58
 歯医者の待合室のあの人への想いは日ごと募るばかり。

 会いたい、会いたい、今すぐ会いたい   

 それとどういう関係があるのか、当時なら、不良少女の象徴でもあった、制服のスカートの長い裾。

 あの彼が、リーゼントなら、私はスカートの裾を伸ばしましょ、2.5センチほど、とばかりに、少しでも彼に合わせて、気に入られたいとの思惑があるのか、キョーコさんは、スカートの裾を伸ばすことにしてみた。

 待望の歯医者に通院の日。

 もう、歯の治療の進行具合なんてどうでもいい。頭の中は、あの人のことでいっぱい。

 街の歯医者へ行くために、駅まで行く。そこにいたのは、佳子ちゃん。傍らには、つい、数ヶ月前まで、深夜にあの隙間風吹く屋根裏部屋で、連夜のように、もだえ苦しむほどに愛してやまなかった、時に、涙腺を緩ませながら、ひたすらに愛を綴った、佳子ちゃんのパートナー、修学旅行の夜、奇跡の一夜をもたらしてくれた、あの、彼もいた。

 キョーコさんと、佳子カップルは友達でもないので、一緒に汽車に乗車して同じボックスシートに座りましょう、ということはない。

 満員の車両。二両目にもただ一つの空席さえない。

 キョーコさんが座席を求めて三両目にいった時、数ヶ月前までは、芸能人ならタモリ、現実の世界なら、猿顔で愛嬌のあるあの彼が、今、目の前に、とんでもない場所に座っているのを発見する。

 通常では考えられない場所に座していたその彼に向かって、キョーコさんは、自分でもびっくりするような一言を発したのだった。

 以前までなら、汽車で彼を目撃しても、遠くから物欲しげに眺めているだけだった、キョーコさんが、こう言い放った。

「こんにちは!    

 一体、キョーコさんの中で、何がどのように、変わってしまったのか   



21
 1 9 7 9 年  1 月 2 1 日   (2 2 日 ) 0:4 6
今日 史之舞 が 来 ま した  .  他 に 何 も あり ませ ん
 たしした こ とは  な か っ た  日だ っ た  ・
 スカ ー ト の 長さ を 少*々  長く して し ま っ た . ( 2 . 5...
 くら い )  並木 の 人達 元気 か し ら . .. 会 い た い 。
 金山 君  ,  宮脇 君  . 山 角君   . . .  ど う し て る か し ら ・ ・ . _
 ナ ド  と ! きも ち わる く  な るね ”か しら ”という言ば
  を 使 う と . ・ ・  。
 貴方 は  ど う して い る の だ ろ う ・ ・ . ・ ・
 明 日* , 会 え るだ ろ うか  、 会 え ない だ ろ う か  ・
 会 い たい . 会 いた い 。  で も 会わ ない 方 が  い い のかも
 しれない  ,  貴方 の こ と を早 く 忘 れ る こと が で き る か も
 しれ な い か ら  ,  貴方 を 好きだ か ら  その 方が い い の
 か も しれな い  .
  たとえ , 二度 と会 えなく て も  ,  貴方の名前 が
 あ る の を 見 る たび に  , 私 は 涙を  こら え るで しょう、
貴方が  好 き だ か ら .  貴方を 好き に な っ て し ま っ たか ら .
貴方を 早 く 忘 れて し ま う こ と を願 いま す 。 貴方 が 好き だ
                      か ら  _  .  .  . .  。
                                    お や すみ ♡

グレて不良になった少女が、気合入ってますと、威圧感と凄みを利かせるために、煎餅みたいな学生カバンに、ロングドレス並に長い制服のスカートを着るのが当時の定番であった。

映画グリースのスクリーンから飛び出して来たような、リーゼント頭の歯医者の待合室の彼。キョーコさんいわく、根は不良じゃない、とのことだが、地方の都市部でそんな頭をしていれば、北の冬の荒海のように荒々しい激しい気性の不良グループに何時絡まれても不思議ではない。リーゼント頭であるということは、本人もつっぱっているぞという、自覚があってのことだろう。

>スカ ー ト の 長さ を 少*々  長く して し ま っ た . ( 2 . 5... くら い )

少しでも、時治君に寄り添いたい。狩猟ナイフの先端のように尖っている彼。酪農家の牧歌的でぼーっとしている娘じゃ、鼻にもかけてくれないかもしれない。そう考えたキョーコさんは、ちょっぴり冒険、ちょっぴり不良の末席にでも置いてもらおうと、目立たぬよう、地味に、スカートの裾をほんのちょっと、2.5cmほど、彼のために伸ばしてみたのではないだろうか。

>金山 君  ,  宮脇 君  . 山 角君   . . .  ど う し て る か し ら ・ ・ . _

もうすぐ卒業式。かつて愛した人達も、皆、それぞれ巣立ってゆく。我が母校は廃校。新しい憧れの人は出来たけれど、今では、彼らを好きになったことは何物にも代えがたいかけがえのない思い出である。この三人を精神的支柱にすることで、この三年間、やって来れた。ありがとう。どうしているかしらと、一読者からしてみれば、なんてことのない語りだが、キョーコさんからしてみれば、気恥ずかしくなる表現を用いることになったようだ。

>ど う し て る か し ら ・ ・ . _ナ ド  と ! きも ち わる く  な るね ”か しら ”という言ばを 使 う と . ・ ・  。

「~かしら・・・」を、大人の女性のような表現であると、キョーコさんは考えているようだ。それを、あえて使用してみた。まだしっくりこないみたいだが、キョーコさんはまた、今、確実に、大人への階段を一段、昇ったと言えるのではないだろうか。

>貴方 は  ど う して い る の だ ろ う ・ ・ . ・ ・

まだ私には早かった。恋人もいない、高校受験も危なっかしいこの私が、上辺だけ大人の女性の真似したって、中身がとも合わないわよ、あぁ恥ずかしいと、両手で顔を覆い、キョーコさんはすぐさま「の だ ろ う ・ ・ . ・ ・」に戻す。

>会 い たい . 会 いた い 。  で も 会わ ない 方 が  い い のかもしれない  ,  貴方 の こ と を早 く 忘 れ る こと が で き る か もしれ な い か ら

少女漫画の一場面のような語りをする、キョーコさん。主人公になりきって演じているならまだ子供っぽくて微笑ましいが、受験日が迫っているこの時分、本気でこんなことを考えているようなら、取り返しがつかないことになりかねないだろう。

> 貴方の名前 があ る の を 見 る たび に  , 私 は 涙を  こら え るで しょう、貴方が  好 き だ か ら .  貴方を 好き に な っ て し ま っ たか ら .貴方を 早 く 忘 れて し ま う こ と を願 いま す 。 貴方 が 好き だか ら  _  .  .  . .  。

昔のチャン・ドンゴンのCMのパロディーにしか見えないが、当時のキョーコさんが知っているわけがない。切羽詰まった受験生が、とてもこの時期に吐くようなセリフではない。十五年生きてきて、その後の人生を左右するような一番大切な時期。キョーコさんが、病魔のような恋の病に犯されているのだとしたら、勉強が手につかなくなるのは必然であり、あの廃屋が、ヒタヒタと忍び寄ってくるのは当然の結果だろう。その恋、受験日までお預けにするのが得策だと思うものの、そうはいかないのが、それぞれの人生なのだろう。



22a
  1 9 7 9年   1 月 2 2 日 ( 月 )  *     1 0:5 0

 今日は  万年筆で 書 い て み ま し た . ど う で す 。
 今日 , 学校で ス ケー トの 練習 をし て 多少 足が いたが っ て
  お ります わ い 。  今 日 は 歯 医 者 へ 行 く 日 で し た の で す 。
 並木 に行 きま し て . よ し 子ち ゃ ん ( 山角 )が い た わ け よ .
 *汽車が 来 て  後  を 見 る と  ・ 金山君が  い た のよね  ・
  これに は  お ど ろ き  .  その 時  私 に は 金山 君の こ と な ど  これ っ ぽ
 っ ちも 頭 に なか っ た で し ょ う 、 頭 に あ っ た の は  あの 人の こと だ け 。
 今日は 会 え るか 会 えない か  名 前 が  あ る か ないが ナ ド ナ ド  ・ ・・ ・  。
 だか ら こそ 金山君 を 見た 時 には ”ウ ヮ  金山 君だ  ” と 思 っ た
 く ら い お ど ろ い た 。  汽車に の っ て  2 り ょ う ・・・ 目 は い っ ぱ い だ っ た
 か ら 3 りょう 目 に 行 こ う と した 途中 に は 金山 君 が すわ っ て た わ け
  なのよ・ ( し ゃ り ょう し つ ?) 顔 を 見合 わ せ て   私が ”コン ニチ
 ワ ”  と  あ い さ つ  した ら あちらも  ” コ ン ニチ ワ  ” だ っ て  ・
 私 も び っ くり  .  で も 今 の 私 に は 昔 ・ ・ ・  あ の 時 の よ う に 金山
 君 を 好 き に なれ なか っ  た。 い つも は 一 目 み る たび に  思 いが
 つ の り ・  ま た 心 が ぶ り 返 っ て い た け れ ど   今 回 は . . .
 あの 人の こ と が  い っ ぱ い  で , あ の 人 の こ と が  好きで

今日起きた出来事により、精神的に大人になったと誇らしげであるのか、使い慣れない万年筆で日記を書いてみた、キョーコさん。「どうです」とは、誰に言っているのか。

>今 日 は 歯 医 者 へ 行 く 日 で し た の で す 。並木 に行 きま し て . よ し 子ち ゃ ん ( 山角 )が い た わ け よ .

早く来い来い歯医者の日、と、その日を待ち望んでいた、彼女。街の歯医者へ通うべく、並木駅へと向かった。そこにいたのは、山角佳子こと、つい数週間前までは、キョーコさんの憧れの片思いの人と、クラスの級友も羨む、ベストカップルであり続ける、佳子ちゃん、その人。

>汽車が 来 て  後  を 見 る と  ・ 金山君が  い た のよね  ・これに は  お ど ろ き  .

あれほど愛した金山君を、先日までなら、眩しくて直視出来なかったであろう、夢にまで見て追い続けていた金山友彦を、まるで、佳子ちゃんのオマケのペットみたいに切って捨てるとまではいかないが、フンと鼻であしらうかのような、彼女。

>その 時  私 に は 金山 君の こ と な ど  これ っ ぽっ ちも 頭 に なか っ た で し ょ う 、 頭 に あ っ た の は  あの 人の こと だ け 。

勝手に金山君に恋をして、勝手に葬り去った、キョーコさん。もう、頭には菅野時治君のことしかないと、明言。

>今日は 会 え るか 会 えない か  名 前 が  あ る か ないが ナ ド ナ ド  ・ ・・ ・  。

すぐそこに、あの、学校のスター、金山君がいるというのに、目もくれず、心は早くも、歯医者の待合室。受付に、時治君の名前があるかな、彼は来ているかなと、頭に彼の横顔を思い浮かべる。

>だか ら こそ 金山君 を 見た 時 には ”ウ ヮ  金山 君だ  ” と 思 っ たく ら い お ど ろ い た 。

彼女は、二つの意味で驚嘆をしていたのだろう。もはや完全に興味を失っているとはいえ、少し前までは四六時中、胸ときめかしていた、あの金山君が目の前にいることへの素直な驚きと、目の前にいるのに、前は胸が押し潰されそうになるぐらい愛しくて切ない想いをしていた、金山君を前にしても、何の愛情も湧いてこなかった自分に、一番驚いていた。比重としては、三対七の割合で、自分の金山君へのあまりの無関心さに驚きを禁じ得なかったのではないだろうか。

>汽車に の っ て  2 り ょ う ・・・ 目 は い っ ぱ い だ っ たか ら 3 りょう 目 に 行 こ う と した 途中 に は 金山 君 が すわ っ て た わ けなのよ・ ( し ゃ り ょう し つ ?)

金山佳子ペアとは別々に汽車に乗り込んだ、キョーコさん。満員の車内。混雑の中、座席を求めて三両目まで行く。その途中、金山君が座っていた。車両室のような場所に。使用していない車掌室のことなのだろうか。座りたいがために、若さゆえの特権だとばかりに、金山君は多少の無茶をしていたのかもしれない。

>顔 を 見合 わ せ て   私が ”コン ニチワ ”  と  あ い さ つ  した ら あちらも  ” コ ン ニチ ワ  ” だ っ て 

ほんの数週間前まで、誰が、金山君に「コンニチワ」と元気に挨拶をするキョーコさんの姿を、想像できただろうか。

この「コンニチワ」が生まれるに至った背景には、次の二つがあげられるだろう。一つ目は、リーゼント頭の時治君の出現により、金山君が子供っぽく、刺激の無い退屈な人間に思えてきてしまったことにより、彼への興味が急激に削がれてしまい、近所のおじさんと挨拶をするのと変わらないぐらいになってしまった。要は与し易い相手となったのだ。

二つ目は、年齢が上の若干反体制的な男に惚れたことで、精神的に大人になり、社交的な挨拶が交わせるようになった。

>私 も び っ くり  .  で も 今 の 私 に は 昔 ・ ・ ・  あ の 時 の よ う に 金山君 を 好 き に なれ なか っ  た。

金山君の方も驚いていたに違いない。修学旅行でのキョーコさんとの触れ合いなど、とっくに忘れているはず。でも一番驚いていたのは、自ら彼に挨拶を元気よく交わした、キョーコさん、その人であろう。もう金山君には、何の恋心も抱けないんだなと、一抹の寂しささえ感じたに違いない、彼女。

>あの 人の こ と が  い っ ぱ い  で , あ の 人 の こ と が  好きで

大切な飾り細工に触れるように、微細に丁重に彼のことを想い労るあまり、名前を呼ぶことさえ気遣い、私めが勿体無いこと(名前を呼ばせてもらうこと)ですと、躊躇っている、キョーコさん。愛情が無になった瞬間、よっ、と挨拶を交わせるようになった金山君とは、実に対照的なのであった。



22b
 あま り  ドキ ッ  とは し なか っ た ・  で も  や っ ぱ り 今で も
 好意 を 持 っ て い る 私 だ か ら   ・ . . .  多少 え んり ょ が ち に なっ た り
 なんか し て ね 。  ひさ しぶ り ね  金山 君 。  声を か け た の も
 修学 旅行 の 時  貴方 が   声を か けた時 以 来 で す ・  その 間
 一 言 も 言葉を か わす こ と は なか っ た。   金山 君 と  もっと 話 を
 す るんだ っ た なあ と  こ うか い し て たりなんか して ね。
 歯医者 に 行っ て  ,  帰 っ て きて 汽車 時間 に なっ て  ステ ー
 シ ョ ン で まだ ひ まをつぶ してた時 再 び  よ し子 ち ゃ ん と 会った。
 金山 君  来 な い か し ら と 思 い つつ  見 て いたけ ど   来なか っ た みたい
 だ っ たか ら あ き らめた。 *  汽車 に 乗 っ て  2 り ょ う 目 は
 いっ ぱ い で  2 り ょ う 目 と  3 り ょうめ を つ な ぐ  所 を 見る と
 人 が いたの で  そ こを  通 る の はやめ て  外 に お り て か ら
 *  3 り ょ う目* に 行っ た ら ・  目の 大きい 女の2 人  ( ま え に 会った
 ことのある 人 で す ) が い て  す ぐ に   巧君 も 来 た 。
 3 りょ う 目 は だ ん ぼ うが き か んと いう こと で  つか え な か っ た
 私 たち は   3 りょう 目 の と ぐ ち に い た。 2 , 3 りょ う 目 を つ なぐ 所で
 見る と   2 人の 男 の 人 が い た  .  つう ろ 側 に い る の はさ っ き の 人
 外側 に い る の は  ナ ,  ナ ン ト   金山 君 で した ・   お ど ろ き  .
  またし て も 会 っ ち ゃ っ た ん だ も の  _   イヤ ネ      !
 
口では、金山君を完全には断ち切っていないと説明する、キョーコさん。それが本当であるとしたら、近所の八百屋の店主に気安く挨拶をするように、金山君に対してあそこまで物怖じせず、フレンドリーに接することはできないのでなないだろうか。原理主義的純粋さが失われたこそなのか。かつて愛した人を、無碍にはできないと、金山君の面目を保たせてあげているという気にでもなっているのか。とにかく、金山友彦という踏み台を一つ登ったことにより、立ち振舞や言動が急に大人びたように感じられた、キョーコさんなのであった。

>声を か け た の も修学 旅行 の 時  貴方 が   声を か けた時 以 来 で す

金山君に胸を打ち砕かれたあの修学旅行の夜以降、悶々とした夜を過ごして来た、彼女。その間「おはよう!」の一言さえ無かった。

>金山 君 と  もっと 話 をす るんだ っ た なあ と  こ うか い し て たりなんか して ね。

既に金山君は前を通り過ぎて行った男。胸拗らせ続けていたその最中に、会話が出来ていたらどんなにか幸せであったろうかと、追懐し、窓の向こうに見える暗闇に揺れる草原の月あかりに照らし出される葉の葉先をじっと無言で追う、彼女。今の私が、金山君に身悶えしていた頃の自分と入れ替われたらなと、悔しささえ滲ませる。

>ステ ーシ ョ ン で まだ ひ まをつぶ してた時 再 び  よ し子 ち ゃ ん と 会った。 金山 君  来 な い か し ら と 思 い つつ  見 て いたけ ど   来なか っ た みたい

街の歯医者で治療を済ませ、家路につこうと、駅で暇を潰していた時、再び、佳子ちゃんと遭遇。金山君の影は無かった。もはや、金山君を恋人候補としては受け入れることはできない。でも、追憶のアルバムを読み耽るように、金山友彦は神々しいまでに、宝物のように燦々と輝いている彼女の心の頁の一角を占めるまでにキョーコさんの中では特別な存在になり仰せていたのである。

>3 り ょ う目* に 行っ た ら ・  目の 大きい 女の2 人  ( ま え に 会ったことのある 人 で す ) が い て  す ぐ に   巧君 も 来 た 。

均君ではない。しっかりと力強く、「巧」君と記述している、キョーコさん。前にもこのような表記があり、間違えているのか、それとも紛らわしい人がいるのかとコメント欄でも意見が寄せられていたが、その解答を、キョーコさん自らのペンで、もう少ししたら答えてくれることになる。

>3 りょ う 目 は だ ん ぼ うが き か んと いう こと で  つか え な か っ た

3車両目の暖房機器が故障中で一車両丸ごと使用禁止となっていた様子。極寒の冬、北の大地のかの地では、暖房が効かない車両など、命取りとまではいかないだろうが、命が削られる思いをするのは必至で、国鉄の車掌も最善の判断を下したと見える。

>2 , 3 りょ う 目 を つ なぐ 所で見る と   2 人の 男 の 人 が い た  .  つう ろ 側 に い る の はさ っ き の 人 外側 に い る の は  ナ ,  ナ ン ト   金山 君 で した ・   お ど ろ き

胸に空いた「金山友彦」という穴を、夜毎、情愛という名のパテで埋めていた、キョーコさん。『彼、私の方へ振り向いてくれないかしら。』そのひたむきであった愛は、ハイ、今日からと、早々に、打ち消し去られるものではなかった模様。

>またし て も 会 っ ち ゃ っ た ん だ も の  _   イヤ ネ      !

でもどこか、ゲームを楽しんでいるような余裕と気安さがあり、金山君の存在は既に過去のアルバムの写真の一枚となり、その印画紙はセピア色への劣化の進行がもう始まっているようなのであった。



22c
 東藤淵を 少し すぎ てか ら . 2、3 の  つ なぎ の 所 に 行 っ た。
 そ こ は  暖房 が 入 っ てい る の だ。   とは い え  あ の  せ ま い 所 に
  6 人 .  2人 は す わ っ て い る け ど    あの きゅ う く つ な 所 に 4人 ,
  私は 金山 君 の 前 に いて の 行 動 と は お も え な い ほ ど の 行動を
 と っ たなあ ~____  と 今 つ く づ く 考 え て い る  、  巧 君が  いたから
 ジ ョ     ク を 言 っ た り し て  ・ ・ ・ ・  金山君 な ぞ ムシ し て し ま っ た。
 巧君は  し っ か り して い る し ま ぁ  . . .  悪 い と こ ろ と い う と 顔ね . . , 。
 ナド と ・・ ・・ 。  並 木 に 来て .  み ん な お りて い っ て  金山 君 は 巧 君 に
 * 頭を さげ て  ” サ ヨ ウ ナ ラ  ” と 言 っ た  .  せ ん ぱ い に対 し て
  すご く  礼儀 正 し い ね  ・   と 思 っ た。  まあ  .   私 は 知 っ てい る 人
  で もあ る し  せんぱ い  で も  あ る し  ・ ・ ・ ・ ・  均 君 の 兄 で も あ る
 か ら   巧 君 に 対 し て 礼 議 正 し く な ぞ は  し なか っ たけ ど
  歯医者 の 受け つ け して も らっ た こ と  は . 私 が  わさわざ 巧君 に
 書 い ても ら っ て い る 立場だ か ら  お れ い の 言葉 を い う 時 は ちゃん と
  して 言 っ た よ  ・  こ ち ら は たの む 立 場 だ も の  え ら い 口 を たたい て は
  い け な い ・ とく に せんぱ い に 対してはね 。
  ホ ントにしたしぶ り に 金山 君 に 会 っ て また  好 き に な り そ    !
 ナ ド と ・  う そ よ ,   友達 以上 に は  思 え な い .   た だ  ま え 好 きだ
 っ たか ら 心配 し て し まう だ け よ ・  ね    !  今 日 歯 医 者 で

押し合いへし合いの車中を、キョーコさんは金山君や巧君らのいる場所まで移動した。そこでは、今では菅野時治君に全身全霊を捧げているからこそ可能な、大胆な行動をとったということなのである。

>巧 君が  いたからジ ョ     ク を 言 っ た り し て  ・ ・ ・ ・  金山君 な ぞ ムシ し て し ま っ た。

巧君にはジョークを言い、雑談に花を咲かせた、キョーコさん。「なぞ」を用い、虫か肩に溜まったホコリでも振り払うかのような表現で、金山君を過去のものとした、彼女。愛が醒めるのは突然で、冷えてから、熱を持ってくるのも、また早い。今、僕は、人の心変わりを、間近に見ているのだろう。

>巧君は  し っ か り して い る し ま ぁ  . . .  悪 い と こ ろ と い う と 顔ね . . , 。

本人の努力のしようがない辛辣な欠点をあげる、彼女。

>金山 君 は 巧 君 に* 頭を さげ て  ” サ ヨ ウ ナ ラ  ” と 言 っ た  .  せ ん ぱ い に対 し てすご く  礼儀 正 し い ね  ・   と 思 っ た。

同じ学年に、均君と巧君という紛らわしい名前の二人が存在するものばかりと思っていた。いや、思われていた。君付けしていたし。違ったようだ。キョーコさんや金山君、均君達より、巧君は先輩であるのだということのようである。そういえば、女の子が学年の先輩を君付けしていました。

>均 君 の 兄 で も あ るか ら   巧 君 に 対 し て 礼 議 正 し く な ぞ は  し なか っ たけ ど

似たような紛らわしい名前は何も偶然ではなくて、二人は兄弟だったのである。いつもぞんざいに扱う均君のその兄だからといって、兄の巧君に礼儀正しくしないのは、どういう論理展開からなのか理解しかねるが、兄弟揃ってキョーコさんの恋愛対象の眼中にないことだけは、確かなのだろう。

>歯医者 の 受け つ け して も らっ た こ と  は . 私 が  わさわざ 巧君 に書 い ても ら っ て い る 立場だ か ら  お れ い の 言葉 を い う 時 は ちゃん として 言 っ た よ

一体、どういうことなのか、頭を捻って考えてみた。

僕も経験があるが、中学時代の歯医者は友達の口コミによるものであった。「あそこの歯医者、痛くしない?」なんて聞いたりして。キョーコさんも、きっと同じだったのだろう。かつて自分の好きな人リストの盗み見までされた、校内の事情通、均君にまず話を持ちかけた。「俺の兄貴、ちょうど今通院してるから聞いといてやるよ」。そして、均君経由で、巧君から、オバハン女歯医者のいる歯科医院を紹介される。紹介状まで書いてもらったと。

>ホ ントにしたしぶ り に 金山 君 に 会 っ て また  好 き に な り そ    !ナ ド と ・  う そ よ ,   友達 以上 に は  思 え な い . 

痣やタトゥーがなかなか消えないように、気持ちは失せてはいるが、金山君の残像は完全には彼女の頭の中から消し去られることはないようだ。

>た だ  ま え 好 きだっ たか ら 心配 し て し まう だ け よ ・  ね    !

今愛している、菅野時治君の存在が自分の中で自分の過去の記憶に脅かされ兼ねないことを憂慮する、キョーコさん。そんなことないよねと、打ち消しに必至なのは、土台の基礎がまだ固まりきっていないと、自覚があるからなのだろう。



22d
 あの 人の名 が  あ る か ど う か と 思 って   ノ ー トを サ ッ  と
 見たけ ど  なか っ た み たいだ った 。  サ ッ と 見たか ら  わ か ら な
 か っ た のか も しれ ん け ど  ,  あの 人 の 名 は 見 つ か ら な か っ た。
 今日 は 来 ないのか も しれな い  ・・・・   そ う 思 う と ガ ッ カ リ し た ・
  私 が  行っ た 時   すぐ に や っ て く れ た  .  一人 しか *い な
 か っ たか ら  _   又 . か ん ご ふ が 新 し い 人 が  来 た.
 この人 は  何 日 く ら い  もつだ ろ う  ・ この 歯 医 者  だ い じ ょ う
 ぶ か しら ・ ・ ・  と考 え て  し まう ほ ど ・   今日 の  お バ  ハ ン は
 やさ しか っ た ・  と い う か  み んな  .   他 に(男 の人 一 人 だ け し か い な い け ど )
 やさ し か っ た 。  き っ と   入 っ た ば か り の 新 しい か んご ふ に .
 悪 く 見ら れま い と して い る の だ ろう  .   この 人 も  あ と 何 日 続く か ・・  。
 明 日 も 歯 医者  、  な ん だ か  ね む い  ,  ま た   1 1:3 0 分 な ら
 な い の に - ・・ 。  今日 は   千春 の オ ー  ル ナ イ ト ニ ッ ポ  ン
 きけ そう に な い 。 ゴ メ ンネ   千春  ,  千春 を 好 き だ け ど
起きて ら れ そ う に ない 。  サ ヨ ナ ラ   オ ヤ ス ミ 千春  ,
 金山 君 の  兄さ ん の名前 , 春彦 で な く て  晴 彦 だ っ たのよ
 まち が い  ,  違 が い ・  ユ ル セ  ユ ルセ  .
  明 日 は   あ の人 に 会 え る た ろ う か  . 会える と い いの に ・ あ の 人 に
  今 日 は  ぐ っ す り 寝 よ う ・  眠 む ろ う . あの 人の ため に ・ 明 日 を生き
                         る ため に ・・・  お やすみ ,

今も尚、菅野時治君の名字さえ呼べずに、「あの人」で統一。恋愛初期にみられる、口臭も体臭も無いような、彼を絶対神聖視していてまだ恋愛の入り口に立っている段階の証左なのだろう。

>ノ ー トを サ ッ  と見たけ ど  なか っ た み たいだ った 。  サ ッ と 見たか ら  わ か ら なか っ た のか も しれ ん け ど  ,  あの 人 の 名 は 見 つ か ら な か っ た。

受け付けでは、診察券を受け付けの女性の人に渡す。同時に、受け付け順番待ちの用紙があり、個々にそれぞれ、名前を書き込むようになっている。そこで、キョーコさんは、目ざとく、時治君のフルネームを盗み見したということのようなのであった。

>今日 は 来 ないのか も しれな い  ・・・・   そ う 思 う と ガ ッ カ リ し た ・

あの人の名前が無く、落胆する、彼女。もはや、歯の治療より、時治君の後ろ姿を追い求めて、ここへやって来ている、彼女。

>又 . か ん ご ふ が 新 し い 人 が  来 た.この人 は  何 日 く ら い  もつだ ろ う

キョーコさんいわく、治療の荒い、オバハン歯科医。それは何も患者に対してだけではなく、歯科助手にも同様であったようで、入れ替わり立ち替わり辞めていく助手達を、その鋭い洞察力で、寡黙に観察していたのである。何日もつだろうと、傲慢老女経営者への痛烈な皮肉も書き添えて。

>この 歯 医 者  だ い じ ょ うぶ か しら ・ ・ ・  と考 え て  し まう ほ ど

キョーコさんのような子供からみても、その老女歯科医の振る舞いは、目に余るものであったようだ。たかだか中学三年生の通院患者に、経営状態を心配されてしまう、オバハン歯科医の素行、よっぽどだったのだろう。

>今日 の  お バ  ハ ン はやさ しか っ た ・  と い う か  み んな  .   他 に(男 の人 一 人 だ け し か い な い け ど )やさ し か っ た 。

ところが、今日のオバハンは、優しかったのだという。歯科助手は一人、女性の助手はいなかったようだが、普段とはうって変わって、人が変わったように優しかった。初孫が「バーバ」とでも発声したのだろうか。

>き っ と   入 っ た ば か り の 新 しい か んご ふ に .悪 く 見ら れま い と して い る の だ ろう  .   この 人 も  あ と 何 日 続く か ・・  。

冷静に物事をみていた、キョーコさん。そのものズバリを、言い当てている。おそらく、当たっていることでしょう。猫をかぶっているのも最初だけ。後はオバハン院長にいいように顎で使われて、この人も長くないなと、冴えに冴えわたった推察を披露する。

>今 日 は  ぐ っ す り 寝 よ う ・  眠 む ろ う . あの 人の ため に ・ 明 日 を生きる ため に ・・・  お やすみ ,

あの今にも押し潰されそうな屋根裏部屋で、生命の灯火を燃やし続けることができるのは、あの人への情念あってこそなのよと、キョーコさんは、あの人がいるから生きられるのだと、そっと瞼を閉じるのであった。



 今日もまた、歯医者へ通院する、キョーコさん。西村君も一緒に。

 あの人は、来そうになかった。

 今日のテスト、数学では高得点を取ったが、他の科目の点数は惨憺たるもの。合計すると、希望校の合格圏内には届いていないいう結果に、焦燥感を滲ませる、彼女。

 もうすぐ、バレンタインデー。あの人にチョコを渡そうか、ああでもないこうでもないと、思いを巡らす。

 中村君から、手紙がきた。そこには、意外な進学先が書かれていた。まぁ、頑張ってと、つれない返事ののキョーコさん。今は人のことをかまっていられないのだろう。加えて、相変わらず字の使い方間違えていると、嫌味たっぷり。

 独自採点により、第一志望の西澤は70%無理であるとの結果に、激しい危機感を募らせ、残り一ヶ月、途方に暮れる、彼女なのであった   




つづく…

「あの人と決別をする、少女」廃屋に残された少女の日記'79.10

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