての廃墟ラーメン屋まで、それを目当てにして、僕はやって来たと言えるのだ。

 逃げるな、逃げるな、と、五回ほど言葉を飲み込む。

 暗澹とした空気が滞留して息苦しい殺伐とした店内を紹介できただけでも、普通なら良しとするところだ。

 僕はそれでけでは気が収まらなかったのだ。

 これには、警鐘を鳴らす意味もある。

 世捨て人となり、人知れずお亡くなりになられても、救われることは何一つありませんよ。

 辛くても今をしのげば、何か道は開けてくるものなのです。

 フジテレビの新春特別番組にあともう一歩で出演することになっていた僕が見出したあの「廃屋生き仙人」さんが言われるように、周期的にはもうあと僅かで関東大震災が起きて、東京オリンピックは中止、日本国民の生活がリセットされるのだと、彼は独特の嗅覚で熱弁してくれていた。

 そんなことが本当に起こるかは疑わしいけれど、生きてさえいれば、何か別の飛躍出来る可能性を掴める権利を誰しも有することが出来ることは、間違ってはいないだろう。

 生きてさえいればです。

 ”彼”のような過ちを踏襲しないためにも、是非、これを見て欲しく思う   



廃墟ラーメン屋-77
 もう、お分かりいただけただろうか   



廃墟ラーメン屋-74
 これを発見し、例によって、薄暗い廃墟で男がたったひとり、嗚咽がこみ上げてきそうになるのを、必死で堪え、絶望の淵で沈痛な思いでいる方のために、指針を示さねばと、ぼやけるファインダー凝視しながら、なんとか写真に納めることができたのであった。



廃墟ラーメン屋-75
 盛り塩だ。

 こうなっては、何のためにこの世に生を受けたのか、彼の生誕した時のご両親の喜びの笑顔を想像すると、この身が削られる思いがする。



廃墟ラーメン屋-76
 寂滅された方のお名前だろうか。

 ひっそりとあの世に旅立つけれども、最後に、自分の名前だけは、一部の人にだけでも、我、確かにここにあり、と、緩やかな自己主張はしておきたかった。



廃墟ラーメン屋-92
 現世において、最後に目にしたのが、ワンピースであるとしたら、これほどの皮肉は見たことがない   



廃墟ラーメン屋-72
 盛り塩のすぐ下に、「新★都市伝説」の雑誌。

 どうせ、内容はほとんど作り話に決っている。

 僕は、過酷な真実を伝えに、はるばる千葉くんだりまでやって来たのだ。

 厳然たる事実を前にして、嘘ばかりが詰まった本など、立ち読みする程度の価値も無しだ。



廃墟ラーメン屋-73
 その瞼の裏に焼き付けて欲しい。

 こうなってしまっては、夢さえみられないのだよと    



廃墟ラーメン屋-99
 この階段を踏み外し、前転して転がり落ち、脳天を地面に叩きつけて死ぬのもこれまた人生、そんな達観した肩の力の抜けた考えをこの状況において自分がこの短い時間の間に出来るように成長したような気がしたのだ。



廃墟ラーメン屋-107
 往来の激しい幹線道路沿い。

 狭い歩道にも自転車で通行する人が絶えない。

 そんな歩道の一画に立ち、好奇の目に恥じることなく、両手を脇にそれぞれ揃え、中指はきりりと真っ直ぐ下に、深々と黙礼を、いつもより若干長めの六秒間ほど、黙々と続ける。

 どうか、静かに、安らかにお眠りください。

 また遭う日までや、また来ますは嘘になるので、言いません。

 駅に向かおうと歩き出す僕に、車からの視線が突き刺さったが、僕はなんだったら、こんにちは!と手をあげて挨拶しかねない爽やかな心持ちで、駅までの道のりを軽くステップを踏む躍動感溢れる足取りで、老人の自転車を追い越しかねない速度で帰って行ったのだった   




おわり…

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